第128話 サイタンの戦い・6

 ●○●


 一気に敗走するかに見えた帝国軍だが、右翼が伯爵軍の攻撃を持ち堪えていた。逃走した左翼と中央も、その背後に集まりつつある。


「すごいな。あの状態から持ち直すか」


 感心するディラッソ君に、僕も同意して頷く。てっきり、一気にあのまま勝敗が決するものかと思っていたが、予想に反して事態は膠着した。

 理由は、帝国軍左翼がこちらの攻撃を受け止め、持ち堪えているからだ。敵左翼は、たしかに無傷に近い状態だったが、だからといって一連の戦闘の影響がないわけがない。帝国軍右翼と中央が敗走したともなれば、兵らの士気も挫けると予想していたのだが……。


「敵左翼の指揮官は、かなり優秀な者なんでしょうね」

「そうだな。とはいえ、敵も苦しかろう。このまま攻め続ければ、いずれは突破できるはずだ」

「そうでしょうが……、その前に敵が持ち直すと厄介ですよ?」


 帝国軍左翼が持ち堪えられている理由は、その部隊指揮が巧みだった事もあるが、伯爵軍も敵陣右翼、中央を突破してきたせいで、陣形が乱れていたのが大きい。すっかり掃討戦のつもりだっただろうし、組織立った動きに出づらい体勢で、敵の強固な守りに攻め倦ねていた


「マズいですね……。もしもあそこに、体勢を立て直した敵が突っ込んでくれば、形勢は逆転します」

「敵の騎兵が怖いな……。数が少ない分、編成も行動も早かろう。こちらの歩兵が乱れている状態という事は、騎兵突撃に対して槍衾を敷けない状態だという事だ。騎兵突撃を敢行するなら、絶好の機といえる」


 やはり、中世最強戦術である重騎兵突撃チャージは強いね。銃器のない戦場においては、騎兵突撃こそが正義だったというのも頷ける。


「【雷神の力帯メギンギョルド】も、個人の武勇だけではどうにもなりませんね。チェルカトーレ女男爵なら別でしょうが、あちらも魔力切れのようですし」

「うむ……」


 戦場から、砲弾が着弾するような轟音と振動が伝わらなくなって久しい。この場面で、サリーさんが手を控えた理由は、魔力切れ以外には考えられない。

 攻勢に打って出てからこっち、サリーさんは一方的に制空権を握り、上空から攻撃を繰り返していた。その効果はすさまじく、一人だけ戦争の次元が数世代隔絶していた。

 いってしまえば、中世の鎧騎士相手に、戦闘ヘリで無双するようなものだ。いやまぁ、攻撃手段はほとんど投石だから、流石に戦闘ヘリというと少々過大評価というきらいはあるが……。

 あのパンチ力があれば、ここで一気に敵陣を撃破し、勝敗を決定的なものにできただろう。きっと彼女も、掃討戦だと思って、大盤振る舞いしてしまったに違いない。

 そうでなくても、転移術と属性術を同時併用では、魔力の消耗は大きいだろう。セイブンさんを超える燃費の悪さだが、成果を思えばその継戦能力を補って余りある。

 彼女がいる限り、第二王国は諸外国に対して、戦術上はかなり優位に立てるだろう。それは、ダンジョン攻略においても同様だ。彼女が一人いるせいで、第二王国圏のダンジョンは、飛行可能なモンスターや、それを利用した地形のダンジョンが、十全な成果を見込めない。

 少なくとも、わざわざ飛行可能モンスターを用意し、そのモンスターに適した形状のダンジョンを作ってまで、飛行アドバンテージを取る意味は、あまりない。

 かといって、彼女の為だけに対策を講じるというのも、費用対効果としては下の下だろう。それなら、端からそんなエリアもモンスターも作らなければいいという話だ。


「思った以上に厄介だな……」


 思わず口をついた愚痴だったが、ディラッソ君たちには、帝国軍に対するものに聞こえただろうから、放っておいていいだろう。サリーさん対策は、この戦が終わったあとにでも、グラと話し合おう。……あまり建設的な話し合いにはなりそうにないが。

 それよりもいまは、さっさとこの戦を終わらせてしまおう。ここで逆転されたら元も子もない。


「グラ?」


 僕は小指の指輪に呼びかける。これだけ近ければ、タイムラグもノイズもなく通話ができる指輪からは、すぐに涼やかな声音が返ってきた。


『なんです?』

「いま、こっちの攻勢を防いでいる敵の集団はわかる?」

『まぁ、それくらいなら』


 グラは、地上の戦争に関しては、完全に無知である。戦のいの字も知らないといっていい。ダンジョンコアには必要ない知識なので、当然【基礎知識】にだって、そんなものは載っていない。

 なので、陣形だの右左翼だのといったところで、伝わらない惧れがある。

 だが、流石に現状ならば、そんなグラにも戦場はわかりやすい形になっている。一塊になっている味方の伯爵軍と、そこから外れた僕らが味方。そして、必死の防御でこちらの攻撃に耐えている、帝国軍元左翼と、その後ろで再編成に努める残りの帝国軍が敵という感じだ。


「その敵に、を見せてあげよう」

『良いのですか? 目立ちますよ?』

「構わない」


 僕はきっぱりと言い切る。


「帝国がどうしてこんな動きをしたのか、その理由や思惑こそ不明だけど、根本的な理由は、僕らが舐められているからだ」

『…………』

「ただの、在野の、少し腕の立つ魔術師姉弟。少なくとも、僕らへの支払いを渋って、こんな騒動を起こした連中は、その程度の認識だったのだろう」


 他にどのような思惑があるにせよ、恐らく根本にあるのは僕らに対する支払いをバックれようという魂胆のはずだ。僕も、当初からそうなる惧れもあると思って、いろいろ手を打ってきたわけだしね。


「アルタン以外では、僕らの知名度はなんてほとんど皆無に等しい。だからこそ、帝国も僕らを軽んじた」


 まぁ、帝国に限らないけどね。ゲラッシ伯の配下も、ヴェルヴェルデ大公も、最初は僕らを舐めてかかった。僕らはそいつらに、逆捩を食らわせて、こちらの存在を認めさせてきた。


「今回も同じさ。それに、グラがゲラッシ伯爵の家臣になるときにも、いい牽制になる」

『牽制ですか?』

「ああ。他の家臣に舐められたままだと、いろいろとちょっかいを受ける可能性がある。こういうのは、敵よりも味方の方が厄介だったりするからね」


 敵なら、こうして一撃食らわせれば大人しくなるのだが、味方だとそれが難しい状況が多い。そして、グラはきっと機を見て反撃するような事はせず、その場でやり返してしまう。そして、問題が大きくなってしまう。

 だったら、初めから僕らが武闘派である事、侮辱には過剰防衛をするという事を、ガツンと示しておく方が、後々の問題の発生を抑制できるはずだ。そのメリットは、死神術式一つを、おおやけのものとしてしまうデメリットを補って余りある。

 既に、そこそこ知られている【モート】でもいいかと思うが、二番煎じではインパクトの面で少し弱い。


『なるほど。わかりました。では、ピックアップしますので、そこで待っていてください』

「あーい。この戦の最後を彩る花火だ。派手に打ち上げようか」

『ふふふ。そうですね』


 最後に楽しそうにそう言って、小指の指輪は沈黙した。


「な、なぁ、ショーン殿? いったい、なにをしようとしているんだ? いろいろと不穏な言葉が聞こえてきたが……」


 声をかけてきたディラッソ君に、僕は満面の笑みで笑いかけると、竜の背を降りた。この先の戦闘に、リッツェを連れていくわけにはいかない。巻き込んで殺してしまう。


「勿論、敵の兵士を倒しにいくんです」

「そ、そうか……。それは助かるが……」


 奥歯に物が挟まったような、それだけじゃないだろう? とでも言わんばかりのディラッソ・フォン・ゲラッシ君。

 そして、それはその通りである。だが、ネタバラシをするわけにもいかない。

 これからビビらせる対象には、君も入っているのだから。

 既に伯爵家はこちらの人材価値を認めてくれているとはいえ、グラが家臣として仕官した際には、ディラッソ君こそが、もっとも頼りになる防波堤なのだ。だからこそ、齟齬がないようにきちんと確認して欲しい。


――これからここで、なにが起こるのかを……。



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