第53話 波状攻撃
「くそ、なんなんすかこの物量!?」
「あちしが知るかい! ショーン君! まだ生きてるね!?」
「はいっ!」
探索を始めて数時間、僕らは断続的に大量のモンスターに襲われている。いまはまだフェイヴとフォーンさんだけでなんとか対応できているが、二人しかおらず、彼らは本来戦闘は本分ではないうえに、足手まといの僕までいる。このままでは、キャパオーバーは時間の問題だ。
「撤退しましょう! リスクが大きくなり過ぎました!」
「あちしもいま、そう提案しようと思ってたところさ! このままじゃ、あちしとフェイヴはまだしも、ショーン君の身の安全の確保が困難だよ」
「了解っす! ひとまず、師匠は退路の確保を! 俺っちは、後ろから追ってくるモンスターの処理を優先するっす!」
フェイヴはそう言うが、あの量を一人で受け持つなんて自殺行為だろう。いや、もしかしたらいけるのかも知れないが、足手まといついでに、少しくらいは役に立とう。
「【睡魔】を使います! 少し離れて!」
「うっす!」
僕は左耳のイヤリング、
「眠れ」
光トカゲやモスイーターやアッシュバット等々、弱いモンスターはこれで一気に数を減らせた。とはいえ、強ければ強い程、この【睡魔】はレジストできる。元々、下水道のネズミ用みたいな装具なので、それよりも何段も強い、ケイヴリザードやバーグラーサーペントにはほとんど効かない。
「すみません、あまり効果ないようです」
「雑魚をごっそり削ってくれただけで大感謝っす!」
「ショーン君、強いのはあちしらが絶対に通さないけど、弱くてちっさいのは処理が追い付かなくなってる! 打ち漏らしは、そっちで対処してくれるかい!?」
「了解です! この状況で役立たずに甘んじられる程、神経太くないので助かります!」
フォーンさんからの要請を受け、僕は腰から短剣と短杖を一つずつ取り出し、両手に装備する。今回の探索に、グラが用意してくれた二つの武器だ。
装具に理を刻む際、その素材の材質によって、術式を刻めるリソースはまちまちだ。これまで僕らが多用していた鉄という素材は、実はそれ程リソースは多くない。種類によっては、革は割とリソースが多いのだが、それも元の動物の質によるところが大きい。チンピラゴロツキ冒険者崩ればかりを相手にしていた、僕らの手元にある材質がどちらかなのかは、いうまでもないだろう。
その点、木材も種類によりけりではあるのだが、いま僕が使っている短杖は、ジーガが市場から入手した、それなりにリソースが多いものだ。
杖に理を刻むメリットは三つ。
「【
一つは、特定の【魔術】に共通する理を、杖自体に刻む事で、その【魔術】の構築が格段に速くなる事。二つは、予め刻まれている為、間違いがないという事。三つは、余計な事に神経を使わなくていいので、戦闘に集中できるという事。
実際、僕なんかの幻術で、こっちに迫っていたトサカトカゲは目が見えなくなり、慌てふためいている。僕はそんなモンスターを、手にした短剣で、確実に仕留める。
まだまだ素人臭くはあるが、比較的雑魚のモンスターとの戦闘くらいなら、危なげなくこなせている。フェイヴやフォーンさんからも、その程度の相手であれば問題なく戦えると評価されているらしい。
「おっと【
とはいえ、やはり僕ごとき素人には、完璧な戦闘など望むべくもない。光トカゲを処理している間に、アッシュバットが襲いかかってきたので、幻惑を使ったあとに地面を転がって避ける。
いつかの冒険者のように、アッシュバットは己が作り出した幻影に攻撃を繰り返してぐるぐると円を描く。そんな灰色蝙蝠を、起きあがって短剣で斬り捨てる。
ちなみにこの【幻惑】は、僕の幻術師としてのレベルとしては、まだ少し高いハードルだったりする。だが、なんだかんだ思い入れもあったので、優先的に勉強し、覚えた幻術である。今回のように、緊急回避には便利な術なので、グラも幻術全体の修得が遅れるのを承知で、優先的に教えてくれた。
っていうか、さっきから打ち漏らしが多いよ。
文句を言ってやろうかと思ったのだが、どう見てもフェイヴとフォーンさんは僕なんかとは比べ物にもならない量のモンスターにたかられていた。
フェイヴなど、あの便利使いしていた、登山用ピッケルみたいな武器を一本喪失していた程だ。いまはそちらの手に、短剣を握って戦っている。
フォーンさんはフォーンさんで、眩暈を起こす弱毒の霧を周囲に放つディジネススネークや、ダブルヘッダー二体、バーグラーサーペント一体、おまけにさっき僕が使った【睡魔】を使ってくる、スリープゲッコー一体と戦っている。間違いなく僕になんて構ってられない戦況だ。
なるほど、これが『群れ』の厄介さか……。
昨日、フォーンさんから聞いた話が、思い起こされる。押し寄せる物量の波は、まんべんなく襲いくる。それは、弱いヤツから攫っていくのだ。そして、この場で一番弱いのは、僕だ。
「――ッ!? 嘘っしょ!?」
「フェイヴ、どうした!?」
フェイヴがあげた驚愕の声に、フォーンさんの声が訊ねる。お互いに、お互いの姿を視認する事はできていないのだろう。僕だって、いまはあのコモドオオトカゲモドキことケイヴリザードとの戦闘の真っ最中で、声をだす余裕すらない。
「ここにきて新手っす! しかも竜系っす!!」
「はぁ!? くっそ……ッ!?」
ちょうどケイヴリザードの硬い皮を避け、眼球に短剣を突き入れた僕は、フェイヴの方を見て、その威容に絶句する。フェイヴの奥にいるであろうその竜は、それでも顔だけでフェイヴなんかよりも大きく見えた。
なるほど、このケイヴリザードよりも少し大きいフェイクドレイクが偽物の竜と呼ばれるわけだ。モノホンの竜というのは、質からして全然違う。
四足歩行のその竜は、まるで僕を睨むようにして、雄叫びをあげた。その雄叫びに怯んだのか、一瞬この場にいたすべてのモンスターの動きが止まる。
「荷物を捨てて、一目散!! 遅れんじゃないよ!!」
その隙を見逃さず、フォーンさんが叫んだ。ただし、真正面から竜の
――体は、動かなかった。
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