第111話 竜の調教に関する、ウカの考察

 ●○●


 帝国内の山中。地中海も山向こうにあるからか、この辺りはそこそこの雪が見受けられる。とはいえ、流石に歩くのに支障がある程積もってはいないが。


「ウカ、大丈夫かい?」

「ふぅ……、ふぅ……。さ、流石に、体力を低めに調整した先生たちを、ちょっと恨めしく思っているところ、さ……」

「わかった。休憩しようか」


 パティパティアトンネルから、人里を避けて第二王国へと向かっている僕らは、山林の道なき道を進んでいた。当然ながら、山中を突っ切っての国境越えは、かなり大変だ。特に、枷として一般人並みの身体能力しかないウカには、かなり厳しい道程となっている。


「えっと……」


 座り込むウカを後目に、僕は自作のコンパスを取り出して、太陽の位置や周囲の景色を観察する。まぁ、パティパティア山脈の麓を辿って移動している為、方角の指標となるものは、それなりにある。

 とはいえ、鬱蒼とした山林なので視界は悪く、いかに山を右手側に見つつ移動しているとはいえ、方角を見失う可能性はそれなりにあった。同じ場所をぐるぐると迷ってしまう惧れもある。

 早々にサバイバル技能の習得を諦めてしまった僕の場合、なおさら適当な探索は命取りだ。


「うん。大丈夫そうかな……」


 それでも、おそらくはいまのところ、進路は間違いない。明日には帝国領を脱出できるだろう。その後なら、周囲の目を気にせず街道を進めるはずだ。

 それを説明すれば、ウカも安心したように微笑む。やはり、かなり疲労が強いのだろう。


「じゃあ、僕はいまの内に食料確保してくるから、ウカは休んでおいて。装具はなにを使えばいいか、わかってる?」

「大丈夫さ。幻術と結界術を使って、アタシはしばらくこの場にいなくなる。万が一のときは先生を呼ぶから、そんときはよろしく頼むよ」

「うん。そのときは、遠慮せず呼んでね」


 なんだろう……。蓮っ葉な物言いはともかく、こうなってくるとなんというか、まるでウカを保護対象として見ている自分がいる。実際、僕とグラで生みだしたわけだし、それ自体は間違っていないのだが……。

 いや、流石に子供に自決前提で装具を渡すような親がいてたまるか。僕もかなり疲れているらしい。

 僕はウカから十分に距離をとったところで、【僕は私エインセル】を用いて【誘引】を行使する。正直、タンパク質中心の食事にも飽きてきているので、以前みたいに肉食赤茄子なんかの、食用可能な植物系モンスターとかが集まるといいなぁ……。


 …………。


「いや、こっちを踏襲せんでも……」


 僕の目の前には四頭のラプターが、腹を見せて横たわっていた。まるで、アルティやリッツェたちと、初めて出会ったときのようだ。ラプターたちがでてきたから、つい癖で【嫌悪】使ってしまったのだ。

 よく考えたら、こっちは帝国領なのだから、それなりにラプターの生き残りがいるのは不思議ではない。第二王国側のパティパティア山脈では、僕が乱獲したせいでかなり数が減ってしまって、遭遇率は非常に低くなってしまっている。

 まぁ、一般人や冒険者たちからすれば、それはこのうえない朗報だろうが。

 さて、どうするか……。ラプターたちなら、馬と違って山林内の踏破にも役立つ。幸い、食料もそれなりの量が手に入ったところだ。維持の心配はそれ程しなくてもいい。


「こりゃまた、随分な成果だねぇ……」


 大量の肉に加えて、生きている四頭のラプターを連れ帰った僕を、呆れ顔で出迎えるウカ。いや、こいつらには、君を乗せて疲労を軽減させつつ、越境までの移動時間短縮という役割もあるんだよ? まぁ、慣れないと余計に疲れるんだけどさ……。

 それでも、一から手探りで騎乗方法を編み出した僕よりかは、安心して乗れるはずだ。

 三〇分程休憩をしてから、軽く騎乗訓練をこなし、僕ら二人は騎竜の背に揺られて森林地帯を進んでいた。ラプターは弱者を乗せないという実験結果は、やはりかなり正しかったようで、ウカを背に乗せるまでにはそれなりに苦労をした。

 だが、ウカは元々疑似ダンジョンコア。生み出す為に消耗するDPでは、ラプター一体などよりもよっぽど上等な生命体だ。紆余曲折はあったものの、比較的すんなりと騎乗に成功した。

 それと、騎乗のコツもなんとなくわかってきた。これまで、例外的にベアトリーチェだけが、並み以下の実力でもラプターたちに受け入れられたわけも。

 そんなわけで、鬱蒼とした原生林の間をラプターたちに揺られて走っているわけだが……、常の左右に加えて、上下にもかなりの振動がある……。道の高低差や、足元の障害物のせいだが、これがかなりキツい……。

 いや、アルタン近郊の山に入った際にそれはわかっていた事ではあるが、初心者のウカにはかなり厳しいアップダウンだろう。


「そういえば、服従させられるラプターと、そうでないラプターがいて、その違いがわからないって話を、小耳に挟んだんだけど」

「ああ、うん。基本効かなくて、稀に効く奴がいるって感じかな」


【嫌悪】が効くのはこれまで五分の一、今回の一件で六分の二になった。つまり、確率のうえでは、三分の一だ。数字だけ見ればかなりの高確率に思えるが、その差異の由来がわからない点と、試行回数そのものが少ない点で、この方法が正しいのか否かの判断ができない。

 だから、あまり商売にしにくいという問題があるんだよね。繁殖が可能だとわかれば本腰を入れてもいいのだが、それがわかるのはまだまだ先の事だろう。


「その事だけれどねぇ、アタシにはなんとなくわかるよ。その差異ってヤツが」

「え?」


 マジで? ウカが野生のラプターを手懐けたのを目の当たりにしたのって、今回が初めてだよね? それも、直接見たわけじゃないってのに。

 僕が疑問の色を顔いっぱいにして問えば、彼女は事もなげに答えた。


「いや、確証はないから、これが正しいと思われると困るんだけれど……。たぶん、先生に素直に従ったラプターは、ダンジョンで受肉した個体だったんじゃないかなって。その違いは、被支配の経験があるか否かだったんじゃないかってね」

「ふむ。なるほど……?」


 あり得る話だ。野生で生きていたラプターたちは、他の生物に支配されるという生き方を知らない。だから、僕という敵に対して、選べる選択肢が『敵対』か『逃走』しかなかった。

 ダンジョンで生きてきた経験のあるラプターだけが、そこに『服従』という別コマンドがあったという可能性は、十分にあるだろう。野生のラプターにとっては、腹を見せて降参を示すという真似そのものに、意義を見出せなかったのだ。

 生まれたときから野生で生きてきた彼らにとって、それは殺され、食われる事と同義だったろうからな。


「まぁ、アタシにはモンスターと同じ被支配の経験はないけれどね。それでも、先生方に依存して、離れられないような体質だ。どっちつかずの存在だからこそ、モンスターの心理ってヤツも、なんとなく想像がついたってだけさ。それも、単にそんな気がする、程度のものでしかない。もしかしたら、全然違うかもしれないよ」

「いや、参考になった。なるほどね」


 そう考えると、【恐怖】と【怯懦】というイージーな方法で、一定数の確保ができるはずなのに、各国の騎竜の所持数が異様に少ないのも説明がつく。そもそも、野生にいる多くのラプターには、その二種類の幻術を使っても、ほとんど意味がないのだ。

 最低でも国内に、竜が存在するダンジョンが必要であるが、それはそれでかなり危険な状態だ。冒険者ギルドにおいて、竜種は基本的には上級冒険者が相対すべきとされている相手なのだから。中級冒険者で対処しなければならない場合は、かなり大規模に複数のパーティを動員して、数で対処するようになっている。

 さらに、そのダンジョンで受肉したものに対して、実力を示しつつ、精神的に屈服させなければならない。

 ダンジョン内で受肉し、外に排出されるまでにそれを成せれば問題ない。かなりイージーに、竜を得られるだろう。だが、かなり運に左右される話だし、実現性という意味では乏しい。

 そして、一度外に出た竜を、ダンジョン由来か野生のそれかを判断するのは至難だ。出会ったすべてのラプターに、幻術をかけて回るというのも、命懸けの危険な真似だ。

 また、どれくらいの実力を示せば、ラプターたちが屈服するのかという問題もある。

 これでは、各国で騎竜が貴重なのも納得だ。そもそも、この仮説まで辿り着いている国が、どれだけあるかという話だ。勿論、ウカも再三述べた通り、これが必ずしも正しいとは限らない。


「だけど僕は、結構あるんじゃないかと思っているよ」

「そうかい? 言っちゃなんだけど、正直思い付きみたいなもんで、蓋然性に関してなに一つ考えてない説だよ?」


 軽口を真に受けられたとでも言わんばかりのウカに、首を左右に振る。

 彼女にとっては冗談半分だったとしても、その思考はモンスターであるラプターの立場に立った視点から至ったものだ。それは、ダンジョンの被造物である、僕らならではの視点だろう。

 人間側でもなければ、ダンジョンコア側でもない、第三者的観点からの意見だ。これまで、誰も立った事のない観点である可能性が高い。それだけで、この話がもし間違いだったとしても、値千金の情報だったのだ。


「うん?」


 微かになにかが聞こえた気がして、ラプターに足を止めさせる。すぐに、その音の発生源が、僕の小指の指輪だと判明する。それは、通信用の装具だ。いまだ、言葉として識別できるような通信状況ではないが、向こうからなにかを語りかけてきているという事はわかる。相手は一人しかいない。


「いよいよ、国境を越えたかな?」


 グラはアルタンにいたはずだが、もしかしたらシタタンかサイタンに移っているかも知れない。流石に、アルタンから山を越えて、ここまで通信が届くとは思えない。魔力を用いた通信は、それ程不安定なものだ。

 だから、反応があるだけで、その発生源と自分の距離が、それなりに近いというのがわかる。

 そして、その直後――足元からなんとも居心地のいい、自分たちのダンジョンの気配を感じて、安堵から口元が緩むのだった。



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