第26話 ピクニックと警戒対象の発見
〈3〉
前日の宴でたまったストレスを発散すべく、チッチさんとラダさんに連絡を取り、適当な依頼を受けて、サイタン近くのパティパティア山麓へと赴く。目的は一応、往路と同じくイミとウーフーの、斥候としての能力育成になっているが、本当は適当なモンスターでも狩って、ストレス発散をしたいのが本音だ。
いつの間にか、モンスターハントがストレス解消になっているのだから、僕も随分とこの世界に慣れてきたものだ。最初は、あのカピバラもどきにすらビビってたってのに……。
「緑の匂いが心地いいね。外出てきて良かったぁ……」
「ええ。特に、我々以外が存在しない空間というのが素晴らしいです」
肺一杯に、森林特有の草木と土の匂いが強い空気を吸い込み、大きく伸びをすると、隣のグラも同じように大きく息を吸い込んでから、清々しいとでもいうように、そうこぼした。
どうやら昨日のお披露目は、影武者と入れ替わっていても気疲れするようなものだったらしい。まぁ、人間からすればモンスターの群れに囲まれるようなものだ。周囲すべてが敵性生物というのは、心休まる空間とはとても言えまい。
「ふふ……」
それにしても、あのグラが使用人どころか、外部の人間であるチッチさんやラダさんを含むこのパーティを我々とはね。随分と、団体行動にも馴染んできたものだ。
そう思ってこぼした笑いの意図が読めなかったのか、グラは訝し気に首を傾げていた。なんでもないと首を振ったタイミングで、呆れたようなラダさんの声がする。
「一応ここは、パティパティアの山林なんだがねぇ……。中級冒険者辺りなら、命懸けの探索だってのに、アンタら二人にとっては気分転換のピクニックなのかい?」
「失礼。別に完全に油断してるわけじゃないんですよ?」
この状態でも、チッチさんやイミたちの索敵網の隙間を縫って襲ってくるようなモンスターに、対処する自信はある。森林っていうのは、隠れる場所はたしかに多いのだが、同時に草木を完全に避けて移動するのも難しい場所でもある。そうなると必然、その動きや音で近付くものの存在に気付けるわけだ。
無論、頭上や完全に地中を移動してくる相手は、その限りじゃないが。
「いやまぁ、いまだに六級冒険者であるアタシが、上級冒険者のアンタらに口出しできる事じゃあないんだけれどね」
「いえいえ。たしかに階級は僕らの方が上ですけど、それは戦闘能力と以前のバスガルのダンジョンの件が評価されてですから、運が良かっただけです。経験の面では、先輩であるラダさん方に頼り切りですよ。僕らは特に、冒険者としての経験が浅いですから」
僕ら姉弟の、冒険者としての探索経験は、同階級の冒険者たちと比べたら、圧倒的に浅い。どころか、中級冒険者にだって劣るだろう。故に、まだまだ彼らから学ぶ事は多いのだ。
冒険者としても、ダンジョンとしても……。
「随分と、先輩方を頼りにさせてもらっていますよ」
「そうかい? まぁ、そう言われるとあまり悪い気はしないねえ。ま、アタシはアンタらに教えられるような、斥候の技能なんざないんだけどさ」
そう言って呵々と笑うラダさん。比較的マッシブな体付きは、こないだ会ったティコティコさんを彷彿とさせるし、性格もかなり近いものを感じるが、ラダさんにはあまり隔意を抱かない。まぁ、貞操的な危機感を覚えないので、当然ではあるのだが、このカラッとした性格の影響も、多分にあるのだろう。宝石が絡むと、結構ジットリするが……。
「少し休憩するか」
「はい!」
「オイラお腹減ったぁ! 旦那様! おやつにしよ、おやつ!」
そうこうしている内に、周辺の探索に出ていた斥候の三人が戻ってくる。相変わらずウーフーは騒がしいが、離れている間は声がまったくしなかった事から、仕事自体は真面目にやっていたのだろう。
「おやつって……。いよいよピクニックじみて来たな……」
峠越えのときにも思ったが、チッチさんラダさんと僕らという組み合わせは、たぶん他所から見たら冒険者一行には見えまい。一応これでも、上級冒険者パーティなんですけどね……。
文句を言いつつも、手軽にエネルギー補給ができる甘味は、冒険にはお誂え向きの食材なので、それなりに保存の効くものを用意している。といっても、果物の砂糖漬けみたいなものだ。
正直、甘ったるくて好きではない。小豆があれば、羊羹にしたんだけどね……。あれ、結構保存性が高いらしく、冷蔵庫がなくてもそれなりに長持ちするんだとか。まぁ、作り方とかは調べた事がないので知らないが。
まだしも、チョコレートの作り方の方が、思い出せる可能性が高い。一応調べた事はあったと思う。もうほとんど覚えてないが……。まぁ、カカオないし、牛乳が高級品なので、再現ができてもまず冒険者のお供にチョコレート、なんて事にはならないだろうが。
「んん~。冒険のいいところは、こういう甘味が食べ放題なトコだよねぇ」
ただ、そんな甘ったるいだけの砂糖菓子も、ウーフーにとってはご馳走だったらしい。いや、彼だけでなく、イミやラダさんも笑みを浮かべて舌鼓を打っている。
いかにスパイス街道沿道のアルタンにいるとはいえ、砂糖は高いは高いからなぁ。あまり頻繁に、庶民が甘味にありつけるものでもないか。
一応、保存食も甘いは甘いが、あれはなんというか、獣脂や海獣の脂に砂糖をぶち込んで、適当に燕麦で固めたみたいなもので、美味しくないからな。
「――ッシ!」
それまで和やかなおやつタイムだった場に、一気に緊張が走る。甘味に緩んでいたチッチさんの表情が引き締まり、誰も声を立てないよう、口の前で人差し指を立てる。
その事に、イミ、ウーフーも緊張を顔に貼り付けて、周囲を窺う。ラダさんは、鉈のような剣を、音をたてないようにゆっくりと抜く。僕も、腰から斧を抜きつつ、どんな危機にも対応できるよう、周囲に気を配る。
グラは自然体だったが、その姿こそが最大限の警戒態勢だ。なにより、両手がフリーな為、いつでも腰の刀を抜ける状態である。
全員が一塊となって警戒していたそのとき、全員に沈黙を強いていたチッチさんが、大きな声で警告を発する。
「――来るッ!! 上だッ!!」
全員が、一斉に頭上を見上げる。そこには、翼を広げた大きな鳥が、こちらを目掛けて滑空してくるところだった。
翼を広げた横幅は、ゆうに三メートルを超え、頭の先から尾羽まででも五メートルはあろう怪鳥だが、見た目は猛禽というよりも、ちょっとずんぐりした山鳥だ。というか、暗めのグリーンを基調とした羽毛に、目の周りの白い模様。外見は完全にメジロである。大きさ以外は。
そして勿論、大きさが違う以上は、これが普通の山鳥であるわけもない。鳥系のモンスターであり、そしてなにより、こいつは――
「――ッフ!」
鋭く息を吐きつつ、こちらに向かってくる巨大メジロに向かって斧を投擲する。脳天に向かって飛来した斧を、一羽ばたきした巨大メジロは、悠々とその攻撃を回避する。
だが、そこは完全にこちらの殺し間だ。
いつの間に移動したのか、巨大メジロの逃げ道に飛翔していたグラが、素早く腰の刀を抜き打つ。これを回避する事はできず、巨大メジロは特に見せ場もなく、あっさりと頭を落とされて、胴体もクルクルと地面に落ちる。流石に巨体故、落ちたときはズシンと腹に響く落下音だったが。
続いて、ストンと何事もなかったかのように、グラが着地する。さらにおくれて、ようやく巨大メジロの頭が落ちてきた。
僕は地面に落ちたそいつを見て、確信する。
――うん、コイツ、ウチのダンジョンから排出したヤツだ。
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