episode Ⅶ すれ違いの原因

「グラはさ……、バスガルと戦いたくないの?」

「……」


 ショーンの疑問に口籠る。それは、それこそ命をかけて、いまこの瞬間もバスガルに対抗する為の手段を模索している、ショーンの行動の否定だ。

 だが、そうして口籠った事自体が、答えのようなものだ。


「……そっか……。まぁ、同族だしね。殺したくはないだろう……」


 ぽそりとそう呟いたショーンの言葉に、ハッとさせられた。

 そう。私がバスガルと戦いたくないと思う理由は、バスガルが同族のダンジョンコアだからだ。ダンジョンコア同士で殺し合うという行為に、無益さからくる拒絶感と、同族殺しに対する根源的忌避感が合わさって、厭戦気分が抜けなかった。


 だがそれは、ショーンとて同じだろう。


 ショーンは、同族の人間を殺している。嬉々としてそのような行為に手を染めるような性格ではないのは知っている。苦しんで苦しんで、悩んで悩んで、それでも生きる為、ひいては私の為に、人を――同族を殺している。

 それはわかっていた事ではある。ショーンが同族殺しを、決して喜んでやっているわけではない事など。だが、最近は忘れかけていた。ショーンが人間を殺すのを、どこか当たり前に捉えていた。そんなわけはないのに……――


 このダンジョンを捨てる? ショーンが殺してきた同族の命を、まるで無価値のように、どうでもいい、ゴミのように? 私が同族を殺したくないという理由で?


 愚かにも程がある……ッ! 私は、ショーンがどれだけの覚悟をもって、人間を殺しているのかを、誰よりもわかっていたはずなのにッ!!

 そうだ。ここ最近のショーンと私との齟齬の原因は、それだった。ショーンが人間を殺すという行為に、私はショーンの立場で考えるという事を忘れていた。慣れて、当然の事として、まるでショーンが食事をするような感覚で、彼が殺人行為に及ぶのを見ていたのだ。

 それがどれだけの苦痛か、苦悩か、苦渋か、いまの私こそが一番実感しているというのに……ッ。


 二人の心が分かたれてから、わたしの心にショーンはいなくなった。そのせいで、私は忘れていたのだ。彼の、良心の呵責というものを。同族殺し、同族食らいに伴う忌避感を。

 あのとき、私が覚えている人間どもの中でもとりわけ見窄らしく、癇に障るような男を殺したとき。ショーンが初めて、人を殺したとき。ショーンが男の殺害を私に依頼し、それを達成したとき、私は嬉しかった。

 そして、だからこそ苦しかった。ショーンが、その行為にどれだけの呵責を覚えているのか、薄々とではあるが、察していたから。

 いっそ人間を捨てて、もっとにきて欲しい。そうすれば、苦しまずにすむのに。何度も何度もそう思った。

 あのときのショーンは、きっといま私の抱いている思いを、もっと濃厚に感じていたのだろう。そして、彼は同族殺しを決断してくれた。

 自分の身を守るという思いもあっただろう。だが同時に、その行為には私を守るという意思も含まれていたはずだ。私たちの為に、同族を殺してくれたのだ。だから嬉しかったのだ。


 それに比べて、いまのは私の体たらくはどういう事だ!?


 物事に嫌々向き合い、ダンジョンコアとしての誇りも、弟の覚悟も忘れ、ただただ安閑な日々に逃げていた。このまま、二人での生活が続けられるのならば、わざわざ同族の命を食らってまで、一所に懸命になる必要などないのではないか、と。

 違うのだ。一所懸命にならなければならなかったのだ。一度逃げた先に、またもバスガルが現れたらどうする? 別のダンジョンコアが現れたらどうする? また逃げるのか? 同族で争う必要などないと?

 間抜けすぎる。いや、この場合はたわけと評すべきか。たしか、ショーンの前世では田を分ける愚か者の意だったはずだ。まさしく、いまの私に相応しい評価だ。


 向こうに悪意がなかった? おかれた環境に、同情の余地がある? 我々はいまだ浅く、狭い?


 だからどうした。ここは、ショーンと私が、手塩にかけて掘り下げたダンジョンだ。何人たりとも侵入は許さないし、何人たりとも奪取は許さない。バスガルが現れた段階で、私こそがそう宣言するべきだったのだ。

 ああ、なんたる事だ。きっと私は、腑抜けていたのだ。ショーンといる日々が幸せ過ぎて、なんならコアへと至るという使命すらも、どこか二の次にしていた節すらある。

 情けない。このような無様を晒してどうして、この子の姉などと名乗れるのか。

 努力家の弟と、なにもしないぐうたらの姉。そんな無様な関係など、私は認めない。姉として、弟の隣、できれば一歩先を歩いていたい! だからこそ、ショーンに負けず劣らず、私も努力せねばならなかったのだ。


 視線を下ろす。そこには、いつもの石の机に、いくつもの資料が散乱していた。覚悟は一瞬。

――ガツン!!


「グラ!? なにしてんの!?」

「己への戒めです。いえ、そのつもりでしたが、ダンジョンコアの肉体というのは硬すぎますね……。ろくにダメージなど感じませんでした……」

「そりゃ、机だってただの石だしね。っていうか、ホントどうしたの?」


 よりにもよって、机の天板の方が割れてしまった。まったく、頑丈なのも良し悪しだ。いずれは、私用の依代を用意するのも悪くないかも知れない。期せずして、依代が破壊されても、精神は魂魄に帰属するという事が証明されたのだから、安全を期すならその方がいいだろう。

 とはいえ、それも眼前の問題を片付け、十分なDPが確保できたらの話だ。


「いえ、姉としてのけじめが必要だっただけです」


 私はきっぱりとそう断言する。


「姉として?」


 よくわからないと、ショーンは訝し気な声をだす。そういえば、いつまで経っても体の主導権がショーンに移らない。もしかすると、こうして話してはいるものの、そうとうに消耗しているのではないだろうか。


「ショーン、もしかしていま、かなり無理していますか?」

「え、ああ、まぁ、ちょっとね……」

「でしたら休んでいてください。あとの事は、私が処理しておきます。安心してください。ここからは、私も本気を出しましょう」

「え? あ、うん……。なんかやる気みたいだし、それじゃあお願いしようかな」


 とりあえず、人間どもにバスガルの攻略を任せるという話だった。そのプランを、私なりにサポートする案をいくつか検討しよう。

 いまの、ゴーレムに【魔法】を刻む研究は、一度ストップしよう。こちらは、完成したところでバスガル攻略の役には立たない。もしもバスガルがこちらに侵攻してきた際には役立つだろうが、その段階に至れば作戦は失敗と判断せざるを得ない。

 バスガルのダンジョンのダンジョンコア。あの宣戦布告に、いまなら答えが返せそうだ。


 あなたに恨みはありません。あなたの境遇に、思うところがないでもありません。それでも私は、私が私であり、私であり続け、いずれ神へと至らんが為に、あなたの目論見を阻みましょう。

 貴球の覚悟を、覚悟をもって踏み躙りましょう。お互いに、ダンジョンコアとしての誇りをかけて、殺し合いましょう。


――食らい合いましょう。



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