第2話 棚ぼたチートパゥワー
●○●
はぁ……。気が重い……。
「どうしたのです、ため息など吐いて?」
朝食の席で話しかけてきたグラに、肩をすくめつつ応じる。
「いや、明らかに問題が起こるとわかっている場所に、これから赴かないといけないと思うと、さ……」
「例の呼び出しですか?」
「そう」
バカ王子からの召喚命令が出た以上、僕は動かざるを得ない。ここでこの命令に反するなら、伯爵家にグラが仕えたのが台無しになってしまう。
人付き合いが苦手なグラが、頑張って出仕しているのに、僕が嫌だ嫌だと呼び出しを無視するなど愚行もいいところだ。目上の人間にへーこらするのだって、社会に生きる人間ならある程度は当然の事。
適当におべっかでも使って、ペコペコ頭を下げていればいい。引き込み工作なんかは、それこそゲラッシ伯爵家の人や、顔も知らない宮中伯サマの部下がなんとかしてくれるだろう。
……なんとかしてくれないなら、別に僕個人なら引き抜かれてやってもいい。王位継承争いにおける、ルートヴィヒ派とマクシミリアン派の双方に、僕とグラがバラバラに仕えるというのは、ダブルバインドでハリュー家としての身動きが取れなくなる事を意味する。本気で第二王国の政界に携わるなら致命的だが、正直関わり合いになりたくない僕らからすれば、動かなくていい口実になる。
なにより、そのプロセスを踏むなら、失策は第二王国上層部にあると誰にでもわかる。ゲラッシ伯爵家としても強くは出られまい。最悪、政争を理由に聖杯の製作期間を大幅に延期してやれば、ゲラッシ伯どころかラクラ宮中伯とてかなりの突き上げを食らうだろう。
なにせ、注文者は彼と対等な立場の者ばかりなのだ。
「まぁ、大丈夫さ」
だから僕は、そう言ってグラに笑いかけてみせる。そう。きっと大丈夫だ。下手な事をしなければ、事は穏便に終わる。
今回ばかりは、なにかあっても短気を起こすのは我慢しよう。これまでみたいに、ちょっかいをかけられても、黙っていたら舐められる、舐められたら厄介な事になる、という状況ではない。下手に突っかかると、それこそ厄介になる。なにせ相手は、第二王国そのものといっても、然程過言にはならないのだ。
流石に王族の顔に泥を塗ったら、伯爵家や他の貴族家だって、僕を許せなくなるだろう。第二王国のすべての勢力と、たった二人で事を構えるなど危う過ぎる。
人海戦術は、あれだけ絶対的なダンジョンコアすらも、打倒し得る戦術なのだ。
「そうですか。まぁ、その体であれば、なにが起きてもまず問題はないでしょう」
「……たしかに」
すまし顔で朝食を口に運びつつ、されど僕にはわかる程度に誇らしげなグラ。僕はそれに応じてから、己の体を見下ろす。底にあるのは、ダークブルーを基調とする、ダブルボタンのベストと同色の半ズボン。そして白いカッターシャツだ。タイも同色のラバリエールの中央に、オレンジの
……こっちの世界じゃ、ラバリエールとは呼ばないのかな? たしかこの名前は、ルイ何世かの愛妾に由来するものだったと、うろ覚えしているのだが。
まぁいいや。正直服装なんて、いまはどうでもいい。僕が見ていたのは、その奥にある僕の肉体である。
「なんていうか、世界が変わって見えるよ」
「そうでしょう」
本当に珍しい事に、今度は使用人たちにもわかる程度に自慢げに笑うグラ。
そう。僕がいま宿っているのは、バスガルのダンジョンコアを素体とした、新たな依代である。もう少し製作期間が必要なのかと思ったが、基本の技術は既に完成の域にあり、あとは諸問題の解決及び、後付け機能をいかに上手く組み込むかという点に焦点が置かれる段階らしい。
流石にグラ自身、もうこの疑似ダンジョンコアを作る事にかなりこなれてきた印象もある。なお、この疑似ダンジョンコアには、既に正式名称が付けられている。
【
……いや、竜と卵というワードで思い付くのが、エレンスゲしかいなかったんだよ。いや、エレンスゲの卵って、竜の卵というより竜を殺す卵なんだけどさ……。
「いや、本当にすごいよ。これまでのものでも、十分な出力だったのに、なんというかすべてが段違いの性能というか……」
僕は感心しつつも、己の体を動かしてみる。これまでの依代だって、別に動きに支障を覚えた事はない。どころか、並の人間をはるかに上回る性能を有していた。
だが、この依代は様々な面が段違いである。動きの端々に神経を通わせられるというか、これまでは想像もできなかった程に滑らかかつスムーズな反応を返してくれる。魔力に関する性能も、出力や細かな制御においては、これまでの疑似ダンジョンコアに及ぶべくもない。
そう、かなり本体のコアに宿っている状態に近いといえば、この全能感に近い感覚を表現できるだろうか。これまでの疑似ダンジョンコアだって、普通の人たちから比べれば、パワードスーツに身を包んでいるようなものだったのに、いまではもう、モビルスーツに搭乗しているような気分である。
流石に本体のダンジョンコアと同等、などとは呼べない性能ではあるが。かなりそれに近いといっていい。
勿論これは、他のダンジョンコアと同列に扱う事はできない代物だ。根幹の技術はほとんど同じとはいえ、厳密にはこの疑似ダンジョンコアは、ダンジョンの眷属ではなく、どちらかといえば装具に近い。
自我の問題は、ゾンビみたいにバスガルの意思が復活でもしない限り、ほぼほぼ解消されたとみていいだろう。ただし、周囲の環境に適合して、生殖能力が生えてくる可能性は、やはり残っているとの事。こればかりは、疑似ダンジョンコアを生物として定義する以上、どうしても基本として健康な肉体的な肉体を構成する必要があるらしい。
下手に生殖能力を奪うと、今度はアンデット化問題がつき纏うんだとか……。
「しかし……」
「どうかしましたか?」
珠玉の出来を自負する【
だが勿論、僕はこの【
「いや、僕、この【
まるで、棚ぼたで得た力でイキり散らすみたいで、これからは普通の人間と戦闘するのが、かなり心苦しく思えてくる。いや、まぁ、この間見たティコティコさんとかが相手だと、いまの僕でも十分に負ける可能性はあるけどさ……。あの人もあの人で、根幹の性能が全然違うから……。
「なにを言っているのです」
「まぁ、敵に情けや手心を加えるつもりはないから安心して」
「そうではありませんよ、まったく……」
そう言ってからグラは大きくため息を吐くと、お行儀悪く手に持ったフォークを僕に向ける。
「そのコアの素体となるバスガルを討ったのは誰ですか?」
それは、まぁ、僕だが……。
「そして、こんなに早く実用化できたのは、あなたがそのコアの機序を詳しく調べ上げてくれていたおかげです。あなたが、ソレを得る為に重ねた努力は、並大抵のものではありません。命懸けといってもいいレベルです」
「…………」
「あなたはもう少し、己の為した功績を正しく評価するべきですよ?」
「肝に銘じるよ」
そう言って肩を竦める。最近、ティコティコさんにも同じような忠告を受けたな、と考えながら。
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