第116話 国と冒険者ギルド

 ●○●


「地下では、なにが起こってるんだろうな……」


 ラベージが不安そうに、そう呟いた。その隣には、まだ十代かそこらの、彼のパーティメンバーだという少女が、同じく不安そうな表情で、食事を摂っている。


「それは知らねえ方がいい話なんだろうさ。実際、俺たち使用人すら知らねえし、知ったら機密保持ってヤツの為に、その口を塞がなきゃなんねえ」

「ジーガ……」


 俺の言葉に、やはり不安を隠しきれないような表情でラベージが応えたが、そのあとに言葉が続かない様子だ。これには、聞き耳を立てていたハリュー家の使用人たちも神妙な面持ちを浮かべている。

 あまりに重い罰に顔を顰めるような者はいない。貴族だろうと商人だろうと、主家の秘密を軽々に漏らすような人材は、どのような扱いをされてもおかしくはないのだから当然の話だ。

 ただまぁ、この家にいると、そんな当たり前さえ忘れてしまいそうになるくらい、緩い空気に呑まれてしまう。ウーフーの軽口も、俺やダズの野卑な口調も、笑って容認しているような寛容な主の、峻烈な一面を思い出して、気を引き締めているのだろう。ザカリー辺りに言わせれば、使用人の教育も行き届いていない、ダメな家だと認識されるから、もっと厳しくして欲しいようだが。

 彼らにとって、それだけこの家の使用人という立場は、手放し難い程度には惜しいものなのだ。その気持ちは痛い程わかる。主人であるショーンは、並大抵の失敗では叱る事すらしない。多少大きな失敗をしても、笑って許してくれるだけの度量はある。絶対に許されないのは、裏切りだけだ。

 そして、だからこそ彼らは、町での評判がどうであれ、ハリュー姉弟に仕え続ける。裏切るだけの理由はなく、真っ当に人間として生きられる職場環境を手放せる程、俺たちの境遇ってヤツは恵まれていない。

 いまでこそそれなりに稼いでいる俺だって、旦那から見放されたら、末路は浮浪者に逆戻りだ。下手すりゃウル・ロッドに吊るし上げられて、魚の餌か、畑の肥やしかを選ばされるだろう。もしかしたら、養鶏場で鳥の餌という新しい選択肢も追加されていて、選べる末路が増えている程度の幸運は期待してもいいかも知れない。


「ギルドの方からは?」


 俺の質問に、ラベージは暗い面持ちで首を振る。


「直接的にはなにも……。ただ、どうやら暴徒に迎合しようとした冒険者の一部を、盗賊行為の現行犯として捕え、資格を剥奪して衛兵に引き渡したらしい。そのおかげか、そこに加わろうって連中はそれ程多くはないって話だ」

「冒険者ギルドも、面子があるからな」


 上級冒険者が主導して、町の治安を乱したなんて前例は、確実に彼らの立場を悪くする。その弁解の為にも、ギルドは身の潔白を訴えられるだけの証を欲しているのだろう。冒険者に対する、強い統制力を持っていないギルドには、それくらいが限度だという弁明だってできる。

 冒険者という、ある意味では戦力を保持している組織が、国家の統制下におかれていない現状というのは、それなりに危うい状況でもある。もし仮に、ギルドが連携して反乱でも試みれば、その国は大混乱に陥るだろう。実際そんな状況で、冒険者たちが参戦するかどうかは別にして。

 だが、そんな国家の統制下にない暴力装置という危うい組織は、同時に国家の思惑で戦力を右顧左眄させ、ダンジョンや地上に住み着いたモンスターへの対処を遅らせたりしないようにする、人類が長年をかけて作り出した知恵の結晶でもあるのだ。冒険者ギルドという組織の成り立ちは、冒険者という対ダンジョン用戦力の偏在化を防ぎ、モンスターやダンジョンからの被害を軽減させる為に設立されたという経緯がある。

 これを蔑ろにすると、国は民からの求心力が著しく落とす。というより、必然的に広がるモンスターからの被害の増大により民心が離れてしまうし、その前段階でモンスター被害を危惧をする者らによって、政治的な混乱が生じるだろう。

 だがそれは当然、その地域の支配者たちとの間に軋轢を生じる。彼らは彼らで、国やその地域の安寧を守る為に労働力を欲しているのであって、必ずしも利己的な観点から冒険者を統制下におきたいと思っているわけではない。治安維持の観点からも、掌握できていない戦力に、好き勝手をさせ続けるのは不安でしかない。半分以上はごろつきでしかない冒険者たちに与えられた、賦役ふえきと徴兵の免除という特権は、彼らからすれば苦々しいものでしかないだろう。

 とはいえ、支配者が常に善良である保証などない。国の存亡がかかれば、建前などは簡単に吹き飛んでいくだろう。そうなった際に、防波堤となって冒険者を守るのが、冒険者ギルドという組織の役割なのである。

 冒険者ギルドの権利を少しでも削り、冒険者という狂犬にもなり得る人材に、少しでも枷を付けたい国側と、人類の為にも冒険者を国家の戦力からは切り離しておきたいギルド側とは、昔からこの問題でせめぎ合いを演じてきた。今回の一件は、下手をすれば、そんなせめぎ合いにおいて、ギルド側の立場を悪くし得る要素となり得る訳だ。まぁ、同時に、治安維持組織側の体勢にも、一石を投じる事にはなるだろうが。


「だが、ギルドにできるのは、ここまでだろうな……」

「ああ。話を聞いたのも、危ない橋を渡らなくてもなんとかなる、七級や八級の連中だけで、九、十級の連中には……」


 俺の諦観の滲む言葉に、ラベージがやるせなさそうに首を振りつつ同意する。

 冒険者ギルドがおおやけではなく個人の為に動くというのは、それこそ支配者側に弱味を晒すような真似でしかない。ギルドは、ハリュー家の為だけには動けない。

 この地の支配者であるゲラッシ伯がどう考えるかではなく、第二王国だけでもない。北大陸各国に分布している、冒険者ギルド全体と、各国の支配者たちと間で、このアルタンの町を引き合いにだして、その政争の具になりかねないような問題になりつつあるのだ。


「ギルドの持っている権限が弱すぎるんだ……」

「ギルドがその権限を悪用しないと、誰が保証できる? 冒険者たちに自浄作用があるとでも?」


 無力感に天井を仰ぐラベージに、俺はギルドの権力が増した際の懸念を呈す。まるで、国とギルドとの関係を代弁するかのようなセリフに、お互い苦笑する他ない。と、そこで――


「――ジーガ。来たよ!」


 ハーフリングのウーフーが、通路から戻ってくると、開口一番そう言った。彼には、冒険者たちが地下へと赴いたあと、ちょくちょく偵察に出てもらっていた。勿論、一階の玄関ロビー辺りには近付かず、二階にある隠し通路から、家の外を偵察するにとどめさせていたのだ。

 そんなウーフーが『来た』というのなら、間違いなく【扇動者】に煽られた暴徒どもが、このハリュー邸に押し寄せて来たという事なのだろう。


「いよいよか……――旦那に報告してくる」

「ああ。俺も、グランジに報告を入れておこう。ここに至って、ギルドになにができるのかって話でもあるが、の冒険者が、町の安全の為に立ちあがるくらいの事はあるだろうさ」


 そのラベージのセリフに、なるほどと頷いた。ギルドとして表立って動く事はできないが、冒険者個人がその意思で動く事までは禁じられていない。なにせ、兵役は免除されていても、戦争に参陣する事そのものが禁じられているわけではないのだ。

 今回の一件に、ギルドそのものが関与する余地はなくとも、ギルド支部長マスター個人が関わるのは問題が――ないわけでもないが……、まぁ、事が事だしある程度の目こぼしは許される……、はずだ。というか、問題視されたら、責任を取ってギルマスの職を辞してしまえばいいと考えていそうだな、あのギルマスなら。

 そんな事を思いつつ、俺は伝声管を手に取った。


「旦那、暴徒どもが来たようです」

『そうですか。では、その者らをなんとかすれば、一連のバカ騒ぎもこれでおしまいですね』


 おっと、珍しい事に伝声管に応えたのはグラ様だった。という事は、旦那はなにかしらの事情で手が離せないか、休んでいるのだろう。もしかしたら、いままさに冒険者連中と対峙しているのかも知れない。


「失礼しました、グラ様。ショーン様からは、暴徒どもが家まで辿り着いたら、報告をするように命じられておりました故」


 気安い口調で話しかけてしまった事を謝罪する。このお方は、旦那と違って俺たち使用人に対して、まったく気を許していない。ともすれば、侵入者と同列に扱っている節すらある。

 まぁ、ハリュー姉弟の生い立ちを思えば、社交的に過ぎるショーンの方が、やや異常ともいえるが、アレもまた処世術なのだろう。

 返ってきたグラ様の声は、思いの他穏やかだった。常の、こちらに突き刺さるような冷徹さは感じられない。


『わかっています。ショーンにも、私から伝えておきましょう。ですが、いまあの子はもう少し休んでいた方がいいでしょうし、その暴徒どもへの対処は、私が担います』

「え……」


 あ、これヤバい……。

 だが、話の内容に俺は、戦慄する。声音が穏やかである点が、むしろ寒気を増強する。マジで暴徒ども、全滅するんじゃねえか……?



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