第99話 教会との付き合い方

 ●○●


 僕ら姉弟の情報を秘匿する。僕ら姉弟の悪評を流布しない。

 この二つの条件を、双子騎士に対して提示する。蛍光色のツインテールを有する二人は、不承不承ながらもそれを受け入れた。

 いまから使う術は、相手がある程度条件を理解し、それを了承していないと、まともに術にかからない仕様だ。その為、これは必要なプロセスである。

 幻術の中には、相手に様々な条件で枷を嵌めるタイプの術式が存在する。これは主に、奴隷や捕虜が脱走、反抗などをしないよう、管理する為に使われる。まぁ、普通はコストの面から、わざわざそこまでしないが。

 既存の首枷、足枷、手枷で間に合うものを、わざわざ幻術師を雇用したり、マジックアイテムを使用してまで管理しようとは、なかなかしないだろう。よっぽど反乱の危険が高い状況でないと、あまり用いられる方法ではない。

 あるいは、犯罪方面での悪用ならば、結構需要はあるらしい。まぁ、相手の意に反して従わせるとか、悪い事に使おうと思ったら、いくらでも用途があるだろうしね。このゴルディスケイル島に来る途中の船旅で、海賊どもに使った【贖罪の火プルガトリウム】と組み合わせれば、どんな条件にも首を縦に振らせられるし。


「【誓約ユーラーティオー】」


 僕が詠唱した途端、二人に巻き付くように幻の蔦が現れ、その身を縛る。次の瞬間には、体に染み込むようにして、その蔦は消えてしまった。

 なかなか演出過剰な幻術だが、これもまた、必要な仕様なのだろう。被術者に、契約を墨守させる意識を植え付ける為のトリガーである。

 やはり、こういう方面での幻術の開発、運用は、ダンジョンよりも人間の方が発展しているな。まぁ、ダンジョンの場合、他者と契約などをする機会そのものが少ないというのも理由だろうが。

――そして、ダンジョンがこういった幻術をあまり使わない理由はもう一つある。


「……覚えてろよ」

「次は殺す」


 僕が幻術をかけ終えると、ピンクツインテ、緑ツインテの順に、すわった目で睨みつけながら、僕にしか届かないような小声でそう言ってくる双子。僕はそれに、皮肉気に唇だけで笑みを作ると、片耳に手を当てて首を傾げる。所謂「なに? 聞こえなーい」のポーズだ。

 どうやらこの二人、エスポジートさんの前では大人しくしなければならないらしい。ホント、いまから彼女の身分を聞くのが怖くなってくる程だ。

 双子は怒り心頭に発したとばかりに顔を真っ赤にし、猿のように歯を剝いていた。それでも、この場で暴れ出す愚だけは、頭の片隅に残っていた理性で判断できたようで、肩を怒らせて教会勢の元に帰っていった。

 その調子で、エスポジートさんにはこの猿どもに、人間性を持たせる研究を完成させて欲しい。もしそれができたら、僕がノーベル賞の代わりにハリュー基金を立ち上げて表彰してもいいとすら考えている。


「やはりこれだけでなく、なにかしら形に残る謝罪をお受け取りにはなりませんか?」


 自分の後ろに双子が戻ると同時に、そんな世界初のハリュー生理学賞候補のエスポジートさんが、困ったような表情で問うてくる。いまさら和解条件を云々するのもどうかと思うが、内容は追加で教会側がこちらに利益を提供するというものだ。

 タチさんも、せっかくまとまりかけた話を覆そうとしているわけではないと知ってか、口を挟んでくる様子は見せない。


「正直に申しますと、この程度の条件で和解が成ってしまった事実を、教会の上層部が知ってしまいますと、増長する方が現れないともいえません。忸怩たる思いではございますが、我らが神聖教会上層部にも、粗忽な方はおられますから」


 まぁ、そりゃあいるだろうねぇ。家に、手ぶらのオーカー司祭を送り込んでくるヤツらがいるところだし。とはいえ、できる事なら金輪際教会連中とは、関わり合いになりたくはない。まぁ、無理だろうが。


「いいえ、これ以上は結構です」

「金銭であれば、此方の裁量である程度の額まではお約束できますよ?」

「いりません」

「ハリュー姉弟のお二人が洗礼をしていただけるならという前提が必要になりますが、それなりの地位の聖職をお約束する事もできますが……」


 聖職ねぇ……。教科書に載っていた、貴族と聖職者が石に乗って、その下の平民を踏み潰している風刺画を思い出した。

 この時代、まだ貴族や聖職者の権力は、そこまで絶大ではない。農民は重要な兵力であり、中央集権化が進んでいない各国において、地方領主とその領民たちは、たとえ国王や聖職者であろうと、おいそれと蔑ろにはできないだけの力がある。町の市民たちとて、農具を手に立ち上がれば立派な兵力だ。

 とはいえ、それでも特権階級は特権階級である。身分的には平民から脱却し、貴族と肩を並べられる存在になるという事だ。普通なら、それを得るのに躊躇なんてしないだろう。僕も、洗礼だけなら受けてもいいと思っている。


「必要ありませんね」


 だがいらん。僕はにべもなく、首を横に振る。

 聖職者なんぞになったら、神聖教の意向に縛られるという事だ。そして、神聖教の教義の根本は、人類は皆で協力し合って、ダンジョンを絶滅させましょう! というものだ。そんな宗教に深入りすれば、どこかでダブルバインドに陥ってしまう惧れがある。

 聖職者になるくらいなら、まだ貴族になった方がマシだ。いやまぁ、貴族も貴族で、領地だの義務だのに縛られるから嫌なんだけどさ……。


「そうですか……」


 心底残念そうに、エスポジートさんは肩を落とす。申し訳ないね。正直、この人はそこまで嫌いではない。交渉に対する姿勢は誠実だったし、なんとかして問題を解決しようという意思も見えた。どうやらご大層な身分らしいその名にかけても、約束を守るつもりはあったようだしね。

 今後、僕と教会勢力との関係は、かなり悪化するのがこの人にもわかっているのだろう。そして、彼女はそれを阻止したかったらしい。

 だが悪いね。教会の【神聖術】は、僕らダンジョン勢にとっては脅威でしかないんだ。人類しか持ち得ぬ武器であり、できる事なら信仰を揺るがし、弱めておきたい代物である。そういう意味でも、僕は教会に与するつもりはないんだよ。

 そうして、諸々の挨拶を述べてから、エスポジートさん率いる教会勢は去っていった。最後に、挨拶こそできなかったものの、オーカー司祭がこちらにぺこりと頭を下げていったのが印象的だった。

 今回もまた、あの人が男性なのか女性なのか、わからなかったな……。



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