第29話 雑談の道中

 ●○●


「なぁ坊ちゃん。そろそろ絡繰りを教えてくれよ?」


 依頼を受けた翌日は、諸々の準備と休息にあて、さらにその翌日、僕、グラ、チッチさん、ラダさん、ケーシィさん、ジョンさんの六人は、再びパティパティア山中を探索していた。イミとウーフーには、サイタンでのお使いの他は、基本的には自由時間だ。

 まぁ、僕らがいない間の留守居という役割もあるのだが。

 そんな探索中に、ジョンさんがどこかお道化るような態度で話しかけてきた。話しかけつつも、周囲への警戒を怠らない点は、流石はベテランの斥候といったお点前だ。

 話を振ってきたジョンさんだけでなく、ケーシィさん、チッチさん、ラダさんも、その内容が気になっていたのか、興味深げな視線が寄せられていた。


「絡繰りと言いますと?」

「とぼけなさんな。お前さんらが、帝国金貨で報酬を受け取る件さ」

「ああ、その事ですか。別に、絡繰りという程たいした話ではありませんよ」


 僕はそう前置きしてから、ジョンさんに説明する。

 まぁ、話を要約すると、帝国金貨の相場は早晩落ち着きを見せ、これまで以上に価値が高まる可能性がかなり高いというだけの話だ。絡繰りというのなら、僕らがアルタンを拠点にしており、アルタンはベルトルッチ平野に近く、帝国がナベニ共和圏を支配している以上、あの辺りでの帝国貨幣の需要が高まる予想があるからだ。

 逆に、ナベニ共和圏発行の通貨は、今後下落を余儀なくされるだろう。特に、ウォロコ大銀貨やシヴァーナ大銅貨なんかは、現時点でも価値の下落が顕著だ。既にアルタンでは、その二種の貨幣はほとんど使えないといっていい。

 まぁ、ウォロコ町やシヴァーナ村が、今後も通貨発行権を有せるかは、帝国の胸三寸だものね。

 今後のベルトルッチ平野東部の帝国戦領地における商売においては、帝国貨幣の方が重宝されるだろう。逆に、ナベニ共和圏内の貨幣はどんどん価値が落ちていくと予想される。

 まぁ、敗戦国の常だね。現代のような不換紙幣ではないので、いきなり価値が〇になるという事はないが、さりとてなにかと兌換だかんできるわけでもない。ウォロコやシヴァーナが実権を取り戻せなければ、その内使えなくなるだろう。歴史資料として、いくつかストックしておくか。


「特に、帝国の三公であるハップス大公領の有力者、ポールプル侯爵の弱体化がありますからね。相対的に、帝室の権威は増し、貨幣相場にも影響が出てくるはずです。まぁ、投機目的で集めるには、ちょっとリスクが高いですが」


 帝国内での帝室の権力増大は確実だが、下手にネイデール金貨を大量に保有したあとで、帝室が金貨の純度をあげての再発行などと言い出したらかなり厄介だ。だが、ポールプル侯爵からの朝貢が増えるのなら、それもあり得ない話ではない。

 国境を跨いでいる以上、交換にも手間がかかる。商売に使おうにも、帝国商人だって足元を見てくるだろう。手間と必要経費、さらにそこから得られる利益とリスクを勘案して考えたら、第二王国内で大量保有するような代物じゃない。


「「「…………」」」


 僕の説明に、四人はぽかんとした表情のまま呆けていた。これはたぶん、理解が追い付いていない授業の際に、睡眠呪文を唱えられている気分なのだろう。結構噛み砕いて説明したつもりだったのだが……。


「――するってぇとなにかい? 俺たちも、ネイデール金貨で受け取った方が得だったってぇ事かい?」


 いち早く我に返ったジョンさんが訊ねてくるが、こればかりは無責任に肯ずるわけにはいかない。


「いえ、そこはわかりません。頻繁に帝国から商人が訪れるサイタンであれば、まず損はしないとは思いますが、得をするかと問われると……、正直保証しかねます」

「なんだい、煮え切らねぇな……」

「僕らはあくまで、アルタンが拠点ですから。そこで少し寝かせて、金貨の相場が落ち着いてから商人に流すという形なので、ある程度の利鞘は見込めますが、サイタンとなると……」


 既に戦争が終結している以上、相場が落ち着くのは間違いない。そのうえで、共和圏貨幣が暴落し、帝国貨幣の需要が高まる場所に近いからこその判断だ。


「利益が出ても、それこそ銀貨数枚とかでしょうし、サイタン在住であればあまりおススメはできませんね。【愛の妻プシュケ】のお二人であれば、このまま聖シカシカ金貨でもらっておく方がいいかと思いますよ。ギルドがネイデール金貨での支払いを渋ったのも、報酬として渡したあとの相場変動で、お二人に損をさせたくなかったからかと思いますし」


 冒険者ギルドというのは、基本的に冒険者の権利を守る為の組合だ。依頼人との交渉や、報酬の取りっぱぐれ、安請け合いを防ぐ役割がある。報酬支払後に損をする可能性を考慮すれば、比較的安定している貨幣での取り引きを勧めるのも当然だろう。


「え!? じゃあ、アタシらの報酬って、すぐに使えないのかい!?」


 酷い詐欺話にでもあったかのような、悲痛な声音でラダさんが問いかけてくる。なにをいまさら……。なお、チッチさんとラダさんは僕らの真似をして、今回の報酬をネイデール金貨で受け取るとギルドに言っている。

 まぁ、金貨の投機なんて、ある程度財産がある者でなければ、できる事じゃないしね。


「落ち着けラダ、あっしらには今回、ショーン様からいただいたおあしが、行き帰りの分がある。ちょっとの間、手元で寝かせるくらいの余裕はある」

「そ、そうだよなっ! ショーンの旦那からの報酬があれば、食うに困るってこたぁないよな!?」

「お前が散財しなけりゃな」

「う゛っ……」


 やはりというべきか、このコンビの財布はチッチさんが握っているらしい。まぁ、ラダさんに任せると、宝石に注ぎ込みそうではあるしね。

 そんな二人のやり取りに、金の匂いを嗅ぎつけたのか、ジョンさんが声をかけてくる。この人、斥候としては優秀なんだろうが、かなり口数が多いな。斥候の腕前も、チッチさん程ではない。


「そりゃなんの話だ? 儲け話なら、俺たちにも一枚噛ませてくれよ」

「いや、そういう話ではないんだが……」


 そう言って、チッチさんがこちらを見る。依頼内容について、他所の者に話してもいいのか、依頼主であるこちらに諮っているのだろう。別に問題ないが、ここは僕らが説明する方が、いろいろと角が立たないと思う。


「一昨日の会議室に、我が家の使用人がいたでしょう? あの二人の、斥候としての腕前の確認と、一応護衛をお二人には依頼していたんですよ。いずれ二人には、僕らのパーティの斥候を担ってもらうつもりなので」

「ははぁん。要は、斥候を外注しようってワケだ。いいねぇ、金があるヤツってのは。さっきの話もそうだが、噂通り随分なお大尽なようで」


 コミカルな範囲で、こちらに嫌味を言って笑いかけてくるジョンさんに、僕は苦笑して肩をすくめる。ここで謙遜しても、本当に嫌味にしかならないしね。


「ところで、【愛の妻プシュケ】っていうパーティ名について気になってたんですけど、聞いていいですか?」

「あー……、良く聞かれんだよ。なんで男二人のくせに、神に愛された美女の名前をパーティ名に冠してるのか、だろ?」

「はい」


 答えは、ジョンさんの代わりにケーシィさんから聞こえてきた。ジョンさんの方は、こちらへの返答をケーシィさんに任せて、スルスルと立木の奥へと消えていった。


「元々は、ただの酒の勢いだな。『いつか、愛の神に愛されたような美女を捕まえて、冒険者なんぞ引退すんだー!』みたいなノリで付けたんだよ。五級になったときに、いよいよ俺たちもパーティ名があった方がいいってんで、アレコレ案を出しつつ酒盛りしてたら、一番ねーだろってのを選んじまったのさ。で、間の悪い事に、その場に居合わせたホルミーに提出しちまったってだけの話さ」

「なるほど……」


 そう考えると、やっぱりさっさとパーティ名を決めたのは悪くなかった。

 おっと。ジョンさんが戻ってきたと思ったら、一体のモンスターを引き連れている。どうやら、彼がパーティを離れたのは、コイツを上手く釣り出す為の囮役だったらしい。

 ただの黄鎌田螺イエローシックルスネイルだし、この人数で囲めば確実に倒せる。無理せず、完全にこちらの殺し間にモンスターを誘導する辺り、やはりジョンさんもなかなかの腕前だ。評価を改めておこう。


 そんな風に、雑談を交わしながら、道中は和やかに過ぎていった。幸いな事に、今度こそ暗殺者が索敵網に引っ掛かる事はなかった。

 流石に【愛の妻プシュケ】の二人がビックリするからね。



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