第8話 幻術は夜のおやつ
●○●
「私からも一ついいかしら?」
一通りの依頼内容について話し終え、あとは報酬額のすり合わせくらいしかする事がなくなった段階で、アズが進言してくる。
「いいですよ。なにか、報酬についてご意見が?」
「報酬……。ええ、報酬という事にしてもらっていいのだけれど、いくつか幻術の手解きを受けたくって」
ふむ……。魔術師に『魔術を教えてくれ』というのは、捉え方次第では『手の内を晒せ』という意味になり、刃傷沙汰の原因にもなる。だが同時に、良い稼ぎ口であるのもたしかだ。
「いくつかという事ですが、どのような幻術を?」
もし、死神術式やこちらのオリジナルから、その理を調べようとする手合いなら、今回の協力自体を白紙に戻そう。その場合、間違いなく【
そう思ってした質問に、アズが逡巡してから、やや頬を染めた表情で予想外の提案をしてくる。
「それなのだけれど、あまり余人の耳に入れたくない話なの。できれば、人払いを願えるかしら?」
「…………」
人払い? こちらが、そちらの背後関係に疑念を抱いたこの状況で? とはいえ、ここでなにかをすれば、そもそもどんな目論見があろうとご破算だ。その表情も含めて、なにがしたいのやら図りかねる……。
さて、どうするか……。
「旦那様」
僕が答えに迷っていたら、使用人として控えていたエリザベートさんが声をかけてきた。この人、所作がザカリー並みに洗練されてるんだよなぁ……。
「少々よろしいでしょうか?」
「うん? まぁ、別にいいけど……」
なんの事かわからないまま許可を出すと、彼女はすぐさまアズの元に歩み寄るとヒソヒソと耳打ちする。驚いた表情を浮かべたアズが、やはり頬を染めて頷いてから、さらにエリザベートさんに耳打ちする。
どうでもいいけれど、眼前で内緒話をされるというのは、どうしてこうも疎外感を覚えるのだろう。僕は仲間外れにされた者同士、スカンジと目を合わせて、肩をすくめて苦笑した。
ややあって、公然と行われた内緒話を終えたエリザベートさんがアズから離れ、今度は僕に耳打ちする。
「旦那様、ここはアズ様のご要望通りお人払いをしてもよろしいかと。彼女に疚しい点がない事は、わたくしが保証いたします。お側にも、わたくしが控えますので……」
いや、君だってウチじゃ新参だろうに……。これがザカリーやジーガだったら、その保証にも一定の信用がおけるのだが。いや、実際のところ保証がなかったところで、人払い自体は別に構わないんだけどね。
「こっちとしては、なにもかもチンプンカンプンなんだけど、その辺もきちんと説明してくれるんだよね?」
「勿論にございます。他聞を憚るお話であるのは間違いありませんが、後ろ暗いものではありませんので」
余人に聞かせられない話なのに、後ろ暗くない話というのも、正直良くわからない。疚しいところがないというのなら、このまま話せばいいのに。
そうは思ったが、だからと頭ごなしに話そのものを拒絶するような状況でもない。僕は、もう一人の使用人に合図をして、スカンジと一緒に退室してもらう。室内には、僕、エリザベートさん、アズの三人だけが残った。
「それでは、アズ様に代わってわたくしが、彼女のご要望を代弁させていただきます」
「エリザベートさんが言うんだ」
「はい。無理に女性の口から言わせるような内容ではございませんので……」
ホント、なんなんだろう……。幻術に関する話なんだよな? それで、他聞を憚る内容……。いやまぁ、そもそも幻術という術そのものが、あまり外聞のいいものではないんだけどさ。
「アズ様のお求めの幻術は、所謂――閨用のものでございます」
…………。なんかホント、最近こんな話ばっかだな……。
いや、うん。わかるわかる。幻術をそっち方面に応用したら、プレイの幅が広がるよねって事だろう。幻術が、ダンジョン側よりも人間側で発展しているのだって、それが人間用な点が大きいが、そこに性的な部分が含まれているせいであるというのも、かなり否めない事実だ。
曰く、技術の進歩は軍事、医療、そしてエロの分野から。その辺はHENTAIの国出身者として、わからないでもない。
そして、ダンジョンはエロ方面の伸びしろがまったくないという点が、もしかしたら人類側に対する大きなディスアドバンテージかも知れないと、いまなんとなく思った。
「エリザベート……」
「はい」
「君さ、この家になんの為に雇われたかって、覚えてるよね……?」
「はい。旦那様に、睦事の手解きをする為にございます。いまは、旦那様直々にそのお役目を禁じられてはおりますが」
「うん、まぁいまは、それはいい。で? そんな僕に、今度は睦み合う為の幻術を、他所の人に手解きしろって?」
「旦那様がその術をご存知でないのなら、この話はそこで終わりでございます。また、わたくしとしましても、旦那様の性に対する知識がどの程度の深さにあるものか知る良い機会かと存じます」
「…………」
「旦那様。旦那様は夜用の幻術を、修得しておられますか?」
「……一応、知識としてだけなら」
実際のところ、性欲というものは人間の三大欲求の一つを担っているだけあって、幻術に用いる事も多い感情だ。勿論、三大欲求の中で一番抑制が可能な欲である為、防ぐ手段も多々あるのだが、被術者側に防ぐつもりのない場合の術というのが、結構な数存在するのだ。つまりは、そういう用途で使う為のものだ。
ダンジョン側も、罠などに利用する為に、この手の幻術を人類側から盗んでいる。その為、僕も一応知ってはいる。……幸か不幸か、利用する機会はなかったが……。
「どうかしら……。私にそれを教えてくれるなら、今回の報酬はそれだけでいいのだけれど。術式の数によっては、こちらから代価を支払う用意もあるわ。ただ、その場合は流石に、予算に限度はあるけれど……」
おずおずと、やや恥ずかしそうに口にするアズ。元深窓の令嬢といった雰囲気の、ミステリアスな貴婦人然とした彼女が、頬を赤らめてそういう頼み事をしてくる姿に、こちらの方がちょっと疚しいものを覚えてしまいそうになる。
「それはまぁ、問題ありませんが……」
「そう! 助かるわっ!」
今日一番の満面の笑みを浮かべるアズ。彼女が褥用の幻術を求めるという事は、当然それは相手を喜ばせる為という事で、その相手は当然スカンジなわけで……。ああ、本当にアルタンの冒険者界隈で彼らが疎んじられている理由がわかる。
「やっぱり、どうしても房事ってマンネリになるのよね。どこかでなにか、切っ掛けが欲しいと思っていたの!」
「良い事かと存じます。思い切って、雰囲気を変えてみたり、普段身に着けない衣装などを使うのもよろしいかと」
「詳しいわね。先程も、一目で私の要望を見抜いていたし、ショーン君の夜の手解きの為に雇われたとか言っていたし……。もしかして……」
「ええ。一応、その道のプロを自負しております」
「そ、そう……。その、これから顔を合わせる機会も多いのだし、いろいろと相談に乗っていただいてもいいかしら……?」
「勿論です」
なにやら仲良くなる二人に、またも置いてきぼりにされる……。いや、混ざりにくい話だから、別にいいんだけれどさ。
あと、そもそも今回【
魔術師となった自負からして、ベキベキにへし折られないといいが……。
まぁ、こっちの秘匿技術に触れない範囲だし、伝授そのものは問題ない。エリザベートからは、僕への手解きではなく、グラへの性教育を担ってもらいたいとも考えていたので、丁度いいといえば丁度いい。
まぁ、今週ギルドの老貴婦人の予定を押さえているので、もしかしたらそれだけで事が足りるのかも知れないが……。
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