第13話 奇貨居くべし

「ウルさん」


 僕はまず、現在の彼女たちの身元引受人に訊ねる。


「イシュマリア商会にはもう、彼女たちの引き渡し契約をしてしまったあとですか?」

「だったらアタイらも安心だったんだけれどねぇ。アマーリエだってバカじゃないさ。女の顔も知らない、その他の情報も聞き齧りの状態で、確約なんてくれないさ」

「それはそうでしょうね」


 向こうからすれば、本当にベアトリーチェがエウドクシア家の令嬢であるという保証はない。ウル・ロッドという暴力装置を相手に、迂闊な約束など結べば、どこかの奴隷商から買ってきたものを、名家のご令嬢として売り付けられても、文句を言う先がないのである。

 だからこそ、契約には慎重に臨んでいたのだろう。いまはまだ、ベアトリーチェの身は浮いたまま、ウル・ロッドの預かりとなっているわけだ。

 ウルさんは、またも気の重そうなため息を吐く。この人、今日はため息吐いてばっかだな。気持ちはわかるが……。


「正直、アタイらとアンタらが手打ちの現状でも、あの嬢ちゃんがそちらさんと揉めている事実はなくならない。その点を突かれたら、相当値切られるだろうねぇ……。はぁ……」

「まぁ、それも仕方ないでしょうね」


 アマーリエさんも商売人である以上、商品に瑕疵があるなら値切り交渉を始めるのは必然だ。むしろ、言い値で買う商人の方が、この場合間違っている。だからこそ、交渉の余地があるともいえるが。


「もしも、彼女の買い手として、イシュマリアよりも高値を付ける相手がいたら、どうします?」

「うん? それは、あんたらがあの嬢ちゃんを買うって事かい?」


 ウルさんの目が細められ、その口元に厭らしい笑みが浮かぶ。なにを考えたのかはおおよそ想像がつくが、僕は別に女の子を奴隷にして喜ぶ趣味はない。というより、たぶんこの依代、生殖機能がないから意味がない。


「いえ、買い手は僕らではありません。ですが、なんでしたら僕らが買い取って、その相手に売り込む形でも構いませんよ? あなた方が、いくらを提示するのかはわかりませんが、言い値で構いません」

「……随分と太っ腹だね」

「僕の心当たりの買い手は、まず間違いなく彼女たちに言い値を付けるでしょうからね。仲介する、僕らの懐が痛むわけではありません」


 そう嘯く僕に、ウルさんが胡散臭そうな目を向ける。いくらなんでも、採算が取れないだろうと言いたげだが、そもそも僕が考えている彼女の役割は娼婦ではない。もっと便利な使い道があり、そちらのメリットは一人の娼婦がどれだけ頑張ろうと叩き出せるようなものではない。


「ふぅむ……? もしも本当に、それができるなら、なんでアタイらに黙ってそれをしないんだい? できたら大儲けだろうに」

「いえ、先方との交渉とか値段の折衝とか面倒なんで、そっちでやってくれないかなぁと……」


 僕がそう言えば、ウルさんはガクッと椅子の肘掛けからずり落ちた。美味い話には裏があると思って訊ねた彼女からすれば、せっかくの儲けをそんな理由でフイにするという答えが、心底予想外だったのだろう。

 あとはまぁ、これ以上僕があちらに金銭を要求すると、単純に恨まれそうだからという理由もある。既に結構儲けてしまったあとなんだよなぁ……。


「ふむ。横から口出しして申し訳ありませんが、もしもショーン様さえよろしければ、私どもがその交渉を請け負いますが?」


 それまで傍観者に徹していたジスカルさんが、まるで善意の第三者とでも言わんばかりに名乗り出る。いや、あなた美味しそうな話に食い付いただけでしょうに。


「あーもう! ヤメヤメ! カベラの御曹司に出てこられちゃ、それこそ商売あがったりになっちまうよ! 坊や、腹の探り合いにしたアタイが悪かったから、さっさと話を進めな。その買い手の心当たりってなぁ、誰なのさ?」

「そちらに売っていただけると、お約束いただけますか?」

「はぁ……。本当は空手形なんて出したくないんだけれど、今回はこっちにも痛いところがあるしねぇ……。ただし、もし損したら、あんたらにもそれなりのケジメはつけてもらうよ?」

「ええ、いいですよ。損をさせない自信はあります。もっと別の問題に巻き込まれる可能性はありますが……」

「え? ちょ、や、やっぱやめとこうかしら……」


 僕が付け加えたセリフに、流石のウルさんも及び腰になる。うーん、正直ここでジスカルさんに彼女らの権利を委譲してしまうのも、今後の面倒事を回避するのもアリだと思うよ。僕は割とそうしたい。


「では……――ジーガ、ホフマン商会の人を呼んできて」

「ホフマン商会ですか? まだこの町にいるんですか?」

「いるよ。間違いなくね」


 首を傾げるジーガだが、そこは執事としてこれ以上聞き返す事なく、別の使用人に使いを頼む為に食堂を出ていった。代わりに、ジスカルさんが問うてきた。


「ホフマン商会ですか……。たしか、帝国の商人ですよね? この町に訪れたのは、もう三月程前だったと思うのですが……。本当にまだ滞在しているのですか?」

「良く覚えてますね……」


 僕らは面会予約をされた相手なのだから、覚えているのはある意味当たり前だが、然して関りのないジスカルさんがそこまでの情報を持っている事に、軽くビビる。


「坊や、勿体ぶらずに答えを言ってくれ。この嬢ちゃんたちの売り先は、その帝国の商人って事でいいのかい?」

「彼女たちの引き取り手が、帝国であるという点はその通りです。もっとも、その商人はあくまでもランブルック・タチさんの使いですから、直接的な身元の引受先はタルボ侯、という事になるかと思います」


 僕の台詞に、ウルさんは眉間に皺を寄せて考え込む。


「ふぅむ……。帝国が相手だと、この嬢ちゃんの値が吊り上がんのかい? どういう絡繰りで――」

「――わかりませんか?」


 楽し気にウルさんにそう問うたのは、僕ではなくジスカルさんである。彼には、既に僕がベアトリーチェたちをどうしたいか、察しが付いたのだろう。


「御曹司はわかるってのかい?」

「概ね、ですかね。ショーン様の口からランブルック・タチ様の名が出た時点で、ほぼ間違いないかとは思っています。しかしそうなると今度はショーン様と彼の影の巨人が、どうつながっているのか、俄然気になってきますね」

「あー、はいはい。こちとら、アンタらと違って学がないんでね、おまけに気だって短いときてる。だから坊ちゃんたち、さっさと結論を言いな」


 ウルさんが、流石はアルタンの裏社会を牛耳る裏社会のボスといった威圧を込めて、僕ら二人を睨む。これ以上の韜晦は許さないというその態度に、ジスカルさんはクスリと笑って、僕に流し目を送ってくる。仕方がないとばかりに肩をすくめると、ウルさんの要求通り、僕は端的に結論を述べた。


「要は、彼女を手に入れれば、帝国は手軽にナベニポリス侵攻の大義名分を得られるんですよね。たぶん、タチさんたちは大喜びで彼女を迎え入れてくれますよ」



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