第12話 ウル・ロッドの商品

 それは勿論、他の名家に対する脅しもあり、エウドクシア家を掌握する為でもあった。

 ベアトリーチェに父親暗殺の嫌疑をかけて、彼女の叔父であり元当主の弟を新当主として擁立し、エウドクシア家そのものを影響下におこうとしたのである。この策そのものは上手くいったのだが、そうなると今度はベアトリーチェという存在が邪魔になる。

 実際彼女は、父親の死は寡頭政派の手によるものであり、自分は無実であると訴えた。それは事実であり、周囲からもかなり怪しいと思われていたのか、多くの賛意を得て、多頭政派という対抗勢力を作りあげた。

 だが、もう一つの名家の当主とその嫡子までもが暗殺されるに至り、多頭政派の勢いは急減してしまう。寡頭政派の本気度を、多頭政派はこのときようやく実感したのである。

 ここで内乱に至らなかったのは、寡頭政派以外の者の脳裏にも帝国の影がちらついていたからだろう。また、寡頭政はこれまで名家が牛耳ってきた、評議会の議席を中産階級以上の者らで分け、貴族として列される制度を作ろうとしている。名家に連なる者と、選挙権のなくなる庶民からは恨まれるだろうが、ナベニの主要な家々にとっては、むしろメリットの方が大きい変革といえる。現在も、名家や、そこに賄賂を贈って派閥に入らなければ、ろくに評議会の議席を得られないのだから。

 そんなわけで、守旧勢力である多頭政派は衰退し、ベアトリーチェは窮地に追いやられてしまったわけだ。

 ここまでが、ナベニポリスでの彼女らの境遇であり、僕には一切関わり合いのない事情だ。ぶっちゃけ興味なかったのだが、ウルさんが一から十まで説明してくれた。

 多頭政派が窮地に追いやられたところで、ベアトリーチェは新当主にならんとしている叔父とは別の、多頭政派だった叔父から『このままでは実父の暗殺容疑で逮捕される』と言われ、彼が手配する馬車で一時的に第二王国に避難したらしい。


――が、その叔父もまた、ベアトリーチェを裏切り、なんと彼女をウル・ロッドに売り渡してしまっていたのである。


 これは彼女たちも、この町についてウル・ロッドの元に辿り着くまで知らなかったようだが、既にウル・ロッドはエウドクシア家に彼女らの代金を支払ってしまっており、ベアトリーチェ及び彼女の侍女の身元の引受先は、ウル・ロッドしかないのだという。このまま、アマーリエさんのイシュマリア商会に、そんな彼女らを売り払えば、マージンだけでウハウハのボロ儲け――……と、思っていたら、よりにもよってその商品が、僕と問題を起こしたワケだ。

 このままでは、単純に僕らとウル・ロッドの問題になるばかりでなく、火種であるベアトリーチェたちの引き取りを、イシュマリア商会が拒否する可能性とてある。そうなれば、ウル・ロッドは大損でしかない。

 だからこそ、ウル・ロッドの母親分自らが、こうして押っ取り刀で事情説明に訪れ、万が一にも誤解がなきようにと、手厚く手当てしているというわけだ。

 以上、説明がクッソ長い……。せっかくキュプタス爺が作ってくれた晩餐が冷めてしまうところだったので、行儀は悪いが食べながらウルさんの話を聞いた。


「はぁ……」


 僕はため息を吐きつつ、食堂の壁際に立っているベアトリーチェとその侍女を見る。彼女らは、屈強なロッドさんの隣で、身の置き所のなさそうな顔で立ち尽くしている。

 侍女さんはともかく、ベアトリーチェはこれまで部屋の隅で立たされるような経験などなかったのだろう。最初に、昼間の調子で文句を言おうとしたところで、ロッドさんがそのグローブのような手で、無造作に彼女の顔を掴み上げて、耳元で囁いた。


「ガタガタ文句言うようなら、ここで殺す。お前のせいで、俺たちはいま、とんでもねぇ厄介事を抱え込んじまったんだからな……。お前がいるのといないの、どっちが利益があるのか、口の前に頭を回して考えな」


 ドスの利いた、本物の修羅場をくぐっているやくざ者の脅しに、温室育ちの彼女が、後ろ盾もなくした現状、気概だけで対抗できるはずもなく、涙目でこくこくと頷いてから、以降は壁際で静かに佇んでいる。

 ロッドさん、普段は気のいい森のクマさんみたいな人なんだけれど、やはり本性はヒグマなんだよねぇ……。

 それにしても、ベアトリーチェの厄種っぷりが凄い。馬車を見たときから、厄介事の匂いは感じ取っていたし、ベアトリーチェの態度からも、こいつは触らぬ神にたたりなしだと思って距離をとったのにこの有り様だ。流石にここまでの被害は想定外である。もはや、触る者皆不幸にしているんじゃないかという程の疫病神っぷりだ。

 なにせ、彼女らを買ったウル・ロッドですらも、危うく僕らとの協力関係をぶち壊されかけているのである。


「まぁ、概ね事情はわかりました。この件で、僕がそちらに文句を言う事はないとお約束します」

「それが聞けて安心さね。こっちもね、手配した商品があんたらと揉めていると知ったときには、本気で肝が冷えたさ。名門エウドクシア家の、本家本元のご令嬢って事で、絶対に損をしない買い物だと思って女衒の真似をしたら、このザマさ……。ホント、あんたんとこの執事の助言を聞いておけばと、つくづく思い知ったね」


 心底疲れたように言い捨てると、ウルさんは深いため息を吐いた。合わせて、ロッドさんも壁際で肩をすくめている。

 以前のジーガに、ナベニ関連の商売は手控えるようにと忠告した件だろう。ジーガは、うちと関わり合いの深い相手には、その情報を流して損をしないよう注意喚起をしているようだ。まぁ、付き合いのある相手が破産とかしちゃうと、こっちもいろいろと手配に困るからね。。

 ウル・ロッドはベアトリーチェの『名家のご令嬢』というブランドを優先して、その忠告を軽視して動いた。その結果が、この事態である。

 勿論、僕がしたのは、帝国のナベニ侵攻に関する忠告だったわけで、彼女らの件とは一切関係ない。とはいえ、せっかくの忠告を無下にしたうえ、その商品が僕らと問題を起こしたともなれば、彼らウル・ロッドが顔を青褪めさせるのも無理はない。

 とはいえとはいえ、これで和解は成立である。あとは……――僕は再度、ベアトリーチェとその侍女を盗み見た。

 さてどうするか……。正直、関わり合いにはなりたくないのだが、この人生詰みかけというより、完全に詰んでしまったご令嬢、かなりの奇貨なんだよなぁ……。ナベニ側も、もう完全に討ち取った駒だと思っているところが、特に利用しやすい。


 さて、どうしよう……。



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