第126話 後始末・1
〈12〉
サイタンから領主を連れて戻ってきたアルタンは、一言でいえば酷い有り様だった。
町のあちこちを衛兵が駆け回り、空き家や廃墟、そしてスラムなんかを隈なく調べては、時折胡乱な輩と捕り物を演じる。つまり、非常に治安が悪化してしまっていた。
そのせいで大方の店は開いておらず、アルタンはその宿場町としての役割を、半分以上果たせていない状態にあった。本来、パティパティアの峠道に挑む、もしくはあの険しい峠道を抜けてきた商人たちは、このアルタンで足を休めたいはずだ。だが、そんな商人たちが、門の外で野営をしているのが、事態の深刻さを物語っている。
まるで戦時のような様相であり、状況悪化の原因でもある代官や騎士が、率先して事態の打開を図っている。率先して陣頭に立って、兵や役人らを叱咤していたが、町のあちこちに入り込んだ不穏分子を一人残らず引っ捕えるには至らず、本来のアルタンの町からはかけ離れた光景を露呈していた。
「シッケス。どういう事だと思う?」
私は、隣で所在なさげにしている仲間の所感を問う。
「どうもなにも、ショーン君たちに蹴散らされた連中が盗賊化して、町中に潜伏したんでしょ。戦とかで良くある流れじゃん。違うとすれば、戦場が町中だった事くらい? 普通なら勝者を恐れて逃げてくところだけど、ショーン君たちはあまり外にでないいし、こーなんのもわからんでもないし」
シッケスはつまらなそうにそう答えた。おそらくは、その考えは正しい。私も、概ね同意するところだ。だが、気になる点がないでもない。
「件の【扇動者】たちは、この機に動かなかったと?」
「さぁ? そっちはショーン君たちに殺られたって線もあるし、目的達成が困難だと判断してとっくに町を出てったかじゃない? ガンダして損したね。こんなんだったら、もう少しゆっくり戻ってきても良かったわ」
「ふむ……」
道理は通る。だが、【扇動者】の目的はこのアルタンの町の混乱だったはずだ。それも、短期的な混乱ではなく、領主とハリュー姉弟とを仲違いさせ、争わせるというもの。
この混乱はたしかに酷いものではあるが、どんなに長く見ても一週間もあれば鎮圧されているだろう。騒動を短期間で終息されると困る【扇動者】たちならば、これを機に事態の悪化を企みそうなものだが……。
「この——大馬鹿者共がッ!!」
どうにもわからない【扇動者】たちの動向に思いを馳せていた私の耳に、ゲラッシ伯の怒号が届いた。そちらを見れば、代官と騎士の二人が叱責されている光景が見えた。
まぁ、頭ごなしに彼らが悪いとまでは断じれないものの、状況がここまで悪化した原因の一端は、間違いなく彼らの怠慢だ。場合によっては、その職を辞して責任を取らねばなるまい。それもまた致し方ない事だろう。責任者は、責任を取るのも仕事の内だ。
私は、領主であるゲラッシ伯が往来のど真ん中で彼らを叱責する姿を見せ、その責が誰の目にも明らかな状況を瞥見すると、そこから意識を逸らしつつシッケスに問う。私もまた、事態の収拾に努めねばなるまい。
「できれば、事の経緯と現状を聞ける相手に話を聞きたい。代官たちでは、一方的なものの見方しかできまい」
「攻められた側であるショーン君たちでも、それはそうかな。だとすれば、ギルドしかないんじゃない?」
「まぁ、そうなるか。早めにグランジとの面会を打診しよう」
おそらくはゲラッシ伯も、グランジから話を聞きたがるだろうし、伯の名で召喚すれば話は早いはずだ。
「シッケス、ギルドまで一走りしてくれ」
「あいよー。こっちとしては、さっさとショーン君ち帰りたいんだけどねぇ……」
「帰るって……」
コイツはわかっているのだろうか……? 我々がハリュー邸にこいつとィエイトの二人をおいているのは、勿論二人の素行を改めるという理由もあるが、一番は今回のような事態が起こらないよう、火種潰しの為だという事を。そして、万一火種が燃え上がり、大火になりつつあれば、即座に矢面に立って、事態の収拾を図らせる為だ。
まぁ、とはいえ、今回の一件は流石に二人の手に余る事態だったのも否めない。ハリュー姉弟が起点の事件とはいえ、事の起こりや事態の推移には、ハリュー姉弟やその使用人扱いの二人には、どうしようもなかった。また、住人に被害が拡大しないよう配慮するという縛りもあった。
結果、ここまで事態は悪化してしまったわけだ……。
はぁ……。まったく、ハリュー姉弟が悪いとは思っていないが、彼ら二人のトラブル体質には、ほとほと手を焼かされる……。間諜が彼らを利用しようと目論むのも、然もありなんだろう。
彼らの誤算は、それが柄まで刃でできている諸刃の剣だったという点だ。安易に利用しようと思ったのなら、その手はもうズタズタだろう。もし彼らが生きているのなら、嫌という程思い知ったはずだ。
まぁ、生きていればだが……。
●○●
思った通り、まるで待っていたかのようにとんとん拍子でギルド
実際、待っていたのだろうな。ギルド側もいろいろと制限された権限のままでは身動きが取れなかったはずだ。なにせ、ギルドでは今回の一件に加担した冒険者たちに、正式に罰を下す事すらできないのだから。
ギルドの応接室に通され、案内されたソファにゲラッシ伯がつく。その正面で膝礼の姿勢で頭を垂れるグランジが、時候の挨拶や諸々の口上を述べようとしたところで、ゲラッシ伯はそれを制止した。
「現状は既に喫緊である。格式なんぞを重んじ、謹厚にに振舞っていられる程の余裕もない。ギルド支部長の気遣いはありがたいが、早速に話を進めてくれ」
ゲラッシ伯の言葉に、グランジは「は」と短く返し、いわれた通りに席につく。それだけ、現状は由々しき事態なのだろう。実際、アルタンの町が機能しないと、このゲラッシ伯爵領全体の税収は激減するのだから、さもありなんである。
アルタンの町単体がそれ程の要所という訳ではないが、ゲラッシ伯爵領における最大の産業はやはり、スパイス街道の交易に他ならない。その途上にあり、峠道の近くにあるアルタンの町で問題が起これば、それは当然スパイス街道全体の交易に支障を来す。このまま放置など、領主の立場ではできるはずもない。
「して? 結局のところ、状況はどうなったのだ? できれば、話の枕から説明してくれんか?」
「は。ではまず、この町で暗躍していた【扇動者】の存在と、その目的についてから……」
ゲラッシ伯の言葉に、グランジは慇懃に傅いた。
それから聞いたグランジの話の内容は、事前にショーンさんから聞いていた内容と、ほぼ遜色のないものだった。多少あった差異は、グランジは誰よりも早く事態に気付いていた為に、かなり以前から集めていた情報の分だった。
「――そして、我々の想定以上に早く、事態は動きました」
「うむ。ワシが聞いた話では、どうやら件の【扇動者】とやらに、ワシと姉弟に交流があると知れたせいだとか。まぁ、【扇動者】側からすれば、作戦の根底が覆りかねぬ事情であろうからな」
「はい。そして、連中はまず欲に駆られた冒険者派を煽り、露払い代わりに彼らを姉弟の工房に送りました」
「ハリュー姉弟の地下工房か……」
そこでゲラッシ伯は、なんとも形容し難い表情で呟いた。それはなんというか、期せずして食べられる岩でも食んでしまったかのような顔であり、伯が姉弟の工房に対して複雑な思いを抱いている事を表していた。
まぁたしかに、自領の町内に、あんな工房があるとすれば、思う所がないではないだろう。支配者側からすれば、冒険者ギルドの戦力にすら神経質にならざるを得ないというのに、さらに得体の知れない姉弟が、軍を相手取れそうな施設を保持していると知れたのだからな。
「予め申しあげておきます。その地下工房に向かった四級冒険者一名を含む八十余名の内、生存者はハリュー姉弟が本に捕えた五名のみで、残りは全員落命したそうです」
「ふむ……。上級冒険者すらも、相手にはならぬか……」
ゲラッシ伯からしても、自領内にある施設に手を出せないという現状は看過し難いものがあるのだろうが、然りとて手を出して火傷をするのはさらに良くないと思っているのだろう。まして、その工房を暴く為に冒険者の力を借りようにも、姉弟の工房は上級冒険者パーティですら手を焼く代物だと判明したのだ。今回の冒険者たちの二の舞を演じれば、領主としての権威の失墜につながりかねない。そうなれば、領民の統制にすら支障を来すようになるだろう。
今回の一件とて、伯の威光を翳らすには十分な大事件である。ゲラッシ伯はこれ以上、下手を打つわけにはいかない。彼はこの地に封じられて、まだまだ浅いのだ。その地盤は必ずしも、盤石とは言い難い。
「うむ。冒険者に関してはわかった。して、住人に対する被害は?」
「は。第二陣となった群衆の内、死者は七〇〇名程、今後予断を許さない負傷者が約三〇〇~四〇〇程度です。軽症者に至っては、我々では把握できていません。動ける程度の負傷者は、町内に散ってしまっており、衛兵たちも血眼になって捜索している最中でしょう」
「うむ。しかし、およそ一〇〇〇か……」
あまりに大きい被害に、ゲラッシ伯の声には暗澹たる色が浮かんでいた。私もその数字に、忸怩たるものを覚える。流石に被害が大きすぎる。
ゲラッシ伯爵領の総兵力を考えれば、住民から一〇〇〇名もの死者が生まれては、今後なにかあった際にも、アルタンから徴せる人員には限界がある。だがその分を他から徴しようとすれば、他の町や村々からは不満が出るだろう。そもそもにして、表向きにはアルタンの町の住人が起こした騒動なのだ。その尻拭いを、他の町がやらされるのでは納得はできまい。
だがグランジは、そんな私たち二人の表情からなにかを察し、訂正を加えた。
「あ、いえ。実はこの死傷者の中に、本来のアルタンの住民は、ほとんどいません。いたとしても一〇〇名以下でしょう」
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