第54話 我を過ぐれば永遠の苦患あり

 あの扉は、事前情報が通用しないのは一目瞭然だ。なにせ、押し開く両開きの扉だったのだから。当然、ただ開ければいいという事ではないだろう。

 もしかすれば、扉に貼り付けてあった『迷わずの厳関口エントランス&エグジット』という表記がヒントなのかも知れないが、十中八九扉の先にある部屋の名称だろう。


「ともあれ、何回かやってみないとわからないっすよね」


 前回の扉も、ドアノブを回さずに押し開くのが正解だった。あの扉も、ただ押し開くタイプの扉かも知れない。まぁ、先行した二人が扉を開く為に、結構時間を食ってたので、それはないとは思うが。


 何度か試してみてわかった事は、現段階では、扉は押しても開かないという事。鍵穴やドアノブの類はなかった事。鍵のレバーをあげると、階段側の扉は普通に開いたが、当然突き当たりの方には変化がなかった事がわかった。

 三人で交互に扉の前に立ったが、それ以上の発見は特になかった。だとすると、鍵はやはり、階段側の扉にあった文言だろう。えーっと、なんてったっけ?


『ここより先、命の保証は一切なし。たった一つの宝を惜しむ者、より多くを欲さず、その先に進むべからず』


 だったな、たしか。たった一つの宝を惜しむ者ってのは、命という意味かとも思っていたが、もしかしたらあの壁の宝石を指しているのかも知れない。だとすると、たった一つを選ぶのか? いや、それを惜しむ者は、その先に進めないんだから……結局、どういう事だ?

 よく考えたら、あの文言は、先に進む為のものじゃない。進ませない為のものだ。だとすれば、真っ先に飛び込んでった男の言っていた通り、ただの脅し文句だったのかも知れない。


「そういや、その文句ってちょっとおかしいよな?」

「おかしい?」


 俺っち以外の二人の内、文字が読めないマフィアの男——名前はたしか、フバといったか——が、首を傾げつつそう言った。いまは、もう一人の冒険者崩れ、イニグが廊下を探索している。

 フバ、イニグ、そして俺フェイヴの三人組だ。まぁ、全員本名かどうかは知らないが。


「なんで、『その先』なんだろうな。こういうときって『この先』じゃねえのか?」


 フバの言葉に、俺も首を傾げた。言われてみれば、たしかに。扉に記されているなら、普通は『この先』と書くんじゃないだろうか。まぁ、『その先』でも通じるが、その前の文で『ここより先』と記している事を思えば、確かに不自然だ。

 となると、『その先』っていうのは、廊下の事ではなく、あの両開きの扉の先という事になる。つまり、やっぱりあの文言は、なんらかの謎かけだったという事になる。


「ふむ。となると、やはり問題は『たった一つの宝』と『惜しむ者』となるっすね。そしてキーが、『より多くを欲さず』という言葉。たった一つの宝がなにか、惜しむ者は進めないという文言の意味がわからないと、さっぱりっす」

「やっぱりそこは、あの壁の宝石なんじゃねえの?」

「そうなると、たった一つを選ぶ基準がわかんないっす。それ以上を欲せない宝石、なんてあるんすかね?」

「さぁ。俺には、そもそも宝石の価値なんざわかんねえしなぁ」


 フバは肩をすくめて、思考を放棄したように狭い物置内を物色し始めた。だが、ここにあるのは、掃除道具の詰められた金属製のロッカーくらいのものだ。それ以外に見るべきは、精々あのレバーくらいだろう。


 そうだな。一回、考えをリセットして考えてみよう。

 たとえば、あの『たった一つの宝を惜しむ者』が、『命を大事にする者』と訳せるなら、つまりは『命知らずなら、先に進める』と読み解けないか? だとすると、もしかすればこの物置にある、あの明かりのレバーをあげて蛮勇を示せば、先に進めるというのはどうだ?

 うん、センスがないな。どちらにしろ、それじゃあイチかバチかだ。あるいは、天井が下りてきても、両開きの扉の前を動かない、という命知らずな真似も可能性があるといえる。謎かけの答えが二通りあるなど、ナンセンスだろう。

 それに、『より多くを欲さず』と言う文言が空文化する。


「あれ? もしかして逆、なのか?」

「あん? 逆ってなんだよ?」


 今度は廊下の探索を終えたイニグが、物置の入り口から聞いてきた。背後では、ゆっくりと吊天井が降りてきているのが見える。


「いや、あの文章が『命を惜しむ者は、より多くを欲さず、その先に進んではならない』って意味だとしたらっすよ、もしかしてより多くを欲する者が、先に進めるんじゃないっすかね?」

「より多く欲する者? つまりどういう事だ?」


 そこにフバも混ざってきた。


「つまり、あのこれ見よがしの宝石を取ったら扉が開いて先に進める、とかっす」

「ふむ……、なくはない、か……」

「んだよ、やっぱ最初からあれを取っときゃ良かったんじゃねえか!」


 イニグがなにやら考えつつ頷き、フバは考えなしに不平を垂れる。仮説として、検証の余地はあるだろうというだけの話で、そもそも考えなしに宝石を盗もうとしたヤツの行動と、同じにされては困る。

 まぁ、たしかに行動だけ見れば同じだし、客観的に俺っちたちの行動を評するなら、押し込み強盗と大差ないと言われてしまえば、ぐうの音もでないのだが……。


「じゃあ、フバに確かめてもらうっすか。宝石は、フバのものでいいっすよ」

「マジかよ!? ラッキー!」


 大喜びするフバを後目に、俺っちとイニグは頷き合った。このチームには、喜んで囮になってくれるアホがいて助かった。こういうとき、五級ってのは貧乏くじを引きがちなのだが、今回ばかりは違うらしい。

 俺っちとイニグが暗黙の了解を交わしている間に、フバが壁から碧玉を取り出していく。どうやら、いくつも持っていくつもりらしい。まぁ、それ以上を欲するなっていう文言の反対なのだから、強欲なくらいでちょうどいいのかも知れない。

 そんなフバが両開きの扉の前に立つ。俺っちたちは、物置からその様子を眺めていた。


「天井が下りてこないな」


 イニグの言葉に、俺っちも頷く。だが、まだ安心するのは早いだろう。フバが扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。

 天井は動かない。完全に開いたところで、ようやく俺っちは安心した。どうやら、これで正解らしい。


 俺っちたちは、安堵の息を吐いてから、扉の奥の【迷わずの厳関口エントランス&エグジット】とやらに向かって歩を進めた。



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