第25話 忍法・道連れの術

「そうだ。下水道の件、ありがとうございました。よもや、あそこまで徹底的に駆除してくるとは思っていませんでしたよ」


 そう言って苦笑するセイブンさん。そういえば、セイブンさんに頼まれて下水道の間引きをしたっけ。まぁ、間引きというには根こそぎ狩った気はするが、その後のダゴベルダ氏や、この問題児二人の登場で、すっかり忘れていた。

 そもそも、どちらかといえばグラの初陣っていう意味合いが強かったし、それもまったく滞りなく終わったしで、完全に終わったものとして忘れていた。


「いえいえ。お役には立てましたか?」

「ええ、勿論。モンスターを減らす事は、ダンジョンの力を削ぐ事ですからね」

「なら良かった。下級冒険者の食い扶持をなくしてしまったかと、あとになって気付いたもので……」


 下水道のモンスターを根こそぎ倒してしまったせいで、それを狩って生計を立てていた下級冒険者や浮浪者たちの恨みを買うのはごめんだ。

 ただし、それもいまはダンジョンへの入場制限があるので、問題にはならないだろう。問題があるとすれば、中級冒険者の方だ。

 だが中級ともなれば、ネズミ系なんかの質の悪い魔石なんかで食い扶持を稼いでいる者はほとんどおらず、大抵はギルドや領主なんかからの依頼を請けてダンジョンのモンスターの間引きを行なっているはずだ。

 そういった連中は、もしも下水道からモンスターが消えたとしても、次はバスガルの方で仕事があるだろうから、こちらが恨まれる事はない。……と思いたい。

 僕の懸念に、セイブンさんは苦笑する。


「大丈夫ですよ。今後はギルドの依頼として、下水道には下級冒険者を、一定時間、一定数送りこみ、環境の保全を試みます。冒険者資格のない者は、いままで通り侵入制限をさせていただきますが、いま仕事にあぶれ気味な下級冒険者たちも、ある程度はこれで収まるでしょう」


 下水道の探索ができなくなったせいで、そこのモンスターを駆除する依頼で生計を立てていた連中は、今回の件で困窮しているらしい。とはいっても、普通はそれだけでは食っていけないので、他にも稼ぐ手段は持っているようだ。だがまぁ、食っていけないからこそ仕事を掛け持ちしているわけで、そんな下級冒険者たちはいま、一連の騒動で下水道に入れず、かなりひもじい思いをしているそうだ。

 そんな彼らに、ギルドから下水道の環境保全依頼がでれば、食うに困って犯罪に手を染める輩が現れる可能性を、ぐっと下げられるというわけだ。まぁ、その勘定に、下水道で生計を立てていた浮浪者たちが入っていないのは、彼らが冒険者資格を有していないからだろう。

 まぁ、それは仕方がない。その人材は僕の方で使う予定もあるので、手をつけないでくれるのは、逆にありがたくもある。少し計画を前倒した方がいいかも知れない。このあとウル・ロッドと会う必要が強まったな。

 

「これまで下水道に送っていた中級冒険者パーティは、バスガルと目されるダンジョンに投入されるんですか?」

「そうなります。彼らの主な目的は、探索よりもダンジョンのモンスターの間引きです。無理をせず、着実にダンジョンの力を削ぎ落とし、絶対に死なない事が仕事ですね」


 穏やかににこりと笑うセイブンさん。きっと、人間としては頼もしい笑顔に見えるのだろうが、ダンジョン側からすれば恐怖でしかない。人間の、こういう周到なやり口が、いまは怖くて怖くて仕方がない。

 絶対に死なないよう、ダンジョンのリソースを削ぐ事を優先する。それをやられるのが、ダンジョンにとっては一番厄介なのだ。冒険者なんだから、もっと危険を冒せと言いたい。


「僕らはある程度間引きがすんでから、ダンジョンの主を探して探索ですか?」

「そうなります。ただ、なにぶん未踏破のダンジョンですからね。そこからは手探りとなるでしょう……」

「どれくらいかかるんです?」

「さて……、運が良ければ一週間以内、悪ければ数ヶ月といったところでしょうか」


 結構かかるな。とはいえ、中規模ダンジョンの踏破ともなれば、そういうものなのだろう。だが、もしもダンジョンの探索に一週間も二週間もかかるとなると、それはそれで問題だ。僕とグラが、揃って本拠のダンジョンを長期間空けるのは、望ましくない。侵略戦争の真っ最中であるいまは、特に。

 かといって、日帰りで地上に戻らせてくれなどと、頼めるものではない。いや、流石に何ヶ月も地上に戻らず、ダンジョン内を探索するとは思わないが……。


「まぁ、あそこが大規模ダンジョンにまで拡張されれば、攻略に必要な期間は年単位にまで増えると思いますがね」


 疲れたように軽口を吐きつつ、肩をすくめるセイブンさん。きっと冗談のつもりなのだろう。だが、僕としてはちっとも笑えない。

 下水道に繋がっているバスガルのダンジョンは、少しずつ拡張されているらしい。それは本当に少しずつで、住人たちもあまり気付く者はいないくらいだ。まるで、周囲に影響を与えないよう細心の注意を払っているかのようだ。そう、少し前の僕らのように。

 正直、この全然ダンジョンらしくない動きが、僕は気になってしょうがない。だが、そこにある意図が読めない。

 セイブンさんが言うように、大規模ダンジョンに拡張する為?

――……まぁ、ないな。大規模ダンジョンというのは、人間が手を付けられなくなるくらい、広く、深くなったダンジョンの事だ。

 浅層を拡張するのが無意味だとは言わないが、単に一層が広がっただけでは、大規模ダンジョンには至れない。それは、バスガル一層がこのアルタンの町を丸ごと呑み込むような広さになろうとも、だ。

 というかたぶん、バスガルのダンジョンの広さは、シタタン方面にある本拠地も含めれば、かなり広大なものになっているはずだ。単純な面積だけなら、彼の一層ダンジョンに次ぐかも知れない。

 だが、いまの状態では普通の中規模ダンジョンに、小規模ダンジョンが付随しただけだ。攻略そのものは、中規模だった頃比べて難しくなったという事もないだろう。

 むしろ、無駄に戦線を広げたせいで、人間としては攻略しやすくなったといえる部分もある。

 大規模ダンジョンと呼ぶには、あまりにもお粗末な形だ。人が手を付けられなくなった大規模ダンジョンというのは、人海戦術で攻略しようと思えば、一国の国民の半数を注ぎ込まなければならなくなったような、群の力ではどうにもならなくなったものをそう呼ぶのだ。


「バスガルと思しきあのダンジョンが、大規模ダンジョンに成長する可能性を危惧しておいでですか?」


 押し黙った僕に、セイブンさんがそう問いかけてきた。きっと、心配のしすぎだと思っているのだろう。だが、彼は知らない。バスガルのダンジョンが、どれだけ切羽詰まっているのか。

 人間の攻略が上手くいっているからこそ、バスガルにはあとがないのだ。つまり、なにをするのかわからない怖さがある。


「……ええ、まぁ……」


 とはいえ、そんな事をセイブンさんに言えるはずもなく、僕は言葉を濁しつつ頷いた。そこで僕は、僕の代わりに答えを見付けてくれそうな賢人の存在を思い出す。


「そういえば、いまこの町を、ケブ・ダゴベルダ氏が訪れている事は知っていますか?」



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