第46話 情報通の選挙予想

 ●○●


「そういえば、第二王国もいよいよ玉座の主が定まるとか」

「そうらしいですね」


 諸々の商談が終わったあと、お茶をしばきながら朗らかにジスカルさんが話を振ってくる。直近でサリーさんから聞いていた事と、僕自身はあまり関心がない為に、返事もあっさりとしたものだ。

 少々拍子抜けした様子のジスカルさんだったが、すぐに気を取り直して話を続けた。


「ショーン様はあまり興味がありませんか?」

「お恥ずかしながら、候補者のお名前すら知りません。まぁ、正直どなたが玉座に座られようと、第二王国は各選帝侯の威光が強いですから、然程現状からは変わらないかと」

「さて、それはどうでしょうね」


 おっと、どうやらジスカルさんは、僕の見解とは違う意見らしい。訳知り顔の彼に先を促すと、涼しい顔のまますらすらと話し始めた。


「現在、有力視されているのはラクラ宮中伯様が推されているルートヴィヒ殿下です。フィクリヤ公の御令孫に嫁がれたマリア様は、まずフィクリヤ公が立候補をお許しにならないでしょう」

「となると、残りはお二方ですか?」


 サリーさんの話では、主な候補は四人という事だった。フィクリヤ公爵の義孫娘さんは、サリーさんの話だとかなり有力候補のようにいわれていたが、どうやら公爵自身が乗り気ではないらしい。そうなると、後ろ盾の強さが逆に枷となるだろう。

 まぁ、そのマリア様とやらが、次期王に立候補したいとも限らないんだけど。


「シカシカ大司教座下の細君であられるヘディ様も、まず立候補はなさらないでしょう。ご年齢の事もありますし、なにより大司教座下は神聖教の聖職者でもあります。王配が、他国の国主を仰ぐ立場にあるというのは、あまり良い状態ではありません」

「まぁ、そうでしょうね」


 話を聞く限り、シカシカ大司教のスタンスは、かなり第二王国に寄っている。場合によっては、神聖教の意向を蔑ろにしてでも、第二王国の事情を優先するだろうと、ジスカルさんが判断する程だ。

 だがそれでも、建前としては他国の国主である教皇を仰ぐ立場にある者が、女王の王配というのは、第二王国の人間としては受け入れ難い。なにより、現在のシカシカ家の当主は大司教であり、ヘディ様はその影響下にある。もし彼女が女王として第二王国に君臨するとなれば、シカシカ大司教の影響力はかなり強いものとなる事が予想されるわけだ。そうなれば必然的に、第二王国内における神聖教全体、聖職者全体の発言力が高まってしまう。

 下手をすれば、せっかく王座を決めたというのに、第二王国は法国の風下に立たざるを得なくなりかねない。そんな事になれば本末転倒であり、第二王国中央はいよいよ求心力の低下を免れず、国家分裂の懸念が顕在化しかねないという、本末転倒な事態に至る可能性がそこそこ高いのである。

 また、実をいうとこのヘディ様は、フィクリヤ公の義孫娘であるマリア様程後ろ盾がしっかりしていない。マリア様はかなりたしかな家柄の出自ではあるが、ヘディ様の生家は零細貴族家であり、王位継承戦における後ろ盾にも、継承後にその権勢を支えるだけの地力にもならない。

 王位を得たところで、ヘディ様にとってもシカシカ大司教にとっても、苦労ばかりで得られるものの少ない、貧乏クジでしかないのである。

 シカシカ大司教としても、彼女を娶った際には、まさか彼女が王位継承戦に絡む事態になろうとは、思いも寄らなかったはずだ。現状は、彼にとっても思わしいものでなく、王位などというものからは遠ざかっていたいのが偽らざる本音だろう。

 僕はジスカルさんの話を整理しつつ、口を開く。


「となると、残るはもう一人という事になりますが……」

「ええ。マクシミリアン殿下ですね。傍系王族ながら、これまではもっとも玉座に近いとされていた方です」


 まぁ、フィクリヤ公が乗り気でない先王の娘と、シカシカ大司教が乗り気でなく、さらには後ろ盾も弱い先王の妹が候補から外れれば、当然お鉢が回ってくるのは、そちらになる。だが、そうはならず第二王国は二〇年程玉座を空けていた。理由は……――


「あまり良い評判のない方と聞き及んでいますが……」

「そうですね……。ご気性荒く、猜疑心が強く、浅慮にして粗暴。唯一褒められる点は武芸のみですが、それを城下で民に振るった事まであるのですから、第二王国内でのマクシミリアン殿下の評価は散々なものです」

「うわぁ……」


 唯一褒められる点が武芸しかないのに、気性が荒いって、もうホント褒めるべき点がないじゃん。たぶん浅慮という評価も、城下における一件だけではあるまい。

 第二王国の玉座が二〇年空位だったのも、こいつに旗頭を任せるくらいなら、各選定侯がバランスを取り合う状況の方がマシだと、誰もが判断したのだろう。その間、第二王国の権勢は弱くはなったものの、一度王都が失陥したにしては、版図も各貴族家からの支持も維持できたといえる。

 だがやはり、国主がいないというのは、外交においてはデメリットであった。それを、ここにきて解消したいわけだ。


「となると、次期陛下はルートヴィヒ殿下に決定ですか?」

「そうとも言い切れないのが、政治というものの面倒なところのようですね。その他の傍系王族の方々の蠢動も然るものながら、いまさらになってマクシミリアン殿下を担ごうという勢力が現れているようです」

「え? いまさらそれは……」


 二〇年間玉座を空けてまで、そのボンクラ王子を主として仰ぐのを避けたというのに、ここにきてそいつを担ぐなど、支持が集まるわけがない。封建国家の第二王国において、貴族からの支持がない王など、張子の虎にもなり得ない。たとえ専制君主制であろうとも、貴族からの支持が得られなければ、手足がないも同然なのだ。


「どうしてそんな事に?」

「第二王国内には様々な政治派閥が存在します。その中で、今現在とりわけ問題になりつつあるのが【新王国派】となります。その一派が、マクシミリアン殿下を担ぎあげようとしているそうですよ」

「あー……」


 つまりそれは、完全にルートヴィヒ殿下とその支持勢力への当てつけでしかなく、権力争いの神輿として、ボンクラ王子を担ごうとしているわけだ。


「あるいは――……いや、ないか」

「おや? なにかお気付きになられましたか?」


 思い至った事を口にしようとして、すぐに引っ込める。だがそれを耳聡く聞き咎めたジスカルさんが、興味津々といった顔で問いかけてくる。


「いえ。つまらない事です」

「是非ともお聞きしたいですね」

「どのようなバカでも、少し考えれば愚にもつかないとわかるような、つまらない事を考え付いただけですよ。披瀝するのは、自らの不明を晒すようで恥ずかしいのですが……」

「ショーン様が聡明な方であるというのは、私にとっては揺るがぬ事実です。故にこそ、どうかそのお考えをお聞きしたいのですよ。この場限りのお話として、家族にも話しませんので」


 そこまで食い下がられると、逆に言いづらいくらい陳腐な話なのだが……。まぁいいか。


「いえ、本当につまらない話なんですよ? 僕は単に――あるいは【新王国派】の政治思想からすると、暗愚の王に国を任せて失策を重ねさせ、王権の威光を棄損し、その後に新たな王国を築かんという目論見なのかも知れない、と思っただけなんです。現状の第二王国でそれをやっても、各選定侯領に分裂するだけで新王国どころの話じゃないというのは自明の理でしょう?」


 僕の推論に、ジスカルさんは案の定苦笑する。だから言いたくなかったのに……。


「いえ、それもあり得ぬ話ではありませんよ?」


 だが、こんな間抜けな推論を、苦笑しながらもジスカルさんは否定しなかった。どころか、あり得る未来として語る。


「【新王国派】の方々にとって、現状は逼迫しています。このまま順当に王位継承選挙を進めれば、どなたが玉座に就こうと彼らの派閥はその存在意義を喪失します。元々、第二王国の玉座が空位なればこそ、その間隙を突くように立ち上げられた政治派閥ですからね。ならばこそ、乾坤一擲の覚悟でマクシミリアン殿下を担いだ。そしてだからこそ、毒を食らわば皿までという覚悟を定める可能性は、そこまで低いものでしょうか?」

「いやいや……。盆暗ボンクラを担ぐまでは政治派閥としてはあり得ないとはいえませんが、明らかに国益を害する目的で動くなら、それは明白な内憂です。国家反逆とすらいえるかも知れません。そこまでのリスクを、果たしてただの政治思想の為だけに犯しますか? いかな【新王国派】とはいえど、第二王国とそこに住まう人々を憂うからこその政治派閥でしょう?」


 なお、その『人々』の最上位にあるのは自分たちであるのは、ある意味仕方がない。完全な利他思考で国家の頂点に立たれても、それはそれで心配の種でしかない。


「さて、そこまで諦めの良い方々ばかりの派閥であれば、たしかに問題は起こらないかも知れませんが……」


 言葉を濁すジスカルさんに、僕は苦笑いしか返せない。

 いや、いくらなんでも大人なんだから、なにが国の為に一番いい選択かくらいは、判断できるでしょう? 自分たちが派閥争いに敗れそうだからと、一切合切を台無しにしてまで、悪足掻きをするような連中が、国家の中枢に巣食っているとは考えたくない……。

 とも思ったが、歴史を紐解くとそんな例は、枚挙にいとまがない……。あり得るのだろうか……?


 是非とも【新王国派】とやらには、冷静になってもらいたい。なんなら、囚人のジレンマを例に説教してあげてもいい。同じ国に生きる、同国人なんだからさぁ……。



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