第5話 ハリュー家

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 あっさりと俺の教育係が決まった日の翌日、俺は慣れない豪華な一室で目を覚ました。一瞬面くらったものの、上等すぎるベッドの感触に、微睡の誘惑が襲いくる。だが直後、ここがハリュー邸であるという事を思い出して、戦場にでもいるような気分になった。

 贅沢だと言われようと、野宿の方がマシだ……。どれだけ上等な寝具が誂えてあろうと、そこが戦場のど真ん中だったとしたら、皆同じ事を思うだろう。このハリュー邸には、定期的にマフィアが攻撃を仕掛けてくるのだ。とてもではないが、惰眠など貪る気分にはなれない。

 俺の教育係就任が決まったのち、ハリュー姉弟はすぐさま地下へと戻っていった。どうやら本当に、研究の真っ最中に手を止めてきたらしく、ほとんど会話らしい会話すらなく別れる事になった。

 俺もその日はお暇して、後日彼らが冒険者として活動する際に、共に動こうと思っていた。宿が決まったらその場所を伝えに、もう一度赴くと言付けて帰ろうとしたのだが、ザカリーに引き留められて、夕食をご馳走になっていく事となった。

 そういう持て成しの手間を省いたつもりだったのだが、普段通りの食事だからと言われ、まぁ食費が浮くならと俺も乗ってしまった。

 で、その晩餐の席で――


「指導といわれても、しばらくは研究の手が離せないんですよ。それ以外にも予定はいろいろと詰まっていて、なかなか冒険者としての仕事にまで手が回りません。急な話だったしね。時間に余裕ができたら連絡しますので、ラベージさんの住所を教えてくれませんか?」

「え? 宿を転々としている? しかも、今日の宿も決まっていない? だったウチに泊まっていくといいですよ。連絡に手間取る事もなくなって、ラベージさんは宿代も要らなくなる。両者にとって、それが一番の選択でしょう?」

「良かった。正直、いつ冒険者としての活動を再開できるのか、目途が立たない状況だったんです。だからといって、ラベージさんも仕事ですし、いつまでも待たせるわけにはいかない。予定をどう都合付けるか、悩んでいたんですよ。あ、もしも冒険者として別の仕事があるときは、ここから通っていいですからね!」


 などと押し切られ、俺は噂のハリュー邸に逗留する事になった。正直、宿代と食費が浮くのは非常に助かるが、だからといって竜種の巣穴で寝泊まりするような危険を甘受してまで、節約したいかと聞かれれば、答えなど考えるまでもない。だがなぁ……。

 実は、ギルドにハリュー姉弟の予定を優先して、いつから指導が始められるのか不明な状況だと、手紙にしたためてハリュー家の使用人に使いを頼んだところ、グランジからは、すぐに返信があった。ここに逗留している間は、任務って事で報酬が払われる次第となった。

 つまり俺は、この家に滞在している間は、なにもしていなくても報酬がもらえるらしい。

 レタの身受け金の事もあり、正直金はいくらあっても足りない。となれば、こんなうまい話に乗らないわけにはいかないだろう。……生きた心地はしないが……。

 軽く身支度を整え、平服に着替えた俺は、使用人に案内されて食堂に赴く。なんというか、ただの五級でしかない俺には、人を使うという感覚が慣れない。

 食堂では、テーブルに温かそうなスープと上質なパンの朝食が並んでいた。俺の分だけじゃない。ハリュー姉弟の分もある。

 二人を待とうと思ったら、使用人が、

『主人はいつ食事に現れるかもわからない為、先に食事を摂っていて欲しい。食事が終わったら主人を待たずに部屋に戻ってもらっていい』

 と、丁寧な言葉遣いで伝えてきた。ショーン・ハリューからそう伝えるように、と言付かったと。

 まぁ、それでいいならと食事に舌鼓を打っていたら、そう時間をおかずにショーン・ハリューもまた食堂に現れた。姉の方はおらず、一人らしい。


「やぁ、ラベージさん。おはようございます」


 昨日と同じ、ダークブルーの袖広のチュニックのような服で、ショーン・ハリューはにこやかに挨拶をしてきた。


「あ、お、おはようございます」

「ああ、お気を遣われずともいいですよ。座って座って」


 この家の主であり、上級冒険者でもあるショーン・ハリューに対して、思わず立ちあがって挨拶を返そうとした俺に、彼は苦笑しながら手を振った。彼もまた席に着くと、用意されていた食事に手を付ける。


「ラベージさんの、本日のご予定は?」

「えっと……、まぁ、その……、特に……」


 バツの悪い思いで、予定がない事を伝える。それを受けて、ショーン・ハリューの顔が曇った。


「もしかして、僕らの為に予定を空けられていたんですか?」

「あ、いえいえ! 全然そんなんじゃないですよ」


 俺は単に、パーティから追放されて、冒険者として働けないってだけの事だ。より正確にいうなら、中級冒険者としては働けない、というだけであり、下水道や草原まで出向けば、仕事もない事はない。

 ただ、そうなれば当然、ギルドからの報酬は発生しない。グランジだって、流石にショーン・ハリューとまったく関係のない仕事にまで、特別な報酬は支払わないだろう。

 そして、ネズミやウサギの討伐で得られる報酬は、ここでなにもしないで得られるものよりも、はるかに些少だ。わざわざ苦労してまで、少ない儲けの仕事をする意味などない。


「でしたら、僕らの仕事に同行しませんか? 今日は丁度、外にでる用事があったんです。冒険者としてのラベージさんの経験から、意見をしてくれると嬉しいです」

「え? あ、そ、そうですか。まぁ、ただ長いだけの経験なんぞが、お役に立つなら……」


 そんなわけで、今日一日の予定はショーン・ハリューに同行という事に決まった。しかも、護衛という名目で、報酬まで支払うつもりらしい。ギルドの報酬と二重になってしまうから要らないだろうと言ったのだが、これは基礎技能の指導とは関係ないからと、押し切られてしまった。

 この町の中で、ショーン・ハリューに軽々に手をだしてくるようなアホが、そうそういるとも思えないし、護衛なんて本当にただの名目だ――と、このときの俺は、呑気にもそう思っていた……。



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