第125話 過剰物量戦術

 ●○●


「クソッ! サディ! 水薬ポーションを使うぞ!?」

「わかった!」


 パトロクロスが、物陰に隠れていた【骨人スケルトン】の剣で斬り付けられ、腕に傷を負う。普段なら、ウチの斥候はこんな見逃しはしないのだが、いまは警戒しなければならない敵が廊下一杯に溢れているうえ、斥候の片割れたるトゥレドがいなくなってしまったのだ。マグも手が足りないのだろう。

 幸い、それ程深傷ではないらしいが、この状況で前線を支えるパトロクロスの怪我を放置するのは悪手に過ぎる。

 パトロクロスは一旦退がらせ、回復に努めてもらう。前線はアタシとバルモロの死霊で保つ。シドがいれば、いざってときまで水薬を温存できたんだが、繰り言か……。


「【骨盾士スケルトンヴァンガード】!」


 バルモロが唱えると、盾を持った骨の戦士が敵へと突っ込み、その戦線を押し上げる。その奥では【大骨獣ヒュージビーストスケルトン】が縦横無尽に暴れ回り、偽ゾンビの数を減らし続けていたが、いくら質のいい魔石であろうと、そろそろ魔力が枯渇するはずだ。その前に、群がられた偽ゾンビどもに削り倒される可能性もある。

 そうなれば、なんとかギリギリ保っている前線も崩壊しかねない。


「バルモロ、多少無理してでも突破を試みるべきだと思わないかい?」

「……そうだな。二分くれ」

「パトロクロスが戻ってきてからな。流石にアタシ一人で前線を維持するのは無理だ」

「それもそうか。頼む……」


 バルモロと相談し、パトロクロスが戻ってきた段階で乾坤一擲の大勝負に出る事にした。そうでなければ、アタシたちはここで数の暴力に呑まれて死ぬ。アタシの判断に、副リーダーであるバルモロも同意した。つまり、彼もまたそれを懸念していたのだろう。

 襲い掛かってきた偽ゾンビの手に、剣があった。アタシはそれを自分の剣で防ぎ、斬り捨てる。その剣は、先の探索でもあった、それなりに装飾の施されているものだった。だが、いまは悠長に装飾を取り外している余裕はない。


「三、四体に一体くらいの割合で、武器持ちがいるな……」

「アタシらが装飾を取り外したあとの、剥き出しの刃を素手で持ってるような【骨人スケルトン】もいるよ。ったく、面倒だね」


骨人スケルトン】に技能的な戦闘はできない。そういうのは【骨戦士スケルトンウォーリアー】や、いまも前線で戦っている【骨盾士スケルトンヴァンガード】なんかの領分だ。しかもそれも、予め定められた動きを状況によって使い分ける程度の事しかできない。戦士からすれば、敵にするなら容易いとすらいえる稚拙さだ。

 それ以下の【骨人スケルトン】が剣を振ろうと、そんなものは枝を振り回す子供と同等の危険度しかない。とはいえ、油断をしていいわけでもない。現に、パトロクロスはそいつに怪我をさせられたのだ。


「クソ……ッ。人数さえいれば……」


 ウチは大人数だからこそいつも金欠だったが、だからこそ手が足りなくて困るという事はあまりなかった。なにより、全員がいればなんでもできるというのが、アタシら【長腕のルーサウィルダーナハ】の信条だったのだ。

 だが、いまアタシは常にない人手不足という状況に、二重の意味で頭を痛めていた。その片方である仲間を失った悔恨すらも、頭の隅に追いやらなければ現状に対処できないという事実に、歯がゆい思いがいつまでも胸に蟠る。

 現状、最大の懸念はトゥレドが罹った、あの病のようななんらかの幻術である。なにがヤバいって、それが幻術であるというのも、確証のないところだ。

 あれから、アタシらは度々強心術を自分たちに使って、幻術に対抗できるよう心掛けているが、それで正しいのかすらわからない。こんなとき、シドがいれば……。

 しかも、未知の幻術を恐れ、その対処に生命力を使う事で、アタシらの消耗は加速度的に増している。このままでは、現状維持もままならないのだ。いずれは、決壊するように、あの偽ゾンビどもに呑まれるしかない。

 だからこそ、一縷の望みにかけて全霊をかけた攻撃を仕掛けるのだ。


 ●○●


 最後の侵入者たちが、幻術でハリボテされたゾンビたちに群がられ、四苦八苦しているのを眺めつつ、僕は既に命運が尽きつつある彼らの、生存の道について考える。とはいえ、それは別に彼らに生き残って欲しいわけではない。いくら彼らを食らう事に忌避感を抱いていようと、それはグラに対する裏切りでしかない。

 むしろ逆だ。この状況にどう対処すれば、侵入者が逃げてしまうのかという、ダンジョンから獲物を逃がさない為の考察だ。


「どう思う?」

「既に脱出は不可能ではないかと」


 僕の問いに、淡々とグラが返す。それに対し、僕も頷く。僕だって、ここまで条件を満たしてしまった【失魂落魄の執務室オフィスオブザデッド】から、尋常の手段で逃げ果せるなど、不可能だと思っている。

失魂落魄の執務室オフィスオブザデッド】の対処において、最適の行動は【月の封印シールオブルーナ】を解除したのち、脇目も振らずこのエリアの脱出を試みる事だ。

 それでも出入り口付近では激戦が予想されるが、廊下や各部屋を偽ゾンビたちが埋め尽くしたあとでは、いかに腕に覚えのある冒険者であろうと、その物量に二進も三進もいかなくなる。勿論、属性術や他の手段で一度に大量に倒せる者もいるだろうが、そんな高火力殲滅能力がいつまでも続くはずはない。

 それで次の四階層に向かうなら、消耗した体力や魔力、おまけに精神力で、あのオニイソメちゃんに奇襲をかけられるわけだ。【不通の廊下コリドーオブスタンダード】に戻るなら、まぁ、取り逃がす事はあるだろうが、それはそれで問題はない。

 ここまでは一応、魔術師の工房としての体裁は保てているのだから、外部に情報が洩れても、それで僕らの工房がダンジョンだという点には誤魔化しが利く。


「ラベージさんやチッチさん、以前の探索でもフェイヴやフォーンさんは、慎重すぎるくらいに慎重に探索を勧めた。冒険者たちにとっての探索とは、拙速よりも巧遅を優先するきらいがあるらしい」

「常であれば、それが最善でしょう。拙速に探索を進める、それこそエルナトのような輩ばかりであれば、罠で討ち取るのはそこまで難しくありません」

「そうだね」


 とはいえ、その拙速さであの最短ルートを見付けてしまったのだ。やはり、あのショートカットにはなんらかの対策が必要になってくるだろう。例えば、あの【頼りない空中回廊ターゲッティングエアコリドー】に、飛行可能なモンスターのようなゴーレムを多数配置する、とかだろうか。

 いやまぁ、いまはあのショトカの改善についてはいいか。


「話を戻そう。堅実な冒険者になればなる程、危険を冒したがらないのは自明だ」

「その通りですね。だからこそ、その慎重さが【失魂落魄の執務室オフィスオブザデッド】においては致命的な失策につながります」

「そうだね。彼らは最初の異変に対し、慎重に対処しすぎて、貴重な時間を浪費してしまった」


 この【失魂落魄の執務室オフィスオブザデッド】では、三階層いっぱいに偽ゾンビが蔓延るまで、一連のシステムが止まる事はない。最終的には、冒険者がどれだけ頑張ったところで、空間を埋め尽くすように増え続ける【骨人スケルトン】に呑まれるか、仲間同士で殺し合うしかないのだ

 時間をかければかける程に、それは手遅れとなっていく。その過剰すぎる程の物量戦術によって、冒険者は少数のパーティでそれこそ軍隊のような数の敵を相手にしなければならなくなるのだ。


「おまけに領域内の明暗の差を濃くする、【暗闇に佇む者ブギーマン】によって奇襲が容易くなる」

「【死の咆哮コールオブザデッド】で呼び出された【骨人スケルトン】をその陰に潜ませれば、楽に埋伏の毒を敵中に放てるわけですね」


 グラの言葉に、僕はこくりと頷く事で応えてから続ける。


「物量は正義だし、ダンジョンの基本戦術も物量線だけれど、流石にここまでの物量はなかなか策に組み込めないよねぇ……」

「いくら死霊術がエネルギ運用効率の面でだけは有効といっても、これだけの【骨人スケルトン】を常に抱え続けていたら、維持費だけでとんでもないDPが浪費されます。その点、侵入者に己で発動させるというのは、なかなかに面白い対処法でした」


 あの【骨人スケルトン】たちは、いずれ魔石の魔力を食い潰して消えていく。モンスターとして受肉する事もない。であれば、三階層の後片付けにこれ以上手間を取られるという事もない。消費するDPも、死霊術で作った【骨人スケルトン】だけであれば、かなり安上がりですむ。

 ダンジョンの維持管理という面で、あの【失魂落魄の執務室オフィスオブザデッド】はかなり楽なエリアなのだ。特に、すべての罠のコンセプトが統一されている為に、本来は侵入者の動向すら確認する必要がないのがいい。


「今回は初稼働という事もあって、僕らが付きっきりで運用したけれど、特に問題がなければ次回以降はほとんどシステム任せにしていいと思うよ」

「たしかに、ほとんど手がかかりませんでしたね。これなら、この【失魂落魄の執務室オフィスオブザデッド】に侵入者があっても、他のエリアを優先できます」

「まだまだ【不通の廊下コリドーオブスタンダード】のゴーレムたちは、僕らが操作しないと不安だしね」

「それもいずれは、ゴーレムたちの行動プログラムを定めて、全自動化してみせます」

「うん、よろしく」


 グラの決意に、僕は笑いかけつつ頷いた。属性術のフレッシュゴーレム、元実験体たちはグラの管轄だ。そちらに僕が口出しする事はない。まぁ、希望は出すだろうけど……。

 フレッシュゴーレムたちにもなんらかの名前を付けないと、それぞれ製造番号で呼ばねばならず、管理が面倒なんだよねぇ。ただ、その名前がいまいち思い付かない……。とはいえ、この機会に考えておこうか……。 

 そこまで考えたところで、侵入者たちの内戦鎚の男が仲間に噛み付いた。どうやら、あの奇襲できちんと【尸刑】にかかっていたらしい。一応、あれも幻術なので生命力の理で抵抗レジストは可能なのだが、生命力の消費を嫌ったのか単に忘れたのか、彼らの戦線は完全に崩壊した。


 さぁ、ここからは気の重い、食事タイムだ……。



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