第72話 女同士の諍いに、男の出る幕なし
〈15〉
息苦しさに目が覚めた。視界を覆う、しっとりと柔らかい枕を押しのけようとしたら、頭に回されていた手にぎゅうと抱き留められてしまった。そこでようやく、抱き枕にされている事を覚った。相手は勿論、一緒に仮眠をとっていたシッケスさんだろう。
視界が利かないせいで確認はできないが、ウチのパーティにおいて女性はシッケスさんとグラの二人。そして、グラの胸は僕と見分けのつかない起伏だ。故に、この胸の持ち主はシッケスさん以外にあり得ない。
うん、寝起きの割にはなかなかクレバーな思考だ。
仮眠といいつ、こんな状況になっても起きなかったというのだから、かなりガッツり寝入ってしまったようだ。やはり、そうとうに消耗が激しかったのだろう。ぐっすりと寝たおかげか、はたまた極上の枕のおかげか、僕の生命力も八割ぐらいまで回復している。
「起きましたか、ショーン?」
「あでっ!?」
「おはよう、グラ。もしかして寝坊した? ちょっと時間間隔がなくなるくらいには、しっかり寝ちゃったんだけど」
「いえ、特に咎め立てされる程ではありません。正確には、二時間と三二分といったところですが、誤差のようなものでしょう」
「いや、三〇分オーバーはこの状況じゃ、結構な遅刻だと思うんだけれど……」
「それだけ疲れていたのでしょう。生命力的にも、精神的にも。長時間戦闘をこなしながら、高度な術式を修得し、おまけに最後はモンスターの群れのただなかで、下級とはいえ竜種と戦い、打倒したのですから。疲れていて当然です」
そう言われると、流石にちょっと無茶をしたと実感する。たぶん、ランナーズハイみたいになっていたんだと思う。特に、ビッグヘッドドレイクに戦いを挑んだあたりは、自分でもよくわからない高揚感があった。あれはきっと、精神が摩耗してテンションが変になっていたに違いない。
「心配かけてごめんね?」
「……まぁ、あなたに大事がないのであればいいです。ですが、くれぐれも己の身の安全を考慮してください」
そうだな。いくら依代だからと、無茶をするのは良くない。なまじダンジョンコアのときに無理が利く体だったせいで、どうにも限界ギリギリまで体を酷使する癖がついてしまっている気がする。当然ながら、そんな活動を繰り返していたら、この依代がイカれるのも時間の問題だ。そこは、普通の生き物と変わらない。
「そうだね。これからは十分に気を付けるよ」
「本当にこの子は、わかっているのでしょうか……」
どうしてか、実感を込めて頷いたというのに、グラには呆れらるようにため息を吐かれてしまった。別の懸念があったのだろうか? 消耗から、仕事の効率が下がるという点を言っていたのかも知れない。
「ちょぉ、酷いよグラちゃん! 蹴っ飛ばす事なくない?」
「おはようございます、メス豚。姉として、弟に悪い虫がたかっていたら、払いのけるのは必然かと思いますよ。そちらこそ、みだりに男性にくっつくのはやめた方がよろしいかと。あと、鎧はどうしたんですか? このような状況で装備を外すなど、あまりに軽率です。ついでに軽薄です」
頭を掻きながらやってきたシッケスさんに、グラが絶対零度の鉄面皮で言い放つ。どうやら、だいぶご機嫌斜めのようだ。彼女の言う通り、よく見たらシッケスさんは戦闘中は着用していた鎧を脱いでいるようだ。薄いシャツを、その豊満な胸部が押しあげているのが視界に飛び込んできた。
つまり、一旦僕が寝てから、わざわざ鎧を脱いで抱き着いてきたという事で、あの極上枕は偶然の産物ではなく、彼女の「あててんのよ」だったわけだ。
え? もしかしてこれ、美人局とか痴漢冤罪みたいなもの? お金とか請求されんの? 僕いま、手持ちとかないんだけど……。
「もぉ、ちょっと弟君に対して、過保護じゃない? こっちは単に、疲れて寝ている間に、自然と癒しと温もりを求めちゃっただけじゃん?」
「そこらじゅうに、温もりある異形があなたの抱擁を待っていますよ。気色の悪い繁殖欲求は、そちらで解消してください」
「殺されちゃうじゃん!」
繁殖欲求って……。まぁ、ダンジョンコアは有精生殖じゃないみたいだから、性欲ってものが根本から理解できないのかも知れない。排泄に対しても、必要ないせいで一から教えないといけなかったくらいだ。
そう考えると、僕も人間だった頃に比べると、かなり性欲が薄いな。以前の僕だったら、さっきみたいなモロにエロいハプニングに遭遇したら、もっとドギマギしただろう。逆に、ダンジョンコアに宿っていたら、いまのグラと同じく嫌悪感を抱いたのかも知れない。食べ物も、全然美味しく感じなかったしね。
依代の生殖が可能か不可能かはわからないが、生物を模しているからか、いまは薄っすらと性欲はあるようだ。さっきの極上枕も、実に心地良かった。
「少し抱き着くくらい、認めてよぉグラちゃん」
「ダメです。あなたのようなメス豚を、私の弟に近付けるわけにはいきません」
「グラちゃん、ちょぉっとブラコン強すぎない?」
「ブラコン? それのなにが問題なのです?」
「このままじゃ、ショーン君は女の子に縁のない一生を送る事になるよ?」
「構いません。ショーンは私と一生一緒に生きていけばいいのです」
「
姦しく喧嘩を始めた二人を無視して、僕はバッグの中から普通の携行食料を取り出し、もそもそと齧った。やはり依代は食事が大事なのだ。なお、女同士の諍いに口を出すなどという、無謀な行為に及ぶつもりはない。
それに、グラが抜けた防衛線の火力も心配だ。ギスギスする女性二人の近くよりも、男臭く血生臭い前線の方が、精神衛生上は何倍もマシである。
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