第48話 選帝侯会議

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 いまだ大広間が聖杯についての噂話で持ち切りの中、ワシはドゥーラ大公に、会場から少し離れた一室に連れてこられていた。その部屋で待機する事しばし、今度はラクラ宮中伯に連れられて、ヴェルヴェルデ大公、ヴィラモラ辺境伯、シカシカ大司教、フィクリヤ公爵、チェルカトーレ女男爵が現れる……。錚々たる顔ぶれに、額からは嫌な汗がぶわりと滲んだ。


「そう固くならずとも良い」


 全員が腰を落ち着けたところで、音頭を取るようにドゥーラ大公閣下がそう言ってくれるが、すべての選帝侯を前に、ただの辺境領主であるワシがリラックスできるとでも、本気で思っているのだろうか?


「そも、今回の件に、シカシカ大司教とフィクリヤ公爵はあまり関係がない故、この場に呼ぶ予定はなかった。ヴェルヴェルデ大公も、基本的には関わりがない。まぁ、以前の事もある故、話し合いに加わる事自体はやぶさかではないがな。我々としては、この場に呼ぶのは王冠領の盟主であるヴィラモラ辺境伯だけにするつもりであったのだ。無闇に其方の口を重くするのは、我らの本意ではないからの」


 そう言って嘆息するドゥーラ大公閣下と、それを肯定するように、されどそうはできなかったといわんばかりに肩をすくめるラクラ宮中伯閣下。それに対し、常に柔和な表情を湛える壮年の紳士といった風情の、シカシカ大司教座下が穏やかな口調で言う。


「流石に、この面々を集めて我々だけを除け者にするというのは、問題があるでしょう? ねぇ、フィクリヤ公?」

「然り。選帝侯で、我々二人だけが密談から弾かれたとなれば、要らぬ揣摩臆測も呼ぼう。事実がどうあれ、いまの国情はそれが許される程、安定しているわけでもあるまい」


 そう言われてしまうと、たしかにと頷ける話である。

 ドゥーラ大公とほとんど同年代と思しきフィクリヤ公爵は、しかし彼のような矍鑠とした印象は受けず、明日身罷られてしまっても驚かぬ程に、老いが見受けられた。

 それ以外の選帝侯は集められたのに、この二人だけが弾かれたとなれば、そこに意味を持たせようとする人間は必ず現れる。ワシもまた、当事者でなければそう思う。だからこそ、宮中伯閣下も二人を連れてこざるを得なかったのだろう。

 とはいえ、ワシもまだ、ドゥーラ大公閣下やラクラ宮中伯閣下がなにを話したいのか、見当が付いておらぬのだが……。その口振りでは、どうやら第二王国西部、もっといえば王冠領に関連する事情であるようだが……。


「ふむ。では、早速であるが、本題に入ろうか。帝国の動きについてだ」


 単刀直入にそう言ってのけた、まだ若いラクラ宮中伯閣下に、この場の全員の視線が注がれる。


「ほぅ。てっきり、あの【新たな聖杯】について語るのかと思っておりました」

「うむ……」


 シカシカ大司教座下とフィクリヤ公爵閣下が、拍子抜けとばかりに声を発する。まぁ、このタイミングで第二王国を代表する大貴族が角突き合わせて語るとなれば、どうしてもそういう思考になってしまうだろう。まして、そこにワシという木っ端貴族が加わっているのだから、なおさらである。

 だが、ラクラ宮中伯閣下は大きく左右に首を振ると、そのまま言葉を続けた。


「否である。宝物の話などいつでもできよう。なんとなれば、この会議の終わりにでも、適当に取り決めれば良い。それよりもいまは、戦争にも発展しかねぬ大事が優先である。我々も、既に帝国の不穏な動きについては察知している。勿論、王冠領の皆々様より正確ではなかろうがね」

「我々に対する気遣いなど不要である。虚飾を排して、端的に話し合おうぞ。でなくば、これだけの顔ぶれを集めた時間が無駄である」


 ヴィラモラ辺境伯閣下が、片手を振るようにして言ってのけると、宮中伯閣下も深く頷いて続ける。


「王冠領ではこれを、王城が許可した動きと見ているかも知れぬが、誓ってそうではない。以前に、帝国軍のゲラッシ伯爵領通過を許して欲しいと、打診があったのは事実だ。だが、我々がそれを独断で応諾するわけがない。端から拒否の姿勢を示した。ゲラッシ伯爵へ打診する事自体が、領主としての支配権を侵す行為だ、とな。そして、拒否したのちは、帝国側からの積極的な要請は来ておらぬ。にも拘らず、この動きである。こちらとしても、警戒を強めておるところだ」


 ふむ。宮中伯閣下の言はもっともであるが、それを無条件で信じられるかといえば……。


「ふむ。話はわかったがの、中央法衣貴族どもの振る舞いを見れば、その言葉を唯々諾々と呑み込む事はできぬ。なんとなれば、貴卿らの預かり知らぬところで、官僚どもが勝手に了承しておるという事はあり得ぬか?」


 ワシも持っていた疑念を、端的にヴィラモラ辺境伯閣下がラクラ宮中伯閣下に伝えてくれる。中央集権を図る中央法衣貴族らは、しばしば地方領主貴族などの負担を軽視する傾向がある。

 いまの中央であれば、勝手に帝国軍に我が領の通行許可を与えかねぬ。ワシやヴィラモラ辺境伯閣下がそう思う根底には、中央貴族どもの傲慢があった。それは、同じく地方領主であるヴェルヴェルデ大公、シカシカ大司教も同意であるのか、難しい表情で頷いていた。


「まず間違いない。帝国の動きを知った直後に、ワシからも密使を送って我が国の通行許可など出していないと伝えたが、向こうはそれを肯定したからの。無論、その密使は帰りに通行許可の要請を持ち帰ったが、どうにも対応がおざなりであった。帝国側がその交渉に本腰を入れているとは思えぬ」


 宮中伯閣下の代わりに、今度はドゥーラ大公閣下が答える。とはいえ、宮中伯閣下と大公閣下は、二人で中央を治めているようなものだ。普通ならば、その二人が口を揃えたところで、あまり信憑性が増すものではない。

 とはいえ、この場には他の選帝侯が勢揃いしており、そこで明言する事の意味を思えば、真実ではあるのだろう。だが、それが真実であるとなると、一つの疑問が残る事になる。


「ふむ。つまり、帝国は再び、パティパティアを越えようとしている、と?」


 話をまとめるように、ヴィラモラ辺境伯閣下が問う。当然ながら、それに明確な答えを持つ者など、ここにはいない。



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