第55話 我を過ぐれば滅亡の民あり

 そこは、吊り橋状の一本道だった。迷わずとはよく言ったものだ。これはもう、迷いようがない。なにせ、指定された道以外は奈落なのだ。

 たしか、事前情報では、ここは幻術の施された書斎で、部屋の全域が落とし穴になっている、という話だったはずだ。だが、いまのこの光景は、事前の情報とはまったく異なっている。

 まぁ、無理もない。ここはダンジョンじゃないのだ。一度侵入されて、仕掛けを見破られた罠など、そのままにしておく意味がない。すぐにまた、同じ組織の仲間が攻めてくるとわかっていたら、なおの事だ。

 幻術を解いて、バレてる落とし穴なんぞ開きっぱなしにして、間に吊り橋を渡しただけの状態にする。手間を考えれば、ある意味最善手だろう。


「結構深いな……。地下だってのに、どんだけ掘ったんだ……」

「たしかにそうっすね……。崩れないか心配っす」


 イニグが下を覗き込みつつ、不安そうにこぼし、俺っちもそれに同意する。


「フェイヴ、あれを見ろ」


 イニグに促されて、彼の指差す方の壁を見ると、そこには小さな穴が空いていた。まず間違いなく、吊り橋を渡り始めると、あそこから妨害が入る仕掛けになっているのだろう。吊り橋を渡りながら、あの妨害に対処するのか……。面倒な。


「ここは、固まらず一人一人で渡った方がいいな。ただでさえ狭い橋の上で、動きを制約されたくない」

「おいおい、まさかまた俺が行けってんじゃねえだろうな?」


 今度は役得がないからか、フバが文句を言う。だが、別に問題はない。足手まといであるフバを連れていく方が面倒だ。というか、こいつはこの橋を、どうやって渡るつもりなのだろうか……?


「じゃあ、まずは俺っちが行くっす。そうだ、フバ。一回階段のところまで戻って、廊下の攻略法を教えといた方がいいかも知れないっす」

「あ、そうだな。っていうか、壁の宝石って足りんのか? 全部なくなったらどうなるんだ?」

「さぁ? 流石にそこまでは知んないっすよ。というか、心配ならフバの持っている石を分けてあげればいいんじゃないっすか?」

「はぁ!? なんでそうなんだよ!? つーか、うえにいるヤツ全員ここに突っ込むなら、俺が持ってる分含めたって足んねえっての!」

「そりゃそうだ」


 俺っちは肩をすくめてから、興味のない話を打ち切って進行方向を見つめる。

 緩い弧を描いた石の吊り橋。向こうの足場から、金属のロープが二本渡してあり、そこに石の足場がある、見るからに危うい橋だ。

 下手な渡り方をすると、橋が左右に揺れて振り落とされそうですらある。しかも、左右、下手すりゃ上下からも妨害が入る可能性を思えば、それは決してあり得ない可能性ではない。

 そもそも、橋の強度は大丈夫なのか? まぁ、いま落ちてないのだから、先行の二人が渡れるだけの強度はあるのだろう。ならば、いっそ駆け抜けてしまえばいい。

 体を沈め、目的地を睨む。対岸にある扉と、空中に張り出した足場。あそこまで、一気に駆ける。

 ゆるく息を吐き、鋭く吸い込み、呼吸を止める。そこから一拍おいて、俺っちは床を蹴った。

 一歩、二歩、三歩目にはスタートダッシュの段階を終え、その初速を活かして前へ前へと加速していく。

 壁から金属製の矢が飛来するものの、大抵は俺っちの通り過ぎたあとを通過していく。前方から飛来するものだけ、ナイフで弾いて駆け抜ける。

 足場が揺れるし、道全体が沈み込むような感じもあって少し走りにくかったが、特に問題なく対岸へと辿り着いた。

 足場が抜けるような罠も警戒して走っていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。


「ふぅ……。なんというか、思ったよりもストレート勝負な橋だったっす。もっと悪辣な罠とか、あると思ってたんすけどね」


 対岸の連中には聞こえない、独り言をもらす。

 まぁ、身のこなしには自信がある。これまで自分を支えてきた健脚にもだ。

 もしかしたら、この罠の作り主にとっても、おれっちくらいの素早い相手は、想定外だったのかも知れない。

 それならば、普通はどうなのか、イニグの攻略を見学させてもらおう。



 イニグは、俺っちとは違ってゆっくりと橋を渡ってきた。自分に飛んでくる矢を、丁寧確実に打ち払いながら、足場の揺れを最大限に警戒して慎重に進む。

 なるほど、それが正攻法かと、貫禄の攻略だった。とはいえ、俺っちからすれば、わざわざ危険を冒してまで、矢を浴びる趣味はない。

 俺っちには俺っちの足があり、イニグにはなかった。それだけの違いだ。

 ちなみに、フバは俺っちと同じように一気に駆け抜けようとした。残念ながら上手くいかず、身体中に矢を浴び、橋から振り落とされそうになりながら、それでもなんとか橋を渡り切った。

 もしかしたら、罠の作り主は、敵として想定しているのが、冒険者ではなくマフィアなのかも知れない。流石に、一応はプロである冒険者が、この程度で死ぬはずがない。


「次の部屋は、ええっと【暗病の死蔵庫テラーズパントリー】っすか。前回の連中は、そこで死に絶えたって話っす。警戒していきましょう」

「そうだな」

「な、なあ、どっちか水薬ポーションとか持ってねえ? すげえ痛えんだけど……」


 持っていたところで、高価な魔導術製の水薬ポーションを、わざわざフバに使ってやる理由はない。

 俺っちたちは、フバの泣き言を黙殺して、次の扉を開いた。


 絶叫が響き渡った。



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