第73話 オールラウンダーな姉
「ショーンさん、戻ったっすか!」
僕が前線に戻ると、フェイヴが嬉しそうに声をかけてきた。やはり、グラの抜けた穴は大きかったようだ。
「お疲れ様です。状況は変わりなく?」
「はいっす。一時間くらい前に、十分おき程度のペースで竜種が襲撃してくるっていうピンチもあったっすけど、グラさんやィエイトのおかげで問題なく片付きましたっす。それもここ三〇分くらいはないんで、一応は小康状態ってヤツっすね」
なるほど。バスガルは本格的に、僕らの消耗を優先しているようだ。こちらの経戦能力を限界まで酷使させている状況で、時折その限界以上のタスクを課してくる。当然、その状況をクリアする為には、こちらも無理をしなくてはならない。
一度に僕らを殺し切ろうだなんて、端から目論んでいない。徐々に追い詰めて、一つの綻びですべてが台無しになるか、消耗しきって戦えなくなるか、どちらに転んでもいい手堅い攻め口だ。
大量のモンスターを駆使して、ダンジョンに這入り込んできた獲物を食らう、ダンジョンらしいやり口といえるのかも知れない。
「でも、もう三〇分も竜が攻撃してこないというのは、少し妙ですね」
「竜種の手駒が切れたんすかね?」
「そうなら、手駒が少なくなった時点で、残りの全戦力を投入して、こっちを仕留めにかかると思うんですよね……」
少なくとも、最後の三匹くらいはまとめて投入するだろう。もしもバスガルがこの近くにいないのなら、そして
そうなると、手駒のモンスターをこちらにぶつけるタイミングは、非常に重要になってくるはずなのだが、結果として散発的な竜の襲撃は止み、戦況は小康状態になっている。この攻勢の落ち着きは、消耗戦を強いられている僕らにとっては非常にありがたく、逆にバスガルにとっては手痛い遅滞である。
「なるほど、たしかに……」
頷くフェイヴが、考え込むようにして黙り込んだ。ただ、この状況で悠長に考え込んでいられるような時間はない。このままだと、前線がィエイト君とダゴベルダ氏の二人だけになってしまうので、さっさと戦いに戻ろう。
小康状態とはいえ、雑多なモンスターの数はそれ程減っているように思えない。消耗戦はまだ継続中なのだ。
戦場に戻ると、早速敵中に【混乱】の幻術を叩き込む。遅れて戻ってきたフェイヴに、ィエイト君が険のある表情でちらりと視線を送る。やはり、前線を一人で支えるのは大変だったようだ。
「帰陣が遅れて申し訳ありません。メス豚をあしらうのに手間取りました」
「だから、こっちをメス豚扱いするの、やめてってば!」
そうこうしている内に、グラとシッケスさんの二人も、ようやく戦線に帰還してきた。どうやら、諍いには一応の決着がついたようだ。やれやれ……。
「後衛はショーンとダゴベルダで足りているようですし、魔力の温存を考慮して、私も前衛に回りましょう」
「え、いいんすか? っていうか、グラさんは本当にそんな華奢な体で、そんなでっかい武器使えるんすか?」
「ダンジョンに使えない武器を持ち込む程、酔狂ではないつもりです」
フェイヴの質問に素っ気なく返したグラは、その黒ワルキューレじみた出で立ちで敵中に飛び込んだ。
次の瞬間、ズパンという重機がたてるような大きな音が響き、槍の本来の役目である刺突が繰りだされた。結果など、見るまでもない。
ダブルヘッダーはその双頭の間を、突撃槍――
グラは突きを放った真半身の姿勢のまま数瞬停止したのち、すぐに別のモンスターの襲撃に備える。一連の動きは、その姿を見慣れた僕ですら目を奪われるものであり、フェイヴを始めとした【
いまここに画家がいたなら、筆を執らずにはいられないような、文字通りの意味で絵になる光景だったのだ。当然だろう。
「いやぁ、やっぱスゲェっすね、グラさんは」
幸い、すぐに気を取り直したフェイヴがそう言った事で、他の面々も戦闘を再開させる。
前衛がフェイヴも含めて四枚になった事で、戦闘はかなり安定するようになった。やはりどうしても、三人では穴が大きく、頻繁に討ち漏らしもあったのだ。いまはそれがない事で、後衛は【魔術】に集中できる。おまけ程度に、僕も石雨で火力貢献ができるようになっている。
もしも本当に、向こうの手駒が尽きかけているのなら、この消耗戦にも光明が差してきたのかも知れない。
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