第60話 オファーと哀愁

「依代についてはこの辺で……。言うまでもないかも知れませんが、この依代については秘密にしておいてください。他所に知られていい事など、皆無ですから」

「ま、そうっすよね。技術の横取りや、依代に移っているタイミングを見極めて本体を狙われたりしそうっすからね」

「ええ」


 僕が二人に了承を求めると、フェイヴは軽口を返してくるが、フォーンさんは不機嫌そうに顔を逸らしながら頷いた。いや、あれはなんというか、不機嫌そうというよりは悲しそう? ちょっと良くわからないな。

 まぁ、まだ彼女の心の機微を表情だけで推し量れる程付き合いもないし、仕方がないだろう。僕は気にせず、話を先に進める。


「結局、あのダンジョンに対しては、これからどうするという話になりました?」

「ああ、まぁ、俺っちたちのパーティが数人であたるって話になったっす。タイミング悪くて、全員は集まりそうにないっすけど……」


 うんうん。まぁ、計画通りといっていい流れだ。

 フェイヴとフォーンさんを呼び水にして、一級冒険者パーティを引っ張り出し、バスガルのダンジョンを攻略させる。その為の代償が依代一つですむなら、まぁ許容範囲だろう。

 問題は、あれでこの人たちがどの程度本気をだしてくれるのか、だ。フルメンバーじゃないって話だが、どの程度の戦力が期待出来て、それが本当にバスガルを討てるだけのものなのか……。


「実は、その件でちょっとお願いがあるんすよ……」


 おずおずと、フェイヴが言いづらそうに切り出してくる。


「お願い?」

「グラさんに、ダンジョンの討伐に加わって欲しいんす。あ、生きてるならショーンさんも加わって欲しいっすね」

「え……」


 正直、もうバスガルに足を踏み入れなくても事態の収拾は図れると思っていただけに、フェイヴのその提案には意表を突かれた。しかも、グラもだって? いや、無理だろ。ダンジョンコア自ら、敵対者のダンジョンに殴り込むなんて、危険すぎる。


「集まるメンバーが、基本前衛ばっかなんす。サリーさんっていう、属性術と転移術の使い手が来れるようなら後衛戦力は足りてるんすけど……」

「来られないんですか?」


 そいつを呼べば、わざわざ僕やグラがバスガルのダンジョンにもぐる必要はなくなる。一級冒険者パーティのメンバーなんだから、そっちを呼び出す方が手間がないだろうに、なんだってこっちにオファーしてくるんだよ。転移術なんていう、いかにも便利そうな【魔術】が使えるのに……。

 ちなみに、転移術というのは、極めればそれこそテレポートのような事ができるものの、一般的には空を飛んだり、別の場所にあるものを呼び寄せたりする術だと認識されている。とはいえ、凄腕の転移術師でも、自分を含めてもう一人分を連れて移動するのが限界で、名前から受ける印象程便利使いできるものでもない。

 それでも、空を飛べるってだけでも、移動においては破格の利便性を誇る術だ。それで呼べないとなると、そうとう遠方に住んでいるのか、手が離せない事情でもあるのか。


「サリーさんは、ウチにいるもう一人の一級冒険者なんすけど……」

「え……」


 なんだこいつら、もう一人一級冒険者を抱えてたのか? ギルドの情報を斜め読みしただけでも、一級冒険者という輩は、一人だろうと対処が困難そうな相手だ。それが、二人……。無制限にDPが使えても、倒せるかどうか……。


「サリーさんは貴族なんすよ。しかも、夫人や令嬢じゃなく、当主っす。サリー・エレ・チェルカトーレ女男爵っす」

「ああ……」


 なるほど。だから急な呼び出しに応じられるかわからない、と……。まぁ、本業があったら、別に儲かるわけでもない冒険者業なんて、基本後回しだよね。危険だし。僕だってそうだし。

 ただ、そうなると彼らのパーティの火力支援が不足してしまうわけだ。不足というか、完全に皆無らしい。


「それって、どの程度危険なんです?」

「ダンジョンの主を狙わないなら、セイブンとィエイトとシッケスがいれば、まぁ命の危険はたぶんないっすね。っていうか、セイブンがいれば基本大丈夫ってところはあるっす」


 フェイヴの言葉に、フォーンさんがため息を吐いてから首を振る。


「それは過小評価が過ぎる。シッケスだって、敵陣に切り込んで撹乱し、即座に戻ってくるのを繰り返し、前線を押し上げるのは得意だよ。たまに独断専行するけど。ィエイトは、どちらかといえばセイブンと同じく、前線を維持するのに長けた戦士だね。まぁ、バカだけど」

「そっすね。罠がなければ、そうとう長命な大規模ダンジョンでもない限り、まずモンスターにやられるようなヤツらじゃないっす。罠がなくても、きちんと指示しないとバカな事して死にかねねっすけど」

「頭を使う必要がないなら、まぁ役に立つよ。勘違いしちゃいけないのは、頭を使わせると、こっちの足を引っ張るような事をするから、頭は使わせない必要があるって事。ま、セイブンがいれば大丈夫でしょ」


 なんだろう……。褒めてるはずなんだけど、どちらもすごくディスってるようにしか聞こえない……。そして、会った事もないその二人と関わるのに、僕は強い拒否感を抱き始めている……。


「それで、どうっすかね?」

「うーん……」


 どうしよう……。

 ダンジョンを討伐する為には、後衛戦力が必要。だが、彼らの後衛はこれるかどうかわからない。僕らとしては、バスガルを討伐したい。

 うーむ……。

 できればグラを行かせたくはないが、バスガルとて放置は悪手。これが僕だけという話であればやぶさかではないのだが、グラもとなるとリスクが大きすぎる。

 さらにいえば、この会話はグラも聞いているので、隠しようもない。そして、なんだか知らないけど、いまのやる気になっているグラだと、下手したら本当にそっちに向かいかねない。

 要相談だな。


「そうですね。グラに話してみます。答えはまた明日という事で」

「オッケーっす。どのみち、シッケスやィエイトたちが集まるのには、早くても数日かかるっすから」

「そんじゃ、今日のところはあちしらはおいとまするかね。急な訪問で騒がせちまったみたいだし」

「そうですか? あ、帰りに依頼料を受け取ってってくださいね」


 一応は、僕の依頼は達成された。まぁ、護衛依頼という面から見ると失敗ではあるが、調査依頼としては十分な成果をあげた。さらにいえば、僕の目的からしても、十全にその役割を果たしたといえる。シルバーアクセが報酬なら、十分すぎる成果といえるだろう。


「いや――……いや、そうだね……。うん、もらってくよ……」


 最初になにかを言いかけたフォーンさんが、一瞬悩むような仕草を見せてから、哀愁の滲む笑みでそう言った。



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