第61話 嘘の露呈

 〈14〉


 ショーンさんの屋敷をでてしばらく、俺っちと師匠は帰路についていた。ショーンさんの生存を知った事で、俺っちの足取りはかなり軽いものになっている。

 だが、どうにも師匠の様子がおかしい。いや、それは屋敷をでる前からそうだった。やけに口数が少なく、ショーンさんとのやり取りは基本俺っちに投げていた。そして時折、悔しそうなんだか悲しそうなんだかよくわからない顔をする。


「それにしても、依代とは恐れ入ったっすね。前提条件が難しすぎて汎用性は低いっすけど、あれがあればショーンさん、ある意味不死身じゃないっすか」


 このまま黙々と歩き続けるのも気疲れするので、俺っちはそう切り出した。

 言っている事も本心である。乗り移って操作でき、あまつさえ魔力の理まで刻めるともなれば、運用の幅はかなり広い。ダンジョン探索にしても、ほとんど危険がなくなるのだ。学のない俺っちにも、ショーンさんの功績がどれだけ大きいのかは理解できる。


「……ショーン君以外には使えないって言ってたろ。それに、その依代を用意する為の材料だってきっとタダじゃない。そうそう量産はできないさ……」


 空を見上げながら、ボソボソと呟くようにそう言った師匠。らしくない。


「どうしたんすか、師匠? もしかして、ショーンさんが生きてた事で、慌ててギルドの幹部まで呼び付けたのを恥じてんすか? ショーンさんだって、悪気があったわけじゃないんすから。まぁ、ちょっとバツは悪いっすけどね」

「ったく、バカ弟子が……」


 心底呆れたとでも言わんばかりの表情で見上げられ、俺っちの背筋が伸びる。こういうときの説教は、やべえくらい長くなると、経験で知っている。


「ギルドの幹部連を呼び出したのも、【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーを招集したのも、間違いだとは思っちゃいないよ。あのダンジョンは、絶対に中規模ダンジョンだ。たぶん、バスガルって見立ても合ってる。小規模ダンジョンだと思って対処してたら、間違いなく大惨事になっていたはずさ」

「そうっすね」


 ギルドに対して行った報告に、私情など混じってはいない。だからショーンさんが生存していたところで、訂正する必要もない。ただまぁ、ショーンさんの屋敷を訪ねるまでにあった、なにがなんでもダンジョンの主を討伐してやろうといった意気込みが、完全に抜けてしまったのも事実だ。

 まぁ、喜ばしい事ではあるので、俺っちたちがちょっと気まずい思いをする程度ですむなら、それでいいだろう。なにより、今回の探索で得られた情報は、のちのちの危機を未然に防いだという意味では、大金星といえる。


「じゃあ、なんだってそんな不機嫌そうなんすか? ショーンさんが生きていた以上、もうこっちにとっちゃ、益しかなかったっしょ?」

「はぁ……。羨ましいよ……」


 そう言って師匠は、星が瞬き始めた夜空を仰ぐ。どういう意味だ?


「……フェイヴ、約束しな」

「うっす」


 天を仰いだままの師匠が、真剣な声音でそう言ってきた。こういうとき、弟子に拒否権などない。俺っちも神妙な面持ちで頷いた。


「今後、ショーン君と顔を合わせても、絶対にこれまで通りに接しろ。細心の注意を払って、態度を変えるな。いいかい、これは師匠命令だよ?」

「は、はぁ……。わかったっす……」


 要領を得ない師匠の命令を、首を傾げつつも俺っちは了承した。相変わらず、師匠は夜空を見上げたままだ。


「あちしはもう、あの屋敷には行かないからね……」

「なんでっすか?」

「痛々しくて、見てらんないんだよ……」


 さっきから、師匠がなにを言ってんのか、本気でわからない。なにより、【鉄幻爪】シリーズの大ファンたる師匠が、ショーンさんたちと距離をおく理由に、まったく見当が付かない。


「痛々しい?」

「…………」


 師匠はようやくその顔を空から戻し、地面を見つめてから、俺っちの顔を見て、もう一度空を見る。なにかを伝える事を、躊躇している?


「顔がね……、違うんだよ……」

「顔?」


 やがてポツリとこぼした声を拾った俺っちが聞き返すも、師匠はなおも言い淀む。その代わり、正面から俺っちを見つめ、なにかを考えているようだ。ややあって、決心したように師匠は口を開いた。



「さっき、あちしらの前にいたのは、ショーン君じゃない。グラちゃんだよ」



 始め、師匠がなにを言ったのか、わからなかった。それはそうだろう。俺っちたちの前にいたのは、気さくだが、その内奥を読ませない、ショーンさんらしいショーンさんだった。

 対して、グラさんといえば、何人をも寄せ付けないような刺々しさと、冷え冷えとした眼差しが強く印象に残っている。

 たしかに、外見は俺っちには見分けが付かない程そっくりではあったが、男女の性差は勿論、その性格や態度、声音だって違った。見間違えようはずがない。


 だが、そういえばと思い出す。


 初対面のとき、師匠はショーンさんとグラさんの外見に、微妙な違いがあると言っていた。だとすると、本当に……?


「な、なんで、そんな嘘を……?」

「さあね……。もしかしたら、依代なんてものがすべて嘘って事もあるし、あったとしてもノーリスクじゃないって可能性もある。そうなると……」


 ショーンさんは、無事ではない……?


「なんでそれをあの場で言わなかったんすか?」

「嘘を暴いてなんになるってんだい? それでもし、ショーン君が本当は死んでいて、グラちゃんが現実逃避として弟を演じていたんだとしたら、彼女をいま以上に追い詰めるだけさ……」

「あ……」


 そう言われて、ズンと胸に重いものがのしかかった。もしかしたら、ショーンさんはやっぱり死んでいるのかも知れない。そう思うと、軽くなっていた足取りまでも重くなる。

 この気持ちを、何倍にも濃くした絶望が、グラさんの心にのしかかったのだとしたら、たしかにそのような行動にでてもおかしくはない。さっきまでの俺っちの気持ちが、多少軽くなっていたのと同じように、弟の生存を心から信じる事で、つまりは現実逃避をする事で、心を守ろうとしたのだ。

 師匠が口を噤んだのも、当然の振る舞いだろう。それはもう、彼女の精神が崖っぷちを一歩飛び越えている証なのだ。それでもなお、なんとか奈落へ落ちない為に羽ばたく為の翼が、ショーンさんは生きているという演技。それが仮初めの翼であろうと、もはや彼女には羽ばたく以外の選択肢はない。

 その翼が幻影だと告げる真似は、死ねと直接言うに等しい無慈悲な行いとなる。言えるわけがない。


「まぁ、あちしも驚いたし、もしかしたら本当に、試作品の依代とやらがあって、ショーン君はいまも療養中って可能性はあるよ。だったら、そう言えばいいとも思うけど、なにかあちしらに隠しておきたい事情があったのかも知れないしね」

「で、でも、姿はともかく、仕草や話し口は、間違いなくショーンさんだったっすよ? グラさんはもっとこう、人と接し慣れてない感じだったじゃないっすか? そんなの、真似しようとして真似できるもんなんすか?」

「あちしらなんかよりも、ずっと長く、ずっと近くでショーン君を見続けてきたグラちゃんなら、あそこまで完璧な真似ができても、おかしくはないだろうさ。ま、あちしもそっくりすぎて、ちょっと驚いたけど」


 そう言われてしまうと、もう反論が浮かんでこない。師匠だけが見分けられるあの双子の違いを、俺っちは見分けられないのだから。


「約束したね? 次、ショーン君に会っても、絶対に態度を変えんじゃないよ? それがショーン君じゃないとしても、ね」

「ちょ、それはちょっとズルくないっすか!?」


 そんな事を言われて、いままで通りにショーンさんの顔を見られるとは思えない。早々に、あの屋敷に近付かないと宣言した師匠に、俺っちは苦情を述べる。そのやり口は、フェアじゃない。


「うっさい。弟子は事後承諾でも、師匠との約束を破るべからず! 師弟三原則だよ」

「なん原則ある三原則っすか!」


 少しだけ軽くなり、さりとてさっきよりは重く、それでも最初程は重くない足取りで、俺っちたちは夜のアルタンを歩いていく。

 真実は望洋と夜陰に紛れ、その全容を窺い知る事はできない。もしもそれを知ろうと思うなら、自分もその闇に浸らなければならない。

 今日のところは、そこまで深入りする必要はないだろうと、逃げ口上を並べ、師匠と軽口を言い合いながら足を動かす。


 まるで、なにかから逃げ出すように、俺っちたちは帰路につく。



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