第59話 依代について
エレベーターの中で気付いた。いまの僕、グラの格好だった。
「やっべ。このままじゃ、女装趣味だと思われる」
「普通に私だと思われるのでは?」
「たしかに」
とはいえ、おかしな勘違いをされるのはごめんだ。エレベーターから降りてすぐ、僕は保管庫から布を取り出し、それを光の糸に変える。それを織り込むのは、グラのサポートを受けて、僕は久々に機織りに成功した。
といっても、いつものカッチリとした服装ではない。カジュアルなダルマティカというか、装飾の少ない新しいビザンチンファッションみたいな、ともすればパジャマのような出で立ちだ。基調はいつものダークブルーにしておいた。
手間がかからないというのもあるが、これは本調子ではないと相手方に印象付ける為の布石でもある。これからあの二人を、口八丁で煙に巻かねばならないのだ。
【地獄門】をでて応接室に向かうと、扉が開いたままだった。ちょっとお行儀が悪いな。開いたままの扉から室内に入ると、へたり込んでいるジーガと、目を真ん丸にしているフェイヴと、外見相応の少女のような声をあげているフォーンさんが、まるで幽霊でも見るような視線で僕を出迎えてくれた。
「やぁやぁお二人さん! さっきぶり、という程さっきでもないかな。もう数時間前の事だ。いやぁ、あれには驚いたね!」
僕が死んだのは、たぶんまだ午前中だったはずだ。断続的な襲撃で、時間感覚は狂っていたが、流石に正午までは届いていなかっただろう。だがいまは、夕方もかなり遅い宵の口だ。急な来客を追い返しても、なんらおかしくない時間帯である。
ひらひらと裾や袖を揺らしながら、僕は応接室のソファの一つに腰を下ろした。
「まぁ、お二人の疑問は言われずとも理解しているつもりです。どうして僕が生きているのか? ですが、これには僕らの研究している、属性術、幻術、魔導術、生命力の理、その他諸々の秘匿技術が絡みますので、詳しい仕組みについては聞かないでくれるとありがたいところです」
そう前置きという名の牽制をしてから、いまだ茫然としている二人に畳みかける。
「今回の探索において、お二人と同行していたのは、僕であって僕ではありません。グラと合作した、遠隔操作が可能なゴーレム……のような人形です。そういえば、プロトタイプはフェイヴさんも目にした事がありますよね?」
「プロトタイプ?」
「鏡の部屋のフレッシュゴーレムです」
「ああ、あの……」
なにかを思い出したのか、フェイヴの顔に嫌悪感が宿る。たしかに、あの外見はキモいしね。
「まぁあれは、姿を真似、動きを真似る事しかできませんが、そこからさらにいろいろと秘匿技術を詰め込んだ結晶が、本日お二人に付いていった人形だったわけです」
「で、でもあれは、幻術を使ってたっすよ? そんな事もできる人形なんて、聞いた事がねっす」
フェイヴが信じられないとばかりに反論するが、それも当然だろう。現在の、人類側の技術水準的に、ゴーレムのようなものを遠隔操作するというだけでかなり高等な技術なのに、さらにそのゴーレムに【魔術】を使わせるなど、あまりに技術革新過ぎる。
現代人の感覚に照らし合わせるなら、乗用車に飛行機能を持たせるバックトゥザフューチャーの技術が、既に完成していたというようなレベルだろう。……二〇一五年にはホバーボードが完成しているはずだったんだが、現実はドローンが限界だったんだよねえ……。いやまぁ、ドローンだって一九八五年から考えればすごい技術だが……。
「ええ。それこそが、あの人形――僕らは依代と呼んでいますが、その依代の特徴です。あれは厳密にいえば、操作というよりも憑依といった方が正しい動かし方をするのです。特徴としては、意識を移しているので、魔力さえ残存していれば、理を刻む事は可能です。ただ、やはり感覚が違うようで、自分の体を動かすように理を刻む事はできませんでした。操れる魔力も少なく、ほとんど初歩的な幻術しか使えませんでした」
「なるほど……。たしかに、言われてみれば俺っちが知ってるような幻術ばかり使ってたっすね。それであれだけの大立ち回りしてたってのも、アレっすけど……」
大立ち回り? 最後に囮になった以外に、特に役に立った覚えはないが……。それも、単に依代に残った魔力を装具に注いで、限界まで酷使しただけだ。別に、僕自身がなにかをした覚えはないんだが。
「しっかし、すごい技術っすね。これがあれば、誰もが安全にダンジョン探索ができるようになるんすか? あ、勿論費用の面は無視してっすよ」
「まだそこまでの水準には達していません。使い手として、僕と同等程度の幻術の技術と知識、複合的な独自の術式を修得する必要があります。依代を作る為に使われた技術は、属性術、魔導術、その他かなり専門的な知識が必要となります。この辺は、僕ですら十全に説明はできない程複雑な工程が必要になります。もしも知りたければ、相応の対価を用意してからグラに訊ねてください」
ここら辺は本当の話だ。下手に嘘を吐くと、のちのち矛盾が生じかねない。まず真似はできないだろうが、あとで改めて固く口止めしておこう。まぁ、僕と同等の幻術の技術と知識、というのが実はフェイヴたちが思う程高くないという落とし穴があったりもするが。
「その依代を作ったのは、グラさんなんすね?」
「ええ。彼女は属性術は勿論、他の【魔術】にも長けた、エキスパートですから。まぁ、対価といってもグラが欲しがるものを用意できる方は、そうそうおられないでしょうが……。依代の説明に戻ります。前述の通りこれを操るのは、操作ではなく憑依なので、依代を動かしている間は本体がなにもできなくなり、無防備になります。全幅の信頼をおける者の元でなければ、非常に危ういでしょう。もしも、誰でも依代に乗り移れるような技術が確立したとしても、本当に誰でも使えるようにするのは危険かと」
「なるほど。それはたしかに……」
身分が高ければ高い程、その命は価値を持つ。つまり、奪った際のリターンも大きくなるという事だ。ダンジョンにもぐる際に、そういった人間が完全に無防備になると知られれば、当然そういった魔の手が忍び寄る事態は容易に想像できるだろう。
問題は、その原因としてこっちにまで火の粉が飛んできかねないという点である。
「まぁ、現段階では僕と同等の幻術という水準が、どうしても下げられません。これが使えないと、依代に憑依できませんので。つまり、いまのところ僕にしか使えないという事です」
「なるほど。だったら、いろいろと安心っす。いや、不安っすかね。ショーンさんに、そんな自由自在に動ける身代わりがいられると、いよいよ手が付けられなくなるっす」
おどけたように肩をすくめるフェイヴに、僕も苦笑する。残念ながらそうそう使い捨てにできるような、安い代物じゃない。あの、本来は試作品だった依代ですら、五MDPもの生命力が注がれているのだ。ちょっとした小規模ダンジョン並みのエネルギーである。
しかも、五MDPぽっちでは、依代に移るたびに死ぬ程つらい倦怠感と苦痛を味わう事になる。理想をいうなら、十Mくらいは使って作りたい。
そもそも、この術式の根底にあるのは、ダンジョンがモンスターを作る為の生命力の理だ。魔力の理を出発点にして考えると、絶対にたどり着けないだろう。勿論、その事は絶対に教えない。人間側に知られていい事など、一つもない情報だ。
むしろ、幻術や属性術や魔導術が必要だという情報が、ミスリードになってくれるとありがたい。
とまぁ、僕が生きている理由たる依代については、これでいいだろう。僕としては、あれからこの人たちがどうしたのかを知りたい。思惑通りに動いてくれているといいのだが……。
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