第88話 厄介な勝利と、虐殺への道

 ●○●


 本陣に帰営する間、僕らエウドクシア軍(二人)にはあちこちから称賛の声が投げかけられた。まぁ、一応この戦の大義名分だし、兵士たちもベアトリーチェが何者か、知っているだろうからね。そんな彼女が、自ら戦場に出て、敵の大将を討ち取った。ある意味、シンデレラストーリーのようなものだ。

 帝国軍の首脳らとしても、兵士たちの士気高揚につながると考えたから、僕がベアトリーチェの代わりに戦功を立てるという案を呑んでくれたのだろう。まぁ、彼らが予想していたのは、適度な手柄程度のものだろうけど、まぁ、そこは運が悪――良かったと思って欲しい。

 幻術でベアトリーチェの顔になった僕は、スタルヌートの背に揺られながら、彼らににこやかに手を振りつつ、ゆっくりと本陣に戻っていった。

 本陣の天幕に入ると、帝国の軍人たちが拍手で出迎えてくれた。


「ご苦労。いやはや、まさかデカント・タラチネスの首を取って帰ってくるとは、思ってもおらなんだわ」


 帝国の中央から派遣されてきたらしい、この戦におけるタルボ侯の次に偉い将軍さんが、バンバンと両手を叩きつつ僕の功績を褒めてくれる。いや、僕のじゃないや。ベアトリーチェの、だ。ここ、間違えちゃダメ。


「いえ、僕だって別に、大将を倒して帰ってくるつもりなんて、ありませんでしたよ。ただ、向こうのご指名だったもので……」

「いやいや。別に責めておるわけではない。むしろ、あの豪傑を馬上戦であっさりと倒してしまった貴殿に、武人として素直に敬意を示しておるのだ。幻術師と聞いておったからな」

「我が家の方針で、ある程度【魔術】なしでも戦えるようにしておくようにしているんです。まぁ、我が姉には遠く及びませんが……」


 まぁ、たしかに魔術師として紹介された人間が、普通に近接戦で敵将を討ち取ってきたといわれたら、多少戸惑いもするか。とはいえ、僕と同じく魔術師として名を馳せているグラなら、もっとあっさり勝っているだろうが。


「ふむ。流石は上級冒険者よな。ともあれ、見事見事。この戦果を、大々的に称えられぬのが惜しい程よ」

「やめてくださいよ? この戦場に、ショーン・ハリューなんていません。万が一、帝国軍として戦に加担していたなんて広まれば、第二王国での肩身が狭くなりますから……」

「うむ。わかっておる。この功績は、エウドクシア殿のものとして記し、ここにいる司令部の皆も口外せぬと約束しよう。だからこそ、いまだけは素直に武人として、貴殿の戦功を称えさせてくれ。いまだけしかできぬ事ゆえな……」


 彼ら軍人さんらからすれば、これが最大限の敬意の示し方という事か。それならまぁ、仕方がないか……。正直、壁に耳あり障子に目ありで、どこから情報が漏れるかわかったものではないので、気が気でないのだが……。

 天幕の中にはベアトリーチェもおり、僕は拍手をしてくれる彼らに礼を言いつつ、彼女の元に戻る。僕らは一応、エウドクシア軍(四人)なので。


「少々やりすぎでは? 今後、わたくしが勝負を挑まれたときは、どうなさるおつもりですか?」


 声を潜めて抗議してくるベアトリーチェ。いくら彼女でも、この称賛一色のムードで、それに水を差せる程の度胸はなかったらしい。だがしかし、彼女にとってもこれは、なかなかに死活問題だ。

 とはいえ、お家再興の為には、使えるものはなんでも使えばいい。それがたとえ張子の虎だろうと、武功があるのとないのとでは、貴族家としての箔は雲泥だろう。むしろ、帝国はそれが影武者の立てた功だという事を知っているのだから、いう程大きすぎる功ともいえないだろう。

 戦場で雑兵が倒した手柄首を、対価を支払って自分のものにしている貴族なんて、ごまんといるだろうしね。


「まぁ、最低限の護身用具は用意したし、そこは自助努力かな。大丈夫。適度にマジックアイテムで身を固めていれば、あのくらいの事は誰にでもできるさ」


 僕程度にもできたし、練習すれば誰にでもできるだろう。こっちとしては、兜が外れたときの為に、ずっとベアトリーチェに化けていたせいで、他の幻術が使えなくてヒヤヒヤしたんだ。


「タラチネス様は、ナベニ共和圏でもそれなりに知られた武将ですわ。あの程度などと言っては、失礼にあたりますわよ。討ち取った相手とはいえ、もう少し敬意を払いなさい」

「おっと。別にあのおじさんを貶めるつもりは一切ないよ。実際、あの一突きはヒヤリとした」


 とはいえ、流石にあの蛍光双子ツインテツインズ程の強者ではなかった。あれの打倒を目標にしている僕にとって、彼は言っては悪いが、通過点でしかない。それを軽んじているといわれればそうなのかも知れないが、だからといって彼を軽侮するつもりは一切ない。


「さて、それでは軍議を始めよう」


 拍手と称賛が落ち着いてきた頃合いを見計らい、将軍さんが腰を落ち着けつつ口を開いた。軍議といっても、ひとまず作戦は上手くいったわけで、しばらくはこのタクティ山の麓を維持する以外に、帝国軍はすべき事などない。喫緊で詰めなければならない議題などなく、勝利の余韻に水を差してまで、軍議を開く意味を図りかねた。

 天幕内のほとんどの人間が疑問符を顔に浮かべる中、将軍さんはたしかに急ぎの議題を口にし始めた。


「敵軍から、降伏を申し入れる使者がきてしまったのだ」


 それのなにが問題なのかわからず僕は首を傾げたが、多くの帝国軍の面々は、その言葉に顔を顰めていた。


「なんと。ここにきて降伏ですか……」

「厄介な……。扱いに困るわ」

「無視しては?」

「いや、流石にそれはマズい。せっかく、他国に突かれる落ち度をなくしたのに、降伏も許さず、あたらに犠牲をだしたとなれば、教会がうるさいぞ」

「しかしなぁ……」


 帝国軍司令部の面々の苦い顔を見て、その理由を覚る。良く考えずとも、以前の帝国がナベニ共和圏の支配に失敗したという点だけで、答えは明白だ。彼ら、帝国軍からすれば、一度裏切った連中を背にして、ナベニポリスとの決戦に臨みたくないのだ。軍がほぼ無傷の形では、特に……。

 だが、敵が戦いもせずに降伏したというのであればともかく、一戦し、その軍の司令官を討ち取ったうえでなお、降伏すら許さないというのは、流石に道理が通らない。

 これまでは、エウドクシア家家督相続の非道を糺すという理由から、あまり望ましくない形の開戦になった法国、及び神聖教も、そうなると必ず口を出してくる。最悪、仲裁の使者として立ち上がる惧れすらある。勿論、是が非でも海が欲しい帝国がそれを呑むわけもないが、そうなるといよいよ、エウドクシア云々の話が建前であると、誰の目にも明らかになってしまう。

 なるほど。帝国軍からすれば、たしかに面倒極まる状況なわけだ。


「五〇〇〇程度の兵であれば、戦が終わるまで捕虜として捕らえておけば良いのでは?」

「その為の施設、物資、人員が足りなかろう。時間をかければ、人員だけは用意できようが、我らは絶対にパティパティアトンネルを失陥するわけにはいかぬのだ。この場所に、五〇〇〇もの不穏分子を放置してナベニ軍と戦うというのはな……」

「不安よな……。パティパティアトンネルがなくなれば、我らはベルトルッチという袋小路に追い詰められた野犬も同然。退路もなく、援軍も見込めず、ただただ嬲りものにされるだけよ……」


 誰もが、ウンザリとした調子で嘆息する。そんな最悪な未来は、絶対にごめんだという思いが、僕らの真ん中の空間に集約されて、文字となって幻視されるようだった。


「では、降軍として戦力化しますか?」


 誰かが、空気を変えるようにそう提案する。


「この戦で手柄を立てたい者は、それこそごまんとおる。帝国内ですら、遠征に参加する者を選抜するのに労を割いたのだ。その者らを押しのけて、彼らに最前線を譲ると? 納得させられるわけがない」

「しかし、それと背後のトンネルを奪われる危険とを比べるならば、兵を前線に引っ張っていく方が、まだしも現実的だろう?」

「それはわかるが……。しかし、誰が率いるというのだ? いまいる将は、各々自軍を有しており、降り兵の面倒を見ながら戦をしたいという者を探すのは難しいだろう」

「最悪、将だけを降り兵につけるという手もありますが、いざというタイミングで殺され、反旗を翻されると、どこに配置していようと厄介ですぞ? 督戦の部隊をつけるというのでは、捕虜の管理に残すのと同様、兵力の空費に思えてなりません……」

「むぅ……。ここは、悪評を恐れず、降伏を突っぱねるのも手か……」


 将の誰かがそう口にすれば、同意の意見が飛び交い始める。やはり、帝国軍にとって、ナベニ共和圏のベルトルッチ兵は、いつ何時裏切るかわからないというのが共通認識らしい。

 まぁ、仕方ないよね。彼らも、今回こそは失敗できないんだから。海が欲しい帝国人と、海なんてすぐそこにあった連中とでは、考え方がまったく合わないというのもあるだろう。


「パティパティア山にトンネルがあるという情報も、いまだ敵勢には伝わっていない様子。しかしながら、懐に抱え込めばまず間違いなく、その情報が捕虜も知るところとなりましょう。もしもそこから、敵軍に知れ渡れば……」

「なにかしらの破壊工作で、トンネル出入り口を塞ごうとされれば事よ。やはり、降伏は認めぬ方が、我が軍にとっては最良ではないか?」


 次々と、マフリース連合軍に対して非情な結論に至る為の意見が飛び交い始める。軍議の流れが、他勢力介入を甘受してでも、連合軍は皆殺し、もしくは壊滅的な打撃を与えるまでは、降伏を認めないというものになりつつあったタイミングで、すっと手を挙げる者が一人。


「それならば、そのマフリース連合軍は、わたくしが預かるというのはどうでしょう? わたくしならば、最悪殺されても帝国にとっては、然程痛手ではないのでは?」


 ベアトリーチェだった。



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