第104話 ゾンビパニックと死霊術

「本物のモンスターだってのかいッ!?」

「待て! いくらあの姉弟でも、本物のモンスターを町の中に連れ込むとは考えづらい。なんらかの欺瞞である可能性は否定できん!」


 焦るアタシを諭すバルモロに、それもそうだと頷く。いくらあの姉弟がイカれているといったって、モンスターを町中に入れようとすれば門で止められるだろうし、もしも隠れて連れ込んだとすれば、アタシらの所業なんざよりも大問題だ。領主だって黙っていないだろう。

 いや、もしも本当に、万が一にもそんな事をしたのなら、領主は軍を発してでも姉弟を捕え、公開処刑にするような真似だ。いくらなんでも、そんな事まではしないだろう。

……とは思うのだが……、あの姉弟に対しては『まさか』があり得そうで恐ろしいんだよねぇ……。


「……アレ、幻術……」


 ぼそりとシドが呟く。その手には小さなモノクルがあり、顔の前に構えたそれで、いまだ廊下の端にいるゾンビの姿をじっくりと観察している。あのマジックアイテムは、魔導器官に流れる魔力を視認する為のものだったはずだ。

 そんなシドに、同じく魔術師であるバルモロが問う。


「幻術だと?」

「ん……。……たぶんだけど、死霊術の【骨人スケルトン】に、幻術で腐った肉を付けた……」

「なんだってそんな事……」


 シドの説明に、今度はパトロクロスが訊ねたが、それに答えたのはマグだった。


「決まってんだろ。さっき俺たちがそうだったように、本物のモンスターと誤認させてビビらせる為だ。アレも、倒せば魔石を残すだろ。シドやバルモロがいなければ、ここが本当にダンジョンに思えても仕方がねえ」

「ダンジョン、一パーティ、危険すぎ。ビビって、焦って、悪手打つ。私たち、バラバラにできたら、最高ね」


 マグの言葉をトゥレドが次ぎ、全員が納得の色を浮かべる。そんなマグが、真剣な面持ちでこちらに向き直る。


「だがなサディ、俺の耳に届いている足音は、あの一体じゃねえ。ハッキリ言ってバカみてぇな量だ。無暗矢鱈にビビり散らかす必要はねえが、だからって安堵できる程状況は良くもねえ。あれが本物のゾンビだろうと死霊術の【骨人スケルトン】だろうと、その数には難儀するぜ?」

「戻る、する? 大群相手する、【大骨獣ヒュージビーストスケルトン】、の方がマシ」


 マグとトゥレドの言葉に逡巡する。だが――


「よしなよ。【大骨獣ヒュージビーストスケルトン】を倒せたって、そこで行き止まりさ。まさか、先に進めばなにもないだなんて事ぁないはずだ。あの部屋で籠ってたって、果ては飢え死にか自決かしか選べないよ」

「そうだな。結局、あの群れを突破しない事には、俺たちに先はねえ」


 アタシの言葉にパトロクロスが同意すると、シドとバルモロも頷く。そこでマグとトゥレドも肩をすくめて同意を示す。アタシらは決意を込めて頷き合うと、退路を確保する為に得物を手に握り、三体に増えたゾンビを見据える。


「行くよ! 気合い入れろ! ここを本物のダンジョンだと思いな! 一切油断せず、血路を開け!! 無論、流すのは敵の血だ! 間違うんじゃないよ!?」

「「「応ッ!!」」」


 仲間たちの返事を聞き、アタシたちは駆け出した。無論、あれが死霊術の疑似モンスターだろうと、本物のアンデッドモンスターだろうと、血なんぞ流れないのは承知のうえだ。


「一分くれ!」


 バルモロの声に、アタシとパトロクロスは頷いて先頭を駆ける。アタシは、あの宝剣は剣帯に引っ掛け、手に馴染んだ相棒を握っている。


「おらぁ!!」


 力強いパトロクロスの一撃に、ゾンビの姿をしたスケルトンは、粉々に砕け散って魔石を残した。たしかに、幻術が解ける一瞬、骨が見えたような気がする。とはいえ、気のせいと言われればそれまでの束の間の感覚だ。乱戦になれば、なおさら気付きにくいだろう。

 心底、【長腕のルーサウィルダーナハ】にバルモロがいて良かったと思う。そうでなければ、流石のシドもすぐには気付けなかっただろう。死霊術という魔力の理は、会得している冒険者はそうそうおらず、またその実態を知る者も限られる術理なのだ。


「――ッシ!」


 パトロクロスの隙を補うようにして、アタシは剣を振るう。幾体かのゾンビを斬り伏せたが、つい癖で頭を狙ってしまった。


「本物のゾンビじゃねえ! 狙うなら頭じゃなく心臓にしろ!」


 自分でも悪手だとわかっていただけに、バツの悪い思いを抱きつつ「あいよ」と答えて、その通り人を模したゾンビの心臓辺りを突き刺す。

 骨ではない、脆い泥岩を砕くような感触で、魔石を破壊したのだと察する。途端、そのゾンビは動きを止めて、サラサラと崩れるように霧消した。本来残す魔石すら残さずに。

 ゾンビを相手にするときは頭を狙うのがセオリーだ。だが、死霊術の【骨人スケルトン】を相手にするなら、人間の心臓がある位置にある魔石を狙う。

 ゾンビの心臓なんて止まっているのだから、あばらを砕いて内臓を潰したところで、なんの痛痒も感じない。だが、そんなゾンビも頭を潰せば基本的には動かなくなる。逆に、【骨人スケルトン】は、頭を潰したところであまり意味はない。魔石を外すか壊すかするのが、一番楽に倒す手段となる。

 普段は然して対比して考えるものでもないのだが、ゾンビと【骨人スケルトン】では弱点がまるで逆だったのだと、偽ゾンビと戦って初めて気付いた。


「どうやら本当に、コイツらはゾンビじゃあなく、【骨人スケルトン】のようだね」

「ああ。ハリュー姉弟も、ビビらせてくれるぜ……」


 眼前の敵が死霊術の産物だと理解し、アタシは心底安堵する。それを言い聞かせるように吐いたセリフに、引き攣った笑いを浮かべるパトロクロス。軽口を言い合ったところで、背後から声がかけられる。


「十分だ。発動するぞ!」


 その声に合わせて退くアタシらと、入れ替わるように前に放られる三つの魔石。


「【骨戦士スケルトンウォーリアー】」


 バルモロが詠唱すると同時に前に突き出した杖から、まるでモンスターを倒した際に発せられるような霧が発せられ、いまだ宙で放物線を描いていた魔石にまとわり付く。黒い霧に支えられるようにして、その魔石は空中にとどまった。滞空した真っ赤な魔石に纏わり付いた黒い靄が、白い骨へと変化を始める。

 見慣れた光景ではあるが、なんとも気味の悪いものがある。魔力の理の中でも異質なその光景こそ、この術の使い手が少ない理由なのかも知れない。

 やがてそこには、三体の骨で作られた戦士が現れた。同じく骨でできた剣と盾を携えたその姿は、ただのろのろとこちらに向かってくるだけの偽ゾンビどもとは、一線を画する存在感だ。

 それもそうだろう。この偽ゾンビの中身は所詮【骨人スケルトン】でしかない。死霊術のレベルでいえば、【骨戦士スケルトンウォーリアー】は一段か二段、上の術式になる。まぁ、すべてバルモロの受け売りだが。

 そしてそんな骨の戦士たちが、眼前のゾンビの幻を纏う【骨人スケルトン】へと襲い掛かる。数の上では明らかに不利だが、戦況はまるで逆に推移する。

 襲い掛かる偽ゾンビたちを、一切の躊躇も怯えも見せず、次々と斬り伏せ叩き伏せていく【骨戦士スケルトンウォーリアー】たち。偽ゾンビたちは、対抗するそぶりすら見せずに、次々と霧消していく。

 バルモロの死霊術には、いつも助けられる……。あの【不通の廊下コリドーオブスタンダード】を無事に抜けられたのだって、死霊術の貢献度はかなり高い。

 人型の囮を先行させられるメリットというのは、非常に大きい。罠があれば先にかかるし、敵の目が向くのも、真っ先に攻撃に晒されるのも、最前衛の【骨人スケルトン】たちだ。

 この【失魂落魄の執務室オフィスオブザデッド】を抜けるのにだって、きっとおおいに役立ってくれる事だろう。とりあえずは、前面はこいつらに任せて、アタシらは長期戦に備えて、できるだけ武器や体力を温存しよう。

 アタシは【骨人スケルトン】とゾンビたちが争う前線を眺めつつ、討ち漏らしを倒しながらそんな事を考えていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る