第71話 幻術師の三原則

 ●○●


「おっと。解かれたか」


 僕らが囚われていた真なる暗闇が、まるで水をかけられたかのように溶けていく。元の、ゴルディスケイルの通路へと回帰した僕ら三人は、しかし三者三様の有り様だった。

 思った以上に自分の精神にもダメージがあったが、まぁ、許容範囲内だろう。いうて、ちょっと余計な事を考えただけだ。眼前で蹲ってベソをかいている緑ツインテと、半分意識を飛ばしながら、かなりヤバい感じの笑顔を浮かべているピンクツインテよりかは、僕はまだまだ全然マシな状態だ。

 っていうか、ピンクツインテ、右腕が変な方向に曲がってるけど? 目もバキバキにキマりすぎてて、ちょっと怖いよ……。


「ふぅむ……」


 やはりこれは、感覚遮断による幻覚症状が深い瞑想と同様の心理状態を引き起こした、という事なのだろうか。ぶっちゃけ、使う【影塵術】を【陰陰滅滅】に変更した段階で、こういう事態に陥る危惧はあった。

 なにせ感覚遮断は、それこそ古の宗教家たちが神秘に触れる手段として用いてきた手法なのだ。本来は拷問にも使うようなものであるが、プラス方面の精神作用があってもおかしくはない。

 実際、都市伝説や拷問の逸話から、感覚遮断実験は発狂と隣り合わせみたいなイメージがある。だが、実際のところ被験者の中には、次回も被験の機会があればそれを望むかという質問に、結構好意的な答えをした者が多いらしい。アイソレーション・タンクも、日本では一種のリラクゼーション施設として浸透しているようだし。


「なるほど。神聖教関係者には、もしかしたら【陰陰滅滅】は逆効果かも知れないな……」


 特に【神聖術】の使い手が相手だと、プラス方面の精神作用がこちらにとって、大きなディスアドにもなりかねない。悪い方に、相手の心理状態を下準備しておくのは可能かもしれないが、費用対効果を思えば端から別の術式を使った方がいい。

 まぁ、正常な判断力を奪うという意味では、それなりに有効打ではあった。実際、ピンクツインテはもはや戦闘の継続が著しく困難な程に、朦朧としている。事前に言っていた通り、魔力が底を突きかけているのだろう。

 緑ツインテは、いまだ起き上がる気配もない。こちらはたぶん、かなりローな精神作用があったようだ。


「なかなか有意義な実験結果だった、かな」


 僕はそう言って、パンパンと服の埃を払う。ピンクツインテの【神聖術】は、様々な要素を複合して発現した【影塵術】であろうと、十把一絡げに消し去ってしまった。やはりかなり理不尽に思えるが、【神聖術】とはこういうものだと諦めよう。

 正直、もう少し【影塵術】の実験データは欲しかったが、ここはサーストンの三原則の一つ『同じネタを繰り返してはならない』を順守しよう。

 ちなみに、サーストンの三原則の残り二つは『これからなにが起こるかを明かしてはならない』と『種明かしをしてはならない』であり、これがマジシャンの鉄則だといわれている。

 僕個人の見識としては、幻術師にとってもこれは同様に、鉄則だと思っている。特にこの【影塵術】は、タネがわかると対処もそれなりに容易な部類の術式だ。そうでなくても、相手の手の内を知った、あるいは知った気になった相手というのは、精神的な優位性を感じてしまう。そのプラスの意識というのは、幻術を使う上では必ずしも扱いやすいものではない。

 なお、このサーストンの三原則が、本当にハワード・サーストンの残したものなのかは、諸説あるところらしい。


「さて、どうするか……」


 戦況はここにきて、膠着状態となった。僕は手元に武器がないし、【魔術】による攻撃手段だと決定打に乏しい。まぁ、再度【影塵術】を使えば話は別だが……。

 武器もない状態で、手負いの獣と化した蛍光双子ツインテツインズに近付くのは危険だ。近接戦のエキスパートである彼女たちに、いかに戦況が有利だからと、不用意に近付くなど愚かにすぎる。

 ここから【石雨ラピスプルウィア】で削り殺すか? あるいは、なんらかの幻術でより完全に、戦闘能力を奪うか?


「まぁ、なんとかなるか……」


 できれば、もう一つの対抗策もここで実験できれば良かったのだが、残念ながらまだ僕にはそれを実現できるだけの技術がない。その辺は、依代を直に作り上げているグラの方が、さっさと完成させそうだ。


「ぶっちゃけ、逃げに徹されるのが、一番困るなぁ……」


 僕は相手に聞こえないように呟くが、それは結構ありそうな展開だ。ピンクツインテは見るからに限界だし、緑ツインテも戦意を喪失しているように見える。だとすると、相手もさっさと離脱を考えそうだ。

 そして、グラを放置してまであとを追う程、僕は彼女たちに興味がない。

 とはいえ、ここで殺してしまえた方が、僕らにとって都合がいいのはたしかだ。僕の怪物としてのステップアップの為に、礎となって死んで欲しいという思いもある。 


「うん。殺すつもりでかかろう。ただ、逃げられたら深追いはしない」


 行動指針を決めて、僕は僕は私エインセルを二人に向ける。ようやく体勢を立て直しつつある緑ツインテと、いまにも倒れそうなピンクツインテ。

 そろそろこの戦いにも決着がつきそうだ。



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