第68話 人間の生命力の理
私の打ち下ろしを、スタンクは左の二の腕の手甲で、擦るようにして弾いてみせる。まさしく、流石の手腕といえるだろう。だがしかし、スタンクの放つ右の拳も、私は弾かれた刀を構え直す為に曲げた肘で弾く。
……――しかし、なるほど。依代と本体のコアでは、やはりここまで性能差が生まれるのか……。
スタンクの右拳は完璧に近いタイミングで、その軌道を逸らす事に成功した。だというのに、体にはビリビリとダメージが残る。本体のコアに比べ、依代というのはなんと脆弱なものだろうか。
初めて依代を作り、意図せず私とショーンとが離れて生活するようになってからこっち、あの子はこんなにも危うい鎧をまとって危険に身を投じてきたのかと思うと、ゾッとする程にぞっとしない話だ。
実際、あの子の依代は一度、完全に破壊されてしまっている……――
「まだまだァ!!」
スタンクは逸らされた拳を引き戻しながら、私に肩でぶつかってくる。なるほど、このタイミングでここまで距離を詰められると、刀では対処が難しい。刀を振り下ろす為にはあと数瞬必要であり、その後は間合いの内で攻撃が難しい。無手の間合いで刀を使うのは、非常に困難だ。
「ぅらぁ!!」
スタンクのショルダータックルを、衝撃を和らげるようにふんわりと受け止めつつ私は後方に飛ぶ。やはりそれでも、衝撃は殺しきれない。ある程度のダメージを負いつつも、ころりと地面を一回転したあと、そのまま立ちあがって刀を構える。
追撃に移ろうとしていたスタンクも、私の体勢にまったくのブレがないと覚り、足を止める。このタイミングで不用意に間合いを侵すのは、危ういと察したのだろう。
「ふむ……」
以前戦ったエルナトもなかなかの手練れだったが、このスタンクも実力的にはかなり近いものがある。ただ、エルナトとこの男とでは、どこかが違う。上手く表現できないが、技に籠っている想念とでもいうべきもの、あるいは到達高度は近くとも、根本の出発点が違う為に、まったく違う代物とでもいおうか……。……やはり上手く言い表せない。
「どうした、お嬢ちゃん? ご自慢の剣が役立たずで、焦ってんのかい?」
「自慢の剣、ですか?」
「ああ。その歳で、それだけの使い手は俺も初めて見たぜ。なるほど、天狗になるのも頷けらぁな」
別に自慢に思った事などない。そもそも、私の八色雷公流はほとんどエルナトの動きをコピーしただけのものだ。実際の技量では、正直大本のエルナトにも届いてはいないだろう。勿論、いずれ彼にも勝るのは確実だが、いまはまだ未熟といわざるを得ない。
あのとき私が彼に勝てたのは、彼の動揺もあったが、それ以上にダンジョンコアの性能があったればこそだった。流石に、いきなり見様見真似で本人以上の技量に至れる程、常軌を逸した能力はない。もしそれができるなら、どんな英雄が現れようとも、ダンジョンコアは地上生命になど負けはしないはずだ。
私が考え込んでいるのを、図星を突かれたと勘違いしたのか、意気揚々とスタンクは鼻で笑う。
「はッ。だが、世の中上には上がいる。そういう自信過剰なメスガキの、高くなった鼻っ柱をへし折ったときの、絶望の表情はめちゃくちゃそそるんだよなぁ……。その八色雷公流の技が、全部崩されたときのお前の表情を見るのが、ホントに楽しみだぜ……」
「そうですか」
この男が、この殺し合いになにを求めているのかなど、心底どうでもいい。私はそう言って、刀を構え直す。
私の淡白な答えが不満だったのか、スタンクは愉悦の笑みを引っ込めて、つまらなそうに構えを取り直す。そこからまた、互いに間合いを測り合う。刃を寝かせて八相に構えると、男は顔の横を左腕で庇うような構えをする。
「そうそう。あなたの生命力の理は、なかなかのものですね。記録できないのが残念な程です」
私がそう言っても、スタンクには意味がわからなかったようで、わずかに表情を動かしただけだった。
エルナトとの戦闘は
「生命力の理というものは、一概にこれが正しいというものはありません。個人差がありますし、才能にも左右されます」
たしか、ショーンがこう評していたと思う。魔力の理――というよりも、【魔術】は論理であり、数理であり、物理であるが、生命力の理は生理学的だ、と。そこに『正しさ』が存在するのは間違いないが、『絶対』は存在しないのだ、と。
まぁ、実をいえば魔導術あたりは、モンスターの魔導器官を研究する必要に迫られるし、それこそ【魔法】もある為、魔力の理もかなり生命活動を学術的に観測する必要はある。【神聖術】に至っては、逆に根本的に他の魔力の理の概念から外れた術理である為に、生理学的どころか、あらゆる学術の範疇から外れるようにすら思える。
とはいえ、生命力の理に対するショーンの見識は、概ね間違いないだろう。
人間が走るのに際し、恐らくは『正しいフォーム』というものは存在する。だが、そこから逸脱したとて、走れないわけではないし、フィジカルや環境の面からその正しいフォームよりも速く走れる者がいる可能性とて十分にある。あるいは、既定の『正しさ』が覆される可能性もあるだろう。
走るという結果が変わらないのであれば、その過程で身体機能がどのような動作をしていようと、あまり気にしないという者は多いだろう。
「だからこそ、あなたやセイブンのような、異端の存在が時折現れる」
まぁ、流石にセイブンとこの者を比べるのは、いささか過大評価が過ぎる。あの者は、間違いなく人類側における最高峰の戦力である【英雄】だ。私もそう何度もあれの動きを目の当たりにしたわけではないが、それでもその実力の片鱗は窺えた。
眼前のスタンクは、それに比べれば二段か三段は落ちる。やはり、あのエルナトと同程度というところだろう。
「やはり、人間の生命力の理の運用というものは、人間が一番長けているのですね……」
最後はぼそりと、誰に言うでもなく口にする。相手に聞こえていようといまいと構わない。そもそも、これから死ぬ者の耳に届いたとて、意味のない言の葉だ。
我々ダンジョンコアの形状は、この星に生きとし生ける者の姿を模しているといわれている。私のような人型ダンジョンコアや、バスガルのような竜型のダンジョンコアもあれば、虫や動物、果ては無機生物型のダンジョンコアというものも存在するらしい。
それ故に、基礎知識には生命力を運用して戦う方法は、本当に基本的なものしか載っていない。
やはりダンジョンコアの形態によって肉体そのものが変わってくる以上、一元的な生命力の運用などという知識を載せても、害になるばかりで役に立たないという判断なのだろう。ダンジョン運用に必要な生命力の活用方法は載っているのに、戦闘方法が載っていないのだから、それは間違いないだろう。
故に、眼前の人間はいいサンプルだ。私たち人型ダンジョンコアにとっての、最適な生命力の理の運用方法を観察する為に、私は刀を構える。
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