第107話 パティパティアトンネル封鎖

「よし。それなら、ダンジョンに注いでいるDPも全部回収して。さっさと、僕らのホームダンジョンまで避難するよ」

「え……、す、すべて、ですか……?」


 僕の指示に、戸惑うような様子を見せるウカ。


「どうしたの?」

「い、いえ……、いまこのダンジョンにあるすべてのDPを回収するというのは、アタシのキャパシティを大きく超えるかと……」

「あ、そうか……。その問題があった」


 僕らの依代は、ダンジョンコアと違って保有できる生命力に限界がある。それは、生物としては当然の事なのだが、ダンジョンコアの場合はダンジョンにDPを注ぐ形で維持する為、実質そのキャパシティを無視できるのだ。勿論、ダンジョンを放棄したコア状態だと限界はあるらしいのだが、ダンジョンコアの感覚も知っている僕からすれば、それはほぼ無限と呼べるキャパシティだった。

 疑似ダンジョンコアである僕らのキャパは、当然ながら本来のダンジョンコアに及ぶべくもない。限界以上のDPを生命力とし回収する行為は、無理矢理空気を入れ過ぎた風船のようなものだ。どうなるかなど、明言するまでもない。


「仕方ない。ウカが持てるだけのDPを回収後、ダンジョンを放棄。その後、僕もダンジョンを支配し、できるだけのDPを回収する」


 当初は、ここでグラからの連絡を待ちつつ、帝国の動向を観察し、その向背を見定めてから行動するつもりだったが、人数でウカを襲ってきた以上、もはや帝国の裏切りは明白だ。手を拱いていても、二波三波の襲撃を受けるだけだろう。

 ここは、さっさと撤退するに限る。ダンジョンを放棄する事になるのは、少し勿体ないが……。


「それでも、かなり余るかと……」

「それは仕方ない。万が一帝国と和解できて、再びこのトンネルを支配下におくときまで、DPが残っている事を期待しよう」


 人間たちは知らないだろうが、あまり急激にDPを抜くと、一気に外壁が脆くなって、即座に崩壊してしまう。無論、ダンジョンの構造次第ではあるのだが、パティパティアトンネルの形状的に、間違いなく重さに耐え切れず、崩れるだろう。再びダンジョン化すれば生き埋めになる惧れはないとはいえ、そんな真似は浪費以外のなにものでもない。


「崩落か……」


 崩落といって思い出されるのは、バスガルの用いた【崩食】だ。いま、トンネル内に存在する帝国軍の数を思えば、それは魅力的なエネルギーに思える。

 だが、流石に帝国軍に二、三〇〇〇人もの損害を与えた場合、この先、帝国との関係修復が不可能になる可能性が高い。

 ウカを襲った帝国兵を皆殺しにしたのは、一応は弁解の余地もある。だが、無関係な帝国兵まで殺していったともなれば、言い訳などできるわけがない。

 それで得られるDPも、おいてくしかないしね。


「うん。先々、和解の可能性も残しておきたいし、帝国兵の損害は最小限に抑えよう」

「いいんですか? もはや彼らは、我らの敵なのでは?」

「完全に修復不能の関係性に陥ると、敵が巨大すぎて対処が面倒になる。人間という、社会性を有する生物を、国というコミュニティごと相手にするのは、悪手がすぎるんだ。勝てる勝てないじゃなく、地上でのカバーが完全に使用不能になってしまう。それは流石に勿体ない。ただ、舐められすぎても良くないんだよね」

「うぅむ……。なんとも匙加減の難しい生き物だねぇ、人間ってのは……」

「そういう生き物と、上手く付き合っていかなければならないのさ、僕らは。グラの為にね」

「そうですね。善処しますよ」


 それから、ダンジョン内のDPを回収したウカに代わり、僕は再びパティパティアトンネルを支配下におく。

 確認すれば、現在トンネル内にいる帝国兵は二〇〇〇程度だ。一瞬、この人数をDPに変えてから、僕らのダンジョンに繋げて、DPを回収するという方法も思い付いた。だが、やはりそれは悪手だと、頭を振る。

 ここはあくまでも、狡兎三窟の一つなのだ。ウチのダンジョンに繋げる事は、やはりリスクが高すぎる。帝国との関係が思わしくない現在は、なおさらだ。

 後ろ髪を引かれつつも、僕はさっさとダンジョン内のDPを吸収する。


「うへぇ……。気持ちわる……」


 限界ギリギリまでDPを生命力に還元した結果、全身から胃もたれと胸焼けのような感覚に苛まれる。これ以上は本当に、擬似ダンジョンコアの維持に支障をきたす。本当にすり切り一杯って感じだ。


「残っているのは、七MDP程か……」

「勿体ないねぇ……」

「次にここを訪れるまでに、自然にDPが抜けないよう祈るしかない。まぁ、普通は半年くらいで抜けるらしいから、それまでには回収する機会もあるだろう」

「あとは、別のダンジョンコア様に、ここが見付からないように祈るだけさね」

「ああ、たしかに。その惧れもあるか」


 自然発生した、生まれたてのダンジョンコアがこのダンジョンを見付けたりしたら、大喜びで自分のものにするだろう。まぁ、別に生まれたてでなくても、見付かったら吸収されるだろうが、【暗がりの手】が選定したこの場所は、パティパティア山脈に存在が確認されている、雑多な小規模ダンジョンからは離れている。周囲も確認しているだろうし、既存のダンジョンがここを見付ける心配は、しなくていいはずだ。


「まぁ、相当な不運が起こらない限り、残していくDPの大半は回収可能なはずさ。そんな事より、撤収の準備はできている?」

「つつがないさ。先生たちから貰った装具以外に、持って行くべきものなんてない、身軽な身の上だからね」

「うん。重畳」


 手早くダンジョン内を操作して、人のいない部分を埋め立て、封鎖する。ここがダンジョンなら、DPが滞って支障を来すのだが、これから放棄するのだから、問題はない。


「よし。それじゃ、陸路で第二王国を目指すよ?」

「気が滅入るねぇ……。あ、ご飯どうしよ……」

「モンスターの肉なら道々調達するから、それで我慢しよう。残念ながら、僕に野草や果物を採る技能はないから、無事に戻ったあとで勉強してみるのもいいかもね」

「うへぇ……」


 だいぶいつもの調子を取り戻しつつあるウカに苦笑し、今度こそ僕らはダンジョンを放棄して、パティパティアトンネルを去った。

 これにより、帝国軍は本国との補給路を遮断され、ベルトルッチ平野内に孤立してしまったわけだ。さて、どうなるやら……。



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