第105話 ダンジョン史における黒歴史
●○●
「へぇ、あれがダンジョンコアの歴史で、最大の汚点たる死霊術ね……」
「そうですね。まったく……」
侵入者たちの内の一人が使った死霊術に僕が感想を述べると、グラが不機嫌そうにため息を吐いた。当のグラは、いまは珍しく研究などのデスクワークではなく、自らが作った刀を振りつつ、動きの研鑽に励んでいた。これもまた、一つの研究らしい。
まぁ、様々な形態があるダンジョンコアにとって、効率良く体を動かす、スポーツ科学のようなものは、研究に値するテーマだろう。惜しむらくは、それをダンジョンコア間で共有できないという点か。
僕は再び、ダンジョンへと意識を飛ばす。グラが使うもの以外では、初めて目にした死霊術だ。いまはできるだけ、こちらを観察をしておきたい。
死霊術の起源は、ダンジョンコアが生み出した魔力の理である。その根底にある思想は、より効率的なモンスターの運用形態の模索だったようだ。要は、
本来、侵入者たちに奪われてしまう魔石を核にして、疑似的なモンスターを生み出し、その魔石の魔力でモンスターを運用する。それ自体は、実に効率的な発想の転換といえるだろう。
時間が経てば、魔石に蓄えられている魔力が切れて、モンスターは消える。当然、受肉などするわけもない。術師の意のままに動く術式であるそれは、絶対に主人を裏切らない。
「これだけ聞けば、たしかに効率的な生命エネルギーの運用だよねぇ」
「ええ。なにより、運用の根本となっているのが生命力ではなく魔力であるという点が、非常に効率的です」
「だよねぇ……」
生命力と魔力では、利用のしやすさは原子力と、それから生み出された電気ぐらいに違う。もしもバスガルが、自らのダンジョンのモンスターをすべてこの死霊術で代用できれば、下手をすれば人類の兵糧攻めじみた戦術すら通用しなかったかも知れない。それくらいに、魔力でモンスターを生み出せるという意味は大きい。
僕らだって、【
死霊術に対して否定的なスタンスを取っているグラですらも、消費DPが【
「なにより、本来は外部に持ち出されて人間に利用されてしまうはずの魔石というものを、モンスター運用の根幹に据えて、自分たちで使ってしまおうという発想の転換が面白い」
本来、魔石というものはモンスターの核であり、モンスターが生きていく為の魔力のタンクにして、エンジンにして、濾過装置のようなものだ。心臓と肺が一つになったような器官といっても過言ではない。外部から吸収した魔力を蓄え、全身に送り出し、そして生命力から魔力を抽出する為の器官だ。
人間たちはこの魔石に蓄えられている魔力を、マジックアイテムの運用などに使っている。
「その発想が独創的かつ、試みとしては、たしかに面白かったというのは否定しません。ですが、非常に危うい手段であるという事は忘れないでください」
「わかっているさ。将来的にダンジョンにモンスターをおくにしたって、死霊術の利用は小規模にせざるを得ないだろう」
効率だけを見れば、死霊術はたしかに現在のモンスターよりも使い勝手がいいように思える。運用のコストは五分の一から十分の一まで抑えられ、従来にはあった受肉したモンスターの叛逆というリスクもなくなる。
この魔力の理を編み出したダンジョンコアは、心底ダンジョンコアの将来に期するものとして、この死霊術を編み出したのだろう。既存のモンスター運用に、コペルニクス的転回を迎える転換点として。その発想と、試みそのものは理解も尊敬もする。
――だが、致命的なまでに結果が良くなかった。万が一、万々が一にも、このとき死霊術が主流になって、ダンジョンのモンスター運用が死霊術に取って代わられていたらと思うと、寒気がする。
もしそんな事をしていたら、ダンジョンコアは絶滅していただろうから……。
そのダンジョンコアは二つの失態を犯した。
一つは、いわずもがな。死霊術を人間側に流出させてしまった点だ。人間たちは、あまりにも悪い魔石の質に疑問を持ち、逆算するようにして死霊術を己がものとしてしまった。そうなれば当然、ダンジョンはより高度な死霊術か、あるいは本来のモンスターでの迎撃を余儀なくされる。
それではただ、人間に対して新しい武器を一つ与えてしまっただけだ。その他の魔力の理も、基本的にはダンジョンと人類とのいたちごっこではあるのだが、こればかりはダンジョンの防衛の根幹にも携わる大事だ。人間にバレてしまっているような防衛機構に、身を委ねられるダンジョンコアがどれだけいるだろう。
DPがカツカツだった状況ですら、グラは死霊術でモンスターを代用しようなどとは言い出さなかった。それだけ、危うい行為なのだ。
さらにいえば、死霊術にはわずかながら、ダンジョンにおけるモンスターを生成する理も混ざっているのだ。これを人間側に流出させた罪は、かなり重い。多くのダンジョンコアを危険に晒す行為だ。
――そしてこれが致命的なもう一点。
死霊術で作られたアンデッドは【神聖術】での攻撃に対し、あまりにも脆弱であり、それを人類側に膾炙されてしまった点だ。
それのなにが問題かといって、この【神聖術】は、良くも悪くも人々の信仰を元にその効果が決まってしまうという、コントロールの難しさにある。下手をすれば、取るに足らないような効果になり果てるだろうが、手が付けられなくなれば際限なく効果が高まってしまう。その上限は、ダンジョン側においても人類側においても、確認した者など皆無である。
結果として、本来【死霊術】とは無関係であるアンデッドモンスターや、果てはアンデッド型のダンジョンコアにすらも、【神聖術】は抜群の効果を発揮するようになってしまったのだ。
誰もがその目で、あっさりと【神聖術】に崩されるアンデッドのような疑似モンスターを確認すれば、それがアンデッドに対して有効な攻撃手段だと誤認してしまうだろう。その認識こそが、信仰として【神聖術】の力となり、確固たる結果として残る。そうなればますます、神聖教の正当性を強め、信仰心は高まり、【神聖術】の効果は上がる。
なお、その戦犯とも呼ぶべきダンジョンコアに非難が集まる事はなかった。ダンジョンコアは基本的に独立独歩である点と、その【神聖術】がダンジョンコアにも有効であるという証明にされてしまったのが、まさしくそのダンジョンコアだったのだから。つまりは、アンデッド型のダンジョンの主として、初の【神聖術】の討伐例にされたわけだ。
なるほど、これはダンジョンコアにとっても、痛恨の黒歴史だねぇ……。
「死霊術か……」
古のダンジョンコアの失態は、この際どうでもいい。その発想と根底の思想は評価するが、犯した罪とて看過し難い程に大きい。擁護のしようもない。
だが、そのダンジョンコアが生み出した死霊術というのは、やはりなかなかに面白い発想だ。
グラは【死霊術】に忌避感を持っているようだが――というか、おそらくダンジョンコアはかなり、【死霊術】に対して否定的な見識を有しているようだが――この【死霊術】自体は非常に興味深い。以前、ミルメコレオのダンジョンでグラがそうしたように、前衛を死霊に任せるという発想は、僕らの戦闘スタイル的にかなり有益だ。
問題は、アレは魔石を使い潰しながら運用する魔力の理なので、必要経費が嵩むという点だろうか。まぁ、ウチは問題ないが、冒険者向きの術理ではないだろう。彼らもきっと、財布事情には頭を悩ませたはずだ。
まぁ、だからウチに盗みに入ったのだろうが……。
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