第74話 ディラッソ君とマニアックな話

 ●○●


「そうなのだ! だから僕は、現在の重騎士突撃を至上とする、戦術のあり方はいかがなものかと考えているんだ! かつて、大帝国時代にあった軍団レギオーのような、柔軟な軍を主眼に置くべきだと思うのだ。場合によっては、我々領主軍は国境防衛軍リミタネイとし、国軍が野戦軌道軍コミタテンセスという形に戻ってもいいとすら思っている」

「それは論理が飛躍し過ぎていると思いますね。なにより、国庫の負担が大きすぎます。また、封建国家である第二王国で、国軍が力を持ちすぎる事も、その為に他の貴族が負担を強いられる事も、すぐに受け入れられるとは思えません。かつての大帝国のあり方から学ぶ事そのものは否定しませんが、踏襲は控えるべきでしょう。なんとなれば、その軍制を採っていた大帝国は、南北に分かたれたのち、その片割れが亡びたのが現状です」

「むぅ。それはその通りだが……」


 僕の指摘に、ディラッソ様が口惜し気に押し黙る。持論が否定された事に不満はあるものの、その論旨には文句を付けられないといったところか。


「では、ショーン殿は現状の騎兵偏重の戦術で良いと考えているのか? 歩兵同士をぶつけて、槍衾を築けない程度に混乱させたところを、重騎兵突撃で突破する。現状の戦術らしい戦術といえば、それだけだ。明らかに、かつての大帝国時代にあった軍団レギオーよりも退化している」

「まぁ、それはたしかに。軍の柔軟性の面でも、指揮官の対応力の面でも、憂慮すべき事態ではあるでしょうね。進化したのは、装備の面だけですか……」

「そうだ。製鉄技術、そして属性術の発展によって、武装が整ってしまったのが、戦場から戦術が消えてしまった最大の原因だ。おかげで、戦争はいかに重騎突撃を成功させるかにかかってしまっている」


 嘆かわしいとばかりに、盛大にため息を吐くディラッソ様。

 あれから僕らは、本当にただの雑談に移っていた。といってもそれは、彼らが帰るまでの、ちょっとした時間潰し程度のものだと思っていたのだが……、思った以上に話に熱が入ってしまっている。

 どうやらディラッソ様は、現状の軍制に一家言あるらしく、その点をつらつらと愚痴っているのだ。それを、ただの平民である僕に言っても仕方がないだろうに……。


「しかしディラッソ様、いくら騎兵一辺倒な現行の戦闘教義に不安があるからと言って、かつての歩兵偏重に戻すわけにはいきません。それは結局、退化でしかないでしょう?」

「なるほど。その言はもっともである。しかし、戦術のせの字もないような現状よりも、かつての歩兵偏重の、その……、戦闘教義? に戻した方が、まだ柔軟に動けるだろう?」


 ディラッソ様は恐らく、指揮官が馬鹿の一つ覚えのように騎兵突撃を繰り返す戦場に、漠然とした脆弱性を感じているのだろう。それが現在の主流の戦術であろうと、そのようなものに、己や家族、領民の命を懸ける事に対して、強い不安を抱いているのだ。

 それは、ある意味正しい。だが僕は、ディラッソ様の案を否定する。


「柔軟性という観点からはそう言えるかもしれませんが、歩兵偏重では機動力が足りません。また、騎兵の機動力、突破力は、依然として戦場の脅威です。どれだけ自由に動けたとて、戦場においては速さこそが正義です。ディラッソ様の案では、第二王国の主力たる騎士たちの価値を貶め、敵の騎兵の活躍を補助しているようなものです」


 機動力に劣る歩兵主体の軍では、恐らくは騎兵にいいように掻き回されて、結局は騎兵突撃の餌食だろう。それでは、既に大昔に破られた戦術に退化しているだけだ。

 それがわかっていたのだろう、ディラッソ様も神妙な調子で頷く。


「ふむ。至言だな……。なにより、そのような戦術転換は、第二王国の多くの貴族たちから反発を受けるだろう。国は、騎士たちに爵位を与えてまで、騎兵戦力を維持しているのだ。突然騎兵の戦術的価値が激減すれば、騎士として貴族になった者、または貴族の義務として騎士の技能を培ってきた者にとっては、死活問題ともいえる。軍制だけではない、第二王国全体の政治問題にも発展しかねん」


 そこまでは思わないが、少なくともみだりに提案していい話ではないだろう。そして、いまだにゲラッシ伯爵家の組織体系に組み込まれていない、僕の前でするべき話でもない。

 だが、それでもなおディラッソ様は、真剣な表情で話を続ける。


「しかし、僕は不安なのだ。このまま同じ事を繰り返していては、いずれ我々は、致命的な敗北を喫するのではないか。僕だって、騎兵の機動力と突破力は知っているが、さりとてそんなもの、攻略法を考えろと言われればいくつか思い付く。僕自身が騎士なのだから、その弱点は知っているのだ。そのような策に頼り切りでいる事は、次期領主としても第二王国の貴族としても、許されないのではないか、とな……」

「まぁ、そのお言葉は理解できますね」


 実際問題、中世がいつ終わるのかという点には、様々な観点から意見がある。経済的な側面から、あるいは政治的な側面から、はたまた技術面から見た時代区分というものもある。

 だが、一つ言えるのは、軍事的な側面から見た中世の終わりは――騎兵の価値の低下という、かなりわかりやすいターニングポイントが存在する。

 日本でいうなら長篠の戦い、ヨーロッパならチェリニョーラの戦いだ。そのチェリニョーラにて彼の偉人、ゴンサロ・フェルナンデス・デ・コルドバがテルシオの雛形を作った事により、急速に戦場における騎兵の価値は低減していった。

 中世が終わって近世になると、戦術は一世紀の間テルシオが席巻し、戦場の花は騎兵から、長槍と銃に取って代わった。そして十七世紀になり、テルシオ戦術が破られると、その後の戦闘教義ドクトリンは三兵戦術に移行する。騎兵はその一兵科にまで、価値を落とす事になる。

 恐らくディラッソ様は、なんとはなしに騎兵戦術の終焉が近付いているように感じているのだろう。だからこそ、次の世代に適応すべく足掻き、様々な策を講じているのだ。

 ただなぁ、ここで僕が変な口添えをするわけにはいかないんだよね。なにせ、この世界の戦場がどうなるのか、正直わからないのだ。政治的、経済的に見れば、北大陸が中世の終わりに差し掛かっているのは、恐らくは間違いない。

 政治は中央集権化に近付き、乞食たちは食いものではなく小銭を求める。しかし、だというのに、この世界の戦場には火縄銃アーケビューズの姿がないのだ。投射兵器は弓矢と弩、あとは魔術師がいるくらい。ただ、魔術師は国家にとっても貴重な人材であり、みだりに損耗させるわけにいかない。故に、気軽に前線に送る事はできないだろう。

 これでは、戦場における騎兵の価値が暴落するとは、とても思えない。テルシオすら、形成は難しいのではないだろうか……。だとすれば、歴史はどうなるのか。わからないというのが、正直な本音だ。


「君は知っているかな?」


 そこで、話題を変えるようにディラッソ様が軽い口調で問うてくる。


「かつて、キャノン半島の辺りにあったという、現在のマグナム・ラキア同盟と同様の文化を有する者らの諸都市同盟を」

「いえ。流石に歴史は専門外でして……」


 習える相手がいないんだよね。ギルドにも、わざわざ歴史書なんておいてないし、ダンジョンはダンジョンで、人間の歴史になんか興味はない。もしかしたら、司書の老婦人に聞けば教えてくれたかもしれないが、雑談をする機会はあれど、流石に歴史について話した事はないな。


「戦術は、彼の地で生まれたといわれている。最初の戦術というものにも諸説あるが、その一つに斜線陣というものがある。数、練度、士気に劣った軍勢で、当時最強とされていた軍に勝った戦術だ」


 なるほど。つまりこの世界にも、エパメイノンダスのような戦術の父がいて、スパルタのような軍勢もおり、レウクトラの戦いのようなものもあったという事か。神聖隊はいたのだろうか……?


「ぼ――私は、戦術というものはかくあるべきだと思っている」

「最強の軍を、弱兵、寡兵でもって華々しく打ち破るという点でですか?」

「違う。常に良い結果を模索し続けるという意味だ。相手と同じように重装歩兵を並べて、同じ戦術でただぶつけていた古の時代と、互いに機会を見て重騎兵突撃を繰り返すいまと、いったいどこが違うというのだ? たしかに重騎兵突撃の衝撃力は、敵陣を粉砕させるだけの威力がある。だが、それだけに頼り、同じ事を繰り返すのは思考停止以外の何物ではない。そのような戦術は、いつか必ず足元を掬われると、私は思っているのだ」


 そう言い切ったディラッソ様に、僕もまた頷く。実際問題、騎兵に頼りすぎていればその内、金拍車の戦いかワールシュタットの戦いのような場面で、北大陸の王侯は痛い目を見る事になるだろう。柔軟性のある軍を、というディラッソ様の言ももっともだ。

 まぁ、適当に士官を増やして、コロネリオの準備でも進めるよう、アドバイスをしておくか。軍の柔軟性を高めたいという彼には、やって困るような事ではないだろう。



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