第55話 報告
地上に戻った俺っちたちは、その足で冒険者ギルドに向かうと、セイブンを通してギルドの幹部連中を呼び出した。そこで、今回の探索で集めた情報を開示し、あのダンジョンが、バスガルのダンジョンである可能性が非常に高いという報告を伝える。
それを聞いた幹部連中は、一様に目を瞠った。それはそうだろう。このままでは、町中にできたダンジョンの討伐に失敗するのは、ほぼ確実なのだ。
「し、信じられん。間違いないのかね?」
幹部の一人が、顔を引き攣らせたままこちらに問いかけてきた。
「間違いないよ。モスイーターの色が一致していただけなら、ない事もないだろうと思った。だが、そんなダンジョンに、竜系のモンスターまでいたんだ。普通、小規模ダンジョンに、下級といえども竜はいない。そして、バスガルのダンジョンに出現するモンスターは、爬虫類系と竜系だ。ここまで一致する中規模ダンジョンが、近場にもう一つあったと考えるより、バスガルだと考えた方が自然だろうさ」
神妙な顔で、師匠が告げる。普段なら、いくら冒険者ギルドの幹部相手だろうと、どこか面倒くさそうに応対するところなのに、いまは真剣そのものだ。
セイブンも普段と違うと感じているのだろう、やや訝し気だ。
「ダンジョンの形状、ヒカリゴケの種類、出現するモンスター、そして竜。いくらなんでも被りすぎっす。もしバスガルでなかったとしても、あそこが中規模並みのダンジョンであるという事は間違いないっす」
俺っちも、師匠の説明を補足する。いま重要なのは、あそこがバスガルである可能性よりも、中規模ダンジョンであるという事実だろう。
小規模ダンジョンと中規模ダンジョンとでは、質というよりもモノがまるで違う。あのダンジョンも、最初のうちは小規模っぽい雰囲気があった。だから判断に迷った。
だが、竜が出現したともなれば、もはや小規模であるなどとは、到底思えない。そして、この近くにある中規模ダンジョンはバスガルだけだ。
だからこそショーンさんも、それを念頭に置いて調べていたのだから。
あそこが中規模ダンジョンだった以上、小規模ダンジョンを想定している、いまの行動方針では、まず確実に討伐に失敗する。そうなれば、ニスティス大迷宮の再来という悪夢にも、現実味が濃くなってくるだろう。
「ふむ。たしかにそう考えると、未発見の中規模ダンジョンが他にあったと考えるよりも、バスガルが延びてきたと考えた方が合理的ですね。未発見のダンジョンが、中規模まで成長する事などまずありませんから」
セイブンも神妙な面持ちで頷く。ただし、どうやら反対意見もありそうだと、その目を見て理解した。
「ただ、小規模ダンジョンに竜がいないというのは、やや早計です。階層ボスといったモンスターであれば、小規模ダンジョンでも竜を用意する事は、稀ではありますがない事でもありません。あるいは、ダンジョンの主が、竜型という場合もあります」
「俺っちたちは、ダンジョンの通路で竜に遭遇したっす。その一時間くらい前から、断続的にモンスターが現れるようになって、こっちが撤退を決めた段階で、一気にモンスターが増えたっす。そして、そのタイミングで地竜が現れたんす。ボスやダンジョンの主の行動としちゃ、不自然っす」
ダンジョンの階層には、次階層に繋がる通路を守る、階層ボスというモンスターがいる事がままある。大抵は、その階層で一番強いモンスターであり、どういうわけか一定のエリアから外にはでない。
ダンジョンの主が、ダンジョンの最奥からでたという話も、聞いた事がない。ただし、これは確実な話ではない。だが――……
「俺っちたちが対峙したビッグヘッドドレイクは、ダンジョンの主らしいマジックアイテムの装備を着けてなかったっす。強さ的にも、普通のビッグヘッドと大差なかったと思うっす」
「周囲に余計なモンスターさえいなければ、あちしとフェイヴでも倒せたと思うよ。だからこそ……」
そう言って、師匠は唇を嚙んだ。一瞬だけ、目元に力が入ったのを、俺っちは見逃さなかった。きっと、感情が表にでかけたのを、慌てて堪えたのだろう。
そう、だからこそ――だからこそ、悔やまれる……。俺っちがあそこでミスをしなければ。あるいはモンスターが増え始めた当初に、撤退を決めていれば。もっといえば、とっととショーンさんの言う通り、あそこがバスガルだと仮定して、なんなら昨日のうちに地上に戻ってきていれば。
益体もない後悔が、次から次へと湧いてくる。いくら悔やんでも、もはや取り返しなどつかないというのに、後悔ってやつはいつまで経っても湧いてくるから困る。
「なるほど。しかし、ダンジョンの主は、モンスターを生み、操る事ができます。そう考えると、厄介そうなあなたたちに対し、ダンジョンのリソースを多く割き、竜を生んで倒そうとした、とも考えられます。直前から、モンスターの尋常ではない襲撃があったのでしょう?」
「それは……」
なるほど、たしかにそれはないではない可能性だ。あの不自然なモンスターの波状攻撃も、ダンジョンの主が俺っちたちを排除する為の行動だといわれれば、思い当たる節はある。
「たしかにそういう可能性はあるかも知れない。もしかしたら、バスガルではないかも知れない。だがね、下水道に入って、わずか一日の距離に竜がいるような小規模ダンジョンがあるって可能性よりも、あそこがバスガルに通じてるって可能性の方が、あちしには高いように思えるんだけどねえ?」
「ふむ、それはたしかに。それに、バスガルかどうか、中規模かどうかよりも、そのような浅層に竜がいるという情報は無視できません。前者は憶測ですが、後者は確実にある脅威なのですから。ダンジョンにいるモンスターは、いずれダンジョンの外に出てくる。それを思えば、慎重かつ早急な調査は必須でしょう」
セイブンの言葉に、幹部連中も一様に頷いた。町にモンスターが放たれるという可能性も恐ろしいが、それが竜ともなれば一般人の恐怖は計り知れない。
幹部連中も、その点には異論がないらしい。
セイブンは、あのダンジョンがバスガルと通じているかどうかよりも、そこに竜がいるという事を重視している。ただ、いまだあそこが中規模ダンジョンであるという事には、疑いがあるようだ。
いや、セイブンが疑っているというよりは、ギルドの幹部連中の疑問を代弁している、というべきだ。
たしかに、俺っちたちには、ショーンさんの意思を継ごうという思いがあり、判断にはそのバイアスがかかっているだろう。彼が懸念していたのは、あそこが小規模ダンジョンではない可能性だ。その理由は、自分の工房が呑み込まれかねないから。
なるほど、たしかに同じ立場に立つと、ショーンさんが自分の判断に自信が持てないと繰り返していた理由がわかる。俺っちも、いま自分がニュートラルな立場で判断できている自信はない。
「最後に——……」
ワントーン低くなったセイブンの声音が、俺っちたちに向けられる。
「——最後に、これは冒険者ギルドの職員としてではなく、【
その鋭く思い声に、俺っちは喉を鳴らした。くるべき質問がきた。ズンと、胸に重いなにかがのしかかったような気分になった。
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