第76話 姉弟喧嘩

 ●○●


 竜の左腕が振るわれる。大振りなその攻撃を躱すのは、それ程難しくはない。しかし、躱した途端に無数の腕が私を押さえ込もうと迫ってくる。

 この腕に対処するのは悪手である。どうせ、処理能力が追い付かないのだから、選択肢は逃げるか、懐に入り込んで本体を攻撃するかだ。


「――っ!」


 私の選択は前者。懐に入り込もうとしても、羽や獣の前肢等、あの形態のショーンは攻撃手段が豊富だ。むしろ、腕に退路を塞がれて、進退窮まる惧れがある。


「いいですね。その調子です」


 無数の腕を避けたところを、影の飛膜が一薙ぎにする。それをバック宙で回避しながら、私はショーンに笑いかける。

 我が弟ながら、ショーンはその内心を覚らせぬ術に長けている。だからこそ、私は彼に対する理解を疎かにしてしまい、いまは毎夜彼の前世についての話を聞いている。だが、それではまだまだ足りなかったのだと、いまは実感している。

 着地すると、今度はショーンの左側へと回り込みながら接近を試みる。無数の腕が右側にある以上、竜の左腕側があの攻撃の死角といえる。まぁ、完全なる死角というわけではなく、多少弾幕の薄い場所といった程度だが。


「――ァ――ッ!!」


 超音波のような異音が響き渡る。依代の肉体が勝手に怯み、動きが阻害されてしまった事で、それが咆哮ハウルであると気付く。


「――素晴らしい!」


 私は幻術の理を刻みつつ、笑みを湛えて絶賛する。なぜなら咆哮ハウルは、我々のダンジョンで生み出したモンスターには、いまだに持たせていなかった【魔法】だからだ。恐らくは、ショーン自身が何度かその身で受け、一度は依代を破壊される程のダメージを受けた攻撃だからこそ、再現できたのだろう。

 いやしかし、ぶっつけ本番でそれを可能とする我が弟の有能さは、特筆に値するだろう。

 すぐに【勇気イェネオス】で体の自由を取り戻したものの、そのせいで行動が遅れてしまう。先の回避で得た時間的な余裕は、これで使い切ってしまった。

 ショーンはより素早く動く為に、地に降りて接近している。またも、無数の腕が迫る。やはり、一度近付かれてしまうと対処が難しい。いっそ、完全に距離を取って【魔術】による遠距離攻撃を主体で攻めてみようか――いや、ダメだ。

 相手がただの敵ならばその選択肢もあるだろうが、この場合ショーンに怪我を負わせてしまう。この私が、そんな真似をするはずがない。


「我々は、双子の姉弟でありながら、そのルーツが違います。私は生まれながらに、生粋のダンジョンコア。あなたは元人間」


 姉弟と呼ぶには、あまりにも異質な間柄だろう。私はダンジョンコアとしての生き方にも、在り方にも迷いなどない。だが、元人間でありながらダンジョンコアとして生きねばならないショーンの苦悩は、生まれたままに生きればいいだけの私には計り知れない。

 ショーンの前世について知り、人間に対する理解を深めるのは、たしかに我々の間に横たわっていた、異種族としての理解の溝を埋める意味では役に立ってくれる。だがしかし、それは厳密にいえばを理解する為の作業であり、必ずしもを理解する事とイコールではない。


「ですが、だからこそ、私はいまのあなたを見て、知らなければなりませんでした。ショーン・ハリューは人間ではない。ショーン・ハリューは化け物として生まれた。ならば、人間を理解するだけでは足りなかったのです」

「ち、違う……!」


 常の耳心地のいいショーンが、まるで割れたパイプでも通しているかのように聞き苦しいものになっている。だがそれでも、この状態で対話をしてくれるのは嬉しい。


「僕は……、僕を……――僕なんかを、君が理解する必要なんてないッ!!」

「どうしてです? 私はあなたの姉であり、この世界で唯一の家族でしょう?」

「――ッ……――」

「私が理解せずして、誰があなたを理解するというのです? むしろ、私を差しおいて余人があなたを理解するなど、この私が許すと思いますか?」


 姉たる私が、どうして弟を理解しなくていいというのか。そこは理解して欲しくないのではなく、知られたくない、隠しておきたい部分があるのだろう。無論、平時であれば私も、それを許容するのはやぶさかではない。


「常ならば、無闇にあなたの内心を暴き立てる事を是とはしません。これまでも、私は無理にあなたのテリトリーを侵さぬよう心掛けてきました。いかな姉弟といえど、必要な線引きというものはありますからね。あなたの前世でいうところの、親しき仲にも礼儀あり、というものです。ですが、それで無理解が生じ、それが原因でこのような状況に陥ったのであれば、悪いとは思いますが、ずけずけとあなたのパーソナルスペースに侵入させていただきます」


 覆いかぶさるように伸びてきた無数の手を、炭化ホウ素の突撃槍で払いのけ、強く一歩踏み込んだ。セラミック製の鉄靴サバトンが硬質な音をたてて、私とショーンの距離が詰まる。盾を構え体を隠すようにして突進すると、その勢いに弾かれて無数の腕は私を拘束する事ができない。

 あの腕の弱点は、一本一本の力が弱いところだ。

 しかし、この選択は賭けでもある。もしかすれば、先程懸念した通り、八方塞がりの状況に陥るかも知れない。だが、これ以上ショーンと距離を取り続けるのは、悪手だと感じたのだ。

 私は近付きつつも、彼に語り掛け続ける。


「聞かせてください。あなたの思いを――」


 あなたの内心を。いまのあなたを。ショーン・ハリューがなにを思い、なにを想い、なにを重んじるのかを。

 あなたが、どのような人間かは凡そ把握しました。

 では、あなたがどのような――化け物なのかを、私に教えてください。



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