第11話 ウル・ロッドの訪問

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 豚鬼の皮を剝いだあと、心臓から魔石を取り出し、ついでとばかりに小鬼たちからも魔石を取り出す。なお、小鬼は素材として使えるものがほとんどない。まぁ、下級のモンスターは大抵そうで、良くて食用の肉になるか、安い毛皮が得られるかといったところだ。

 それから、僕の水の尾で街道の横に押し出した馬車の中に小鬼を詰め、その脇に御者と一緒に豚鬼を移動させてから、馬車に火をかけた。シュマさんにはその間、何体か現れたモンスターや野犬の処理を頼んだ。彼女の力では、豚鬼を移動させる役には立たないので仕方がない。

 勿論、馬たちも火葬してあげた。こちらは、鬼どもたちよりも少し丁寧に荼毘に付したが、これがただの自己満足でしかないというのは自覚している。

 その間、ずっとガミガミと雑音が聞こえてきていたが、そのすべてを僕らはガン無視した。聞く価値も感じない、ただのクレームでしかなかったので、正直本当に耳に蓋が出来ればと思ったくらいだ。

 馬車も死体も街道のど真ん中に放置できない以上、処分するしかないだろうに……。御者とメイドの二人が、非常に心苦しそうにしているのと、偉そうに命令してくるご令嬢の傲岸な態度が、非常に対照的で呆れるばかりだった。

 そんな三人に持てるだけの荷物を持たせてから、彼らをおいてアルタンに戻ろうとした……のだが、とぼとぼと僕らの後を追ってくる。いやまぁ……、別にいいけどさ……。襲われても助けないぞ?

 幸か不幸か、その後は特にトラブルもなく、アルタンの町へとたどり着いた。


「骨折り損のくたびれ儲けでしたね……」

「ん。平穏が一番の報酬。仕方ない……」


 シュマさんが肩をすくめて、冒険者の界隈の常套句で締めくくる。僕もまた同じ仕草で苦笑しつつ、家へと帰った。


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 その夜。シュマさんにご馳走するという話を聞きつけてやってきたジスカルさんとライラさんの三人に応対していたら、緊急の面会依頼が入った。しかも相手が――


「ウル・ロッドのウルさん? しかも呼び出しじゃなくて、こっちに来るって?」

「はい。たったいま、使いの者がそう伝えて欲しいと……。先方の使いも慌てている様子で、こちらの答えを聞かずに帰ってしまわれて……」


 面目なさそうにザカリーが頭を下げるが、ウル・ロッドはマフィアなので使いっ走りが常識知らずであるのは、まぁ仕方がない。だが、本当に珍しい事態に僕は首を傾げていた。


「ジーガ、ウル・ロッド関連でなにかあった?」

「いえ、自分はなにも聞いておりません。報告せねばならないような、緊急性の高い事案は、少なくとも本日午後いっぱいまではなかったはずです」


 僕の問いに、ジーガも用件は見当が付かないと首をひねっていた。僕もまた、ウル・ロッド関連で、わざわざウルさん本人がこちらに出向くような用件に心当たりがない。

 もしかしたら、また新しいマフィアがこの町に入り込もうとしているとか? でも、うちにケンカを売って来ないなら、それはウルさんたちがマフィア同士で決着を付けるべき話だ。こっちに突っかかってくるなら、まぁいつも通りすればいいだけの話で、やっぱりウルさんがわざわざ出向くような事態でもない。精々、部下を一人寄越して報告すればいいだけだろう。

 まぁ、ここで考えていても仕方がないので、急遽ウル・ロッドの分も晩餐を用意するように、ザカリーにはお願いしておく。今夜のキュプタス爺は大忙しだな。あとでなにかしらのご褒美でも用意しよう。

 日もすっかり落ちた頃、我が家の玄関の先に誂えられた鉄柵の門の前に、高級感漂う馬車が停車する。そこから、ウルさんと弟のロッドさんが降り、それに続いてさらに二人の女性が現れる。

 その二人の女性の顔を見て、僕は心底げんなりとして、苦虫をまとめて十匹は噛み潰したような渋面を浮かべた。そこにいたのは、昼間に会ったご令嬢とそのメイドさんだった。


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「つまるところ、アタイらは別に、あんたらにケンカを売るつもりはないと、そう言いに来たわけさね」


 一連の事情を説明し終えたウルさんが、まとめるようにそう述べた。

 話を要約するとこうだ。まず、彼女の実家であるエウドクシア家はナベニポリスの元首ドージェにも良く選ばれている、名門中の名門であるらしい。とはいえ、ナベニポリスの民主制自体が既にかなり形骸化しており、エウドクシア家を含むいくつかの主要な名家出身者が、元首や議員に選ばれる事が多くなっている状態らしい。

 そんな汚職と賄賂が横行したナベニポリスにおいて、今現在とある人物が寡頭政と貴族制度を導入しようと奮闘しているらしい。だが、当然それには既得権益の反発があるわけだ。

 既に貴族のような立場にいる主要な名家にとって、いまさら他の家が参入してこられるのは困る。それ故に、彼らは一致団結して反発した。

――が、彼らはわかっていなかった。

 相手がどれだけ本気で、どれだけ切羽詰まっているのかを。今回もまた、いつもの政治闘争の一環だろう、と。

 その焦りの背景にあるのは、やはり帝国の存在だった。一度は帝国に支配され、いままたその帝国がナベニ共和圏へと食指をのばしてきているという気配は、彼らも感じ取っていたはずだ。一度反抗した人間を、再び野放しにしたまま統治を行うとは、とても思えない。それでは前回の轍を踏むだけだ。まず間違いなく、今回の戦争で敗北すれば、ナベニポリスの主要な家々は取り潰され、当主やそれに連なる者は処刑される。

 故に彼らは、今度こそ強い結束でもって、帝国の打倒を試みていた。現行の衆愚政治に堕した民主政治では、どう考えても待ち受けるのは亡びのみであると。


 そして彼らは、名門中の名門であるエウドクシア家の当主を暗殺し、その嫌疑を娘であるベアトリーチェにかけて、追放した。



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