第36話 欠ける櫛の歯

 ●○●


 町が寝静まった頃合い……。俺たちは件の屋敷の付近の路地裏に集っていた。スラムの中にある豪邸という、アンバランスな立地が幸いして、特に目立たず集まれていたのだが……。

 路地裏だってのに、妙にこざっぱりとしていて居心地が悪い……。この町は、どこもかしこもこんな感じだ。いまにも死にそうな物乞いや浮浪児、鼻の欠けた街娼、物陰からこちらを狙っている同業も、とんと見かけねぇ……。野垂れ死んだ骸なんて、一つも転がっていない。

 あちこちゴミや糞尿で汚れているわけでもない。ゴミ捨て場から拾ってきたような資材も、ボロ布もどこにもなくて嫌気が差す……。

 まるで、俺たちなんざ場違いだと、責められているみてぇな気分になる。


「おい。【ダドル兄弟】はどうした? ボ・ラップやベチのとこもだ。とっくに集まるべき時間だろ」


 俺の問いに【ジジ三兄弟】の一人、末弟のガスパル・ジジが渋面で答える。とはいえ、薄暗がりに小さなランタンの明かりでは、そこまでハッキリ顔が読めるわけじゃねえが。


「あぁ? 知らねぇよ……。大方、飲み過ぎて潰れてんだろ。今回の依頼主は気前良く前払いの報酬を払ってくれたからな。ダドルもボ・ラップも、それで気が大きくしてんのか、そこそこいい宿に泊まってやがったからな。上等なベッドでいい夢見てんだろうぜ」

「なに考えてやがんだ……」


 泊まるなら、追跡が難しい雑魚寝の木賃宿がセオリーだろうに……。下手に顔を覚えられたら、事を起こしたあとに尻尾を掴まれかねねぇ。

 俺が嘆いたところで、妹のリュラがなおも懸念点を論う。


「でもそれだと、路地裏で寝泊まりしてたベチがいないのは不自然。それに、他にも来てないのがいる。巨人コンビがいないのは、いくらなんでもおかしい」


 あの図体じゃ、まともに宿に泊まれているわけがない。おそらくは、どこか廃屋で寝泊まりしたのだろう。路地裏で寝起きしてたら、あの巨体は目立つはずだ。

 だからといって、あんな巨漢を襲撃しようとする輩なんて、そうはいない。宿に泊まった奴が軒並み酔いつぶれたってのも、考えにくい話だろ。


「メッソ兄弟が、白昼堂々カベラ商業ギルドにカチコミかけて、あっさり返り討ちにあったって話は知ってるが……、それで日和ったってわけでもねぇだろ。ウェルタンを発ったときの、半分もいねぇじゃねえか……」


 あれはメッソの連中が間抜けだったのだ。カベラ商業ギルドはウェルタンは勿論、あちこちの町に暖簾を分けている大店だ。そんなところの商人についている護衛が、並であるわけがない。下手すりゃ、元中級冒険者とかだ。

 だが、だからといって、今回の件に携わった連中が半分以上、怖じ気付いて蒸けたとは考えにくい。それをするなら、もう少しどさくさに紛れられるタイミングを狙うはずだ。


「オラが知るかよ、うっせぇなぁ……。他所の連中がどうしたかなんざ、どうでもいい事だろうが」

「ヘヘ。ザバードの兄ちゃんは、臆病風に吹かれたみてぇだな。怖いなら帰って、妹と乳繰り合ってな!」


 鬱陶しそうに言い捨てたガスパルに続いて、次兄のバルタンが下品に哂う。兄妹でこういう裏稼業に就いていると、こういう軽口など日常茶飯事だ。俺はバルタンの事を無視して、ジジ三兄弟の長兄カグファへと問いかける。


「どうする? 流石にこの人数じゃ、屋敷の連中を皆殺しにするのは厳しいかも知れないぜ? どうやら、向こうも護衛として三人、冒険者を雇ったって話だし、召使の二人も冒険者として育成しているって聞く」


 俺が、今回の標的であるハリュー邸の使用人について集めた情報を伝えつつ、カグファの考えを問う。こいつも、弟二人と同じ短絡思考なら、もはや話を聞く必要もない。危ない橋を渡るのだ。間抜けに先導を任せる程、愚かな真似はない。


「…………」

「冒険者? たった三人でなにができる? 良くて六級だろ?」

「ヒヒヒ。オデ、知ってるぜぇ。ザバード兄妹は、ゆくゆくは冒険者になりてぇんだろ? いまは、その為の装備と万一のときの為の資金稼ぎで、汚れ仕事を請け負ってるってなァ!」

「ああ、だから殊更冒険者を警戒すんのか。安心しろよ。本当にヤベぇのは、上級からだ。それも、四級はまだまだ人の範疇だ。やろうと思えば、なんとかできらぁ。本当の化け物は、三級からだぜ」

「そうそう! 中級なんて、ちょっと金持っただけのご同業だぜ? 一人一人が、巨人コンビの片割れだと思って相手すりゃ、どうとでもなるっての!」


 沈黙を保つ長兄カグファではなく、ガスパルとバルタンの二人が戯けるように言い合う。カグファはそんな弟たちの様子に頓着する事なく、ジッとこちらを見詰めていた。

 なにかを見定めようとしている……? 俺の情報がどこまで正しいのか、誤情報を流して罠にはめようとしていると、疑われているのかも知れない。

 間違ってはならない。俺たちは、仲間でも友人でもない。仕事仲間ですらない。たまたま、同じ仕事を請け負っただけの他人――下手をすれば敵だ。


「ドーザーよォ。お前、今回の依頼内容覚えてっか?」


 バルタンが茶化すような口調で、俺に問いかけてくる。俺はまっすぐカグファの眼を見返しながら、それに答えた。


「アルタンの町、ハリュー邸を襲撃。畜生働き。最後は屋敷に火を放つ」


 端的に要約した内容に、ようやくカグファが反応を見せた。軽く頷いただけだったが。

 畜生働きというのは、要は押し入った家の人間を皆殺しにする強盗の事だ。実際、依頼主からは、奪えるものは適当に奪っていいといわれている。ものによっては、高値で引き取るとも。


「ハリュー姉弟は最近四級になった冒険者だ。こないだの、帝国との小競り合いでも、それなりに活躍したって話だ。普通なら、こんな依頼は受けない。命がいくらあっても足りないからな」

「ヘッ、四級ったってなんかのコネだろ!? まだ十を少し過ぎたようなクソガキ二人の姉弟だって話じゃねえか!」


 ガスパルが忌々しそうな口調で吐き捨てるが、その言葉に反論するような形で、カグファがようやく口を開く。


「冒険者としての階級だけじゃなく、戦での武功もあるってぇなら、その実力を侮るのはバカのする事だ。戦ってなぁ、コネや金でなんとかできるような場所じゃねえ。実際、その戦で帝国のお偉い貴族のボンボンがあっさり死んだって話だ」


 長兄の言葉にはガスパルも無闇に反発する事はないのか、やや面白くはなさそうだったが口を噤む。


「で? それだけじゃねえんだろ? 普通なら受けないって依頼を、こうして実際に受けてるんだからな」


 カグファの言葉に、俺はやはり試されているような気がして、少しだけ面白くない思いで続けた。ガスパルと同じような反応で、ちょっと嫌だが……。


「件のハリュー姉弟は、いまアルタンにはいない。姉の方は、サイタンの方で見付かった新ダンジョンの攻略、弟の方は王都に向かう為に、ウェルタンに滞在中。つまり、いまあのお屋敷はもぬけの殻ってわけだ」

「そうだな……」


 俺の台詞に、カグファが重々しく頷く。こいつもまた、その点でこの依頼を受けるかどうかを決めたようだ。

 これが貴族街や大商人の屋敷だったら、こんな依頼はどれだけ金貨を積まれたって受ける事はない。なぜなら、そういったヤツの屋敷は町の一等地や二等地に建っており、警備も厳重だからだ。

 下手に襲撃を試みても、成功の目などほとんどない、ただの自殺でしかない。だが、どういうわけか今回の標的は、スラムのど真ん中に豪邸を築いている。ウェルタンのスラムに住んでいる俺たちからすれば、そんな家はすぐに略奪の限りを尽くされ、幽霊屋敷になっているはずだと思った。

 だがまぁ、調べてみてわかった。そこが既に、幽霊屋敷みたいなものだと。俺の知るあばら家との違いは、住んでる幽霊がとんでもなく強くて、財貨を奪おうとする連中の命を軒並み吸い取り尽くした、死神だったという点だ。

 正直、これを知ったときは俺も、依頼なんぞほっぽり出してさっさと逃げようと思った。だが、幸いいま、その死神は不在らしい。俺たちの依頼にも、家主の殺害は含まれていない。


「ターゲットはあくまで、使用人と屋敷そのもの。ハリュー姉弟の根拠地を破壊して、その動きに掣肘を加える。要は脅しだ」

「ヘッヘッヘ。オデたちゃ謂わば、その【死神姉弟】に対してこう言うわけだ。『おいガキども。自分たちに逆らったらどうなるか、わかったか?』ってな。まぁ、それを言いたいのはオデたちじゃなく、依頼主なんだがよ!」


 そう言ってから、ゲラゲラと下品に笑うバルタンを無視して、なおもカグファの目を見返し続ける。ふと、そのカグファの目と口元が緩んだ。


「上出来だ、ドーザー・ザバード。事前に相手を調べるような輩は、こんな稼業じゃ少ないからな。慎重なのはいい事だ。オイラも仕事の前には、標的と依頼主の事は一通り調べる事にしている。それが、こんな仕事で生き残る秘訣だと思っているからだ」


 どうやら本当に試していたらしい。とはいえ、なんというか、そう褒められると悪い気はしない……。


「だからこそ言うが、オイラはもうこの依頼からは降りた方がいいと思っている」


 だからこそ、続けられたカグファの言葉には目を剥いた。



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