第58話 覚醒と謝罪失敗
〈13〉
一度死んで転生し、もう一度死んで、ダンジョンコアに戻ってきた。
いやはや、何度経験しても死というものには慣れはしない。痛いし、苦しいし、気持ち悪い。
二度目に比べたら、一度目の死は然程痛みや苦しみはなかったかな。海で溺れて死ぬのと、無数のトカゲやヘビたちに啄まれ、最後は巨大な頭の地竜に嚙み砕かれて死ぬのとでは、やっぱり全然違った。まぁ、依代の耐久度が高すぎて、なかなか死ななかったというのも、苦痛が長かった原因だ。
ぶっちゃけ、フェイヴとフォーンさんを逃がしたあと、もうそろそろいいかなって思ってからもしばらく、僕は死ねなかった。もう死以外の運命があり得ないくらい体が損傷して、なのに死ねないというのは、これ以上ない苦痛だった。
最後に残った、しかし一番頑丈な疑似ダンジョンコアを噛み砕いてくれた巨頭の竜には、もはや感謝の念すら抱いている程だ。
こうして再び、ダンジョンコアの体に戻ってきて、わかった事もあった。
どうやらグラは、バスガルとの戦いには消極的らしい。まぁ、それも仕方がないだろう。誰だって、好き好んで同族殺しに及びたいわけではない。
それを回避できる手段があるのなら、そちらを選びたくなるのが普通だ。僕だって、殺さずに生きられるならそうしていた。むしろ、殺さなくてもいいのに、積極的に同族を殺すヤツの方が問題だろう。そういう意味で、グラの意思は尊重しよう。
ただし、バスガルは討伐する。その決定は揺るがない。
グラのこれからの為に、あのダンジョンは邪魔なのだ。
間違っても、ニスティスの再来などというものが現れてもらっては困る。それでは、都市内部における、ダンジョンに対する警戒心が高まってしまうではないか。
グラという、人型ダンジョンコアのアドバンテージは、間違いなく、人間社会への潜入工作だ。既に、僕らのダンジョンは情報収集という面で、かなり人間社会に依存している。
この、アルタンの町内部という立地条件は、たしかにダンジョンにとっては最悪だ。しかし、別の側面から見れば、人型ダンジョンコアにとっては、情報アドバンテージの高い立地ともいえる。なんなら、エネルギー源たる人間の数だって多い。迂闊に手をだせば命取りな、ネズミ捕りのうえのチーズではあるが、なにもない荒野を彷徨うよりは生存の可能性が高いともいえる。
僕らはこれからも、ダンジョンを探知されない為に、さらに冒険者ギルドに食い込んでいく。あわよくば、こちらの都合でダンジョン探知のマジックアイテムを使わせるつもりだ。
その利点を、バスガルに潰されるわけにはいかない。だから、バスガルを潰す。
切迫した生死が理由ではない。ある種、利害の不一致という、向こうに比べればかなり自己都合を優先した理由だ。だが、構わない。
「……うん?」
まるで
「私はいま、手が離せません。予定外の来客など追い返しなさい。そのくらい、そちらで判断しなさい」
相変わらず、きつい物言いだ。相手はたぶん、ジーガだろう。もしかしたら、ザカリーかも知れないが。
他の使用人は、あまり伝声管を使おうとしない。どうも、主人を直接呼び出すような仕掛けを使うのは、遠慮してしまうようだ。それはあの、ウーフーすらもである。まぁ彼の場合は、単にその砕け過ぎた態度を、グラに知られたくないという線もないではないが……。
状況を認識するにつれ、僕の意識は浮上していく。ようやく精神が、死から回復してきたようだ。戻った直後よりも、かなり思考がクリアになっている。
クリアになってくると、首を傾げる部分がある。いや、僕、かなり真っ向からグラとの約束破っちゃったんだよね。ほとんどお説教もなく、休ませてくれたのが意外だ。
いやまぁ、たしかにグラはかなりお冠だったが、僕の調子が悪そうだと気付いてすぐに休ませてくれたのだろう。それはありがたい。だが、それはつまり、お説教は後回しにされたと見た方がいいだろう。これは……、かなりきついお説教を覚悟しておかないといけないかも知れない……。
いやまぁ、必要だったと言い訳はできる。だが、そんなもので心配してくれた彼女の心の痛痒を糊塗すべきじゃないだろう。ここはきちんと、怒られよう。
流石に、二四時間耐久お説教会という事にはなるまい。……ならないよね?
「ショーン、休息はもういいのですか?」
僕の意識が覚醒しつつあるのに気付いたグラが、なおも心配そうに声をかけてきた。ほんのわずかな精神の起伏にも反応してくれるこの状況に、ああ、二心同体に戻ったんだなぁと実感する。
「うん、だいぶ本調子に戻ってきた。それでさ、一回体の主導権戻してくれる?」
「ええ、構いませんよ」
即座に、四肢の感覚が僕の意識にフィードバックされる。こうして、改めてダンジョンコアの肉体を動かせるようになると、その性能の高さが実感できるな。たぶんこの体だったら、あの巨頭竜相手でもボクシングで勝負できる。それくらいの全能感だ。
そうして、体の権利を委譲された僕がまず行ったのは、椅子から降りて正座する事だ。
「えー……、まずこのたびは――」
『グ、グラ様……! 大変です。ショーンさんがダンジョンで亡くなったそうなんです……』
床に手を付いたポーズのまま、固まってしまう。なんていうか、伝声管から伝わってきたジーガの声音は、それだけでもわかる程に厳粛であり、僕の死に対して思うところがあるのだろう。ある意味それは、彼の僕に対する思い入れの表れでもある。嬉しくはある。嬉しくはあるのだが……、タイミングが悪い……。
『どうやら、重要情報を地上に届ける為に、囮になったそうで……。いま、一緒にダンジョンにもぐっていたフェイヴさんとフォーンさんが、詳しい話をしたいと訪ねてきています。お会いになられますか……?』
「あー……」
なんというかもう、厳粛というよりは沈痛という調子になってきた。ここはさっさとネタバラししてしまおう。
「えっと、ジーガ? フェイヴさんとフォーンさんがきてるんだっけ? うん、一回会っときたいから、すぐに行くよ。応接室でいい?」
『……』
「おーい、ジーガ? まぁいいや。いまからうえに行くから」
踵を返して、地上へと向かう。
『はぁぁあ!? え、ちょ、は!? マ、マジで――ちょ、ショーンさん? ショーンさぁん!!?』
背後からそんな声が聞こえた気もしたが、残念ながらエレベーターに乗ったあとだったので、応える事はできなかった。
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