第32話 バスガル始動

「ああ、それね。たしかに問題が起きた。私の手駒であった間諜が、犯罪者として拘束された。だがまぁ、これは想定内。適当に自殺に見せかけて跡形もなく始末するから、僕らダンジョンコアの存在を嗅ぎ付けられる恐れはない」

「ふむ。しかしその手駒は、地上生命どもの動きを鈍麻させる為に使ったのだな。我のせいで、それを失わせてしまったというのは心苦しくはある……。すまぬな……」


 以前、敵方のダンジョンが放った間諜を、誤って破壊してしまったときにも思った事ではあるが、人間社会に潜り込ませられる手駒というのは、貴重なものだ。それを、当人の利害とは直接関係のないような理由で使い潰させてしまったというのは、実に申し訳ない。

 だが、こいつが想定の内だというのなら、そうなのだろう。あまり拘泥しても始まらない。感謝はしているし、この恩を忘れず、いつか借りを返せばいいだろう。


「だが、それは想定内なのだろう?」


 これまでのテンションが嘘のように、トーンを落としたゴーレム声に、我は疑問を返す。ゴーレムはやや難しい声音で続ける。


「ああ、うん……。問題は、人間たちの動きを察知する能力が下がってしまった点に加え、このタイミングで一級冒険者パーティが介入してくるという点が、それなりに厄介かな、と……」


 一級冒険者パーティ。それは、人間どものなかでも最精鋭の人材であり、多くのダンジョンが其奴らによって討滅された。我らダンジョンコアにとって、宿敵であり、天敵である存在だ。

 そんな者らが、我を討伐する為に乗りだした? それはたしかに、重大事であろう。


「順調ではなかったのか?」


 さっきそう言って笑い転げていたではないかと問えば、多少バツが悪そうに首をすくめた金属ゴーレムは、しかし前言を翻すつもりはないとくるくると首を回す。右回転と左回転で、首を振っているジェスチャーのつもりなのだろう。


「いや、順調だよ! 順調だとも! だけれどねぇ、私の間諜が捕らえられたタイミングで、一級冒険者パーティの介入に、動きのない出来たてのダンジョン……。盤面上は完全にこっちに優勢に動いているんだけれど、なぁんか嫌ぁな配置だなぁ……って」

「むぅ……。よくわからんが、要は、以後地上の情報が手に入りにくいと考えておけ、という事か?」

「まぁ、それもある。このタイミングで目を潰されたのは、想定内の事態とはいえ、結構痛い……。優勢に動いているはずの攻防で、相手の手が読めなくなり、かつ不穏な気配があるというのが、どうにも気がかりでね」


 暗がりに鬼を繋ぐような調子で語る、金属の棒を組み合わせたようなゴーレム。この者にしては珍しく、自信のない様はある種不気味ですらある。あれこれ心配するよりも、さっさとやってみて、問題が起きたらその都度対処すればいいと思うのは、短絡過ぎるだろうか。


「他にもスパイは放っているんだけれど、残念ながらいまからこの町や冒険者ギルドに深く食い込む事は不可能だろう。それよりも、こちらが行動する方が早いしね」

「なるほど。であれば問題ない。準備が整い次第、早急に事を起こし、さっさと町の地上生命を呑み込んでしまえば、相手がなにをしようと後の祭りよ」

「……まぁ、たしかにね。巧遅は拙速に如かずともいう。下手の考え休むに似たり、考えすぎて縮こまり、身動きが取れなくなるのは愚策だろう。うん、それでいいと思う」


 我の言葉を、ゴーレムはこくこくと頷きながら肯定する。なにやら小難しい事を言っていたが、要はごちゃごちゃと御託を並べるよりも、さっさと動く方が正しいという事なのだろう。

 うむ。下手の考え休むに似たり。しっくりくる言葉よ。


「ならば、少々無理をする形であろうと、早急にダンジョンを広げてしまった方が良いのではないか?」

「それはどうだろう……。いや、たしかにすぐに町全体をカバーできる程にダンジョンを広げられれば、私たちの計画はもうなったも同然だ。だが、それは否応なくアルタンの住人たちの危機感を掻きたてる。当然、ダンジョンの攻略には全力が傾けられるだろう。件の一級冒険者パーティとて同様だ。そして、それだけ性急に事を進めたとて、アルタンの町は存外に広い。すべての段取りを終えるまでには、それなりの時間がかかる。その間、私たちは二正面の対処に煩わされねばならない。そうなると、どっちも中途半端になる可能性がある」

「むぅ……。そうか……」

「焦るなよ、バスガル。急いては事を仕損じるともいう。ある程度までダンジョンが広がれば、一気に事態を動かしてもいいとは思う。まだ少し、それは尚早というだけの事。もうすぐ、もうすぐさ。言ったろ? 事態は順調すぎる程に順調に推移しているって」


 ヤツは、それまで鳴りを潜めていたふてぶてしさを滲ませて、再び楽しそうに言った。我もまた、そいつが語る未来に希望を抱きつつ、ニヤリと口を撓める。口端からチロチロと火の粉が漏れ、薄暗かった室内が明滅する明かりに照らされる。


「そうよな。楽しみだ。実に楽しみだ。地上の町を一息に呑み込み、我は、深く、広く、たしかな強者へと成長を遂げてみせよう。その暁には、此度の一件の恩は、必ず返すと約束する」

「いやいや、構わないとも。どうしても借りを返したいというなら、そうだね……、私と同じように、中小規模のダンジョンを支援してあげて欲しいかな。そのくらいのダンジョンは、簡単に討伐されちゃうからね」


 ほぅ。なるほど、それはなかなか、理想的な互恵関係だ。種全体を見れば、それが最善といっていい。理想的すぎて、理想論的とすらいえるかも知れない。

 だが、そうだな。


「うむ。我は必ずや、後発の者どもを導くと誓おう」

「ダンジョン版ペイフォワードだね。まぁ、それもこれも、今回の計画が上手くいけば、だけれどね」

「そうだな」


 我らは頷き合い、計画の成就を誓い合った。

 一級冒険者パーティだろうと、同胞のダンジョンコアだろうと、立ちはだかる者は必ず打倒し、勝利し、大規模――超プレート級ダンジョンへと至る為に。



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