第95話 ウカの重要度
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ラプターたちの食糧を狩りに狩り、すぐに食べない分は冷凍して、マジックアイテムを完備した冷蔵庫に保管する。提供する際には、生肉でなく火を通してからになるが、こればかりはラプターたちにも我慢してもらおう。
牛や豚たちの飼育も、ノウハウを有していた
グラのお行儀教室も、ギルドの老貴婦人に臨時でお願いして、一緒に受けてきた。淑女としての振る舞いを重点的やった為、僕自身はあまり得るものはなかったが、逆に僕がグラに教えられなかった部分は、きちんと教育してもらえたと思う。
実際に役立つ技術が得られたわけでもないとはいえ、文化風俗的な知見を広げられたという意味では、僕にとっても有意義な時間だった。
そうこうしている間に、あっという間に二週間が過ぎ、帝国軍が侵攻を再開する頃合いとなった。
「本当に気を付けるのですよ?」
【
「わかってる。これから向かう先の足元には、僕らのテリトリーはないんだって事、肝に銘じておくよ」
とはいえ、依代である僕の場合、最悪死んでも再起が可能というアドバンテージがある。まぁ、依代の存在は切り札に近いので、できるだけ秘匿しておきたい。だからこそ、死に戻りは最悪の事態における安全弁だと意識しておかねばならない。
「それじゃあ、行ってくるね」
「はい。いってらっしゃい。本当に気を付けるんですよ?」
なおも念押ししてくるグラの、無表情に幽かに浮かぶ心配そうな色に、苦笑と、僅かな嬉しさを覚えつつ、手を振って光の門をくぐる。その先には、パティパティアトンネル内にある、ウカの部屋だ。
机には湯気の立つカップ。その前には、椅子に座ってなにかの本を読んでいる、黒髪の美女。そんな美女は、【門】から現れた僕に顔をあげて、柔らかく知的な笑みを浮かべる。
「おや? いらっしゃい。いや、ここまで頻繁だとおかえりと言った方が正しいのかい?」
優雅に首を傾げて問うてくるが、それが本当にどちらが正しいのかという意味での問いなのか、はたまた『こんなに頻繁にやってくるなら、自分の存在は要らなかったんじゃないか』という意味での皮肉なのかで、彼女の成長度合いが測れるかも知れない。
「まぁ、ただいま。なにか変わった事は?」
「特にないねえ。頻繁に、かつ大量の人間の行き来があったおかげで、DP的にはかなり潤っているってくらいかしら」
「そいつは重畳」
とはいえ、人死にがあったわけでもないだろうし、言う程大量のDPを得たというわけでもないだろう。彼女自身が食料からエネルギーを生成できるので、本来のダンジョン程逼迫はしていないだろうが、さりとてそれも限界のある話だ。いずれは、このパティパティアトンネルというダンジョン独自のDP補給も考えておかないと、ウカも不安だろう。
「ところで、人間について先生に質問があるんだがね」
ぱたりと閉じた本を机に置き、代わりにカップを手にするウカ。どうやら、僕に淹れてくれるつもりはないらしい。それが家主としての礼儀という感覚は、まだ養われていないようで、少しだけ安堵する。
「質問?」
「人間ってのは、どうしてああも発情しているんだい? どいつもこいつも、二言目には交尾しよう、交尾しようと迫ってくる。鬱陶しくて敵わないんだがね」
「ぅえ!?」
予想外の質問に、僕はついつい素っ頓狂な声をあげてしまう。
いやまぁ、ウカの見た目から、人間の男に求愛される可能性は端から考慮していた。その対応についても、十分に教え込んでいる。対応に問題はないはずだ。
「まさか、そんな直接的な誘いを受けたの?」
「いや、誘い文句は遠回しなものが多いな。だが、要約するとだいたいは性行為の要求になるね。たまに、己のステータスを誇っているだけの、自己顕示欲の発露なのか、よくわからない男もいたが……」
「なにか問題があったのかい?」
「問題というか……」
少しだけ困ったような表情を浮かべるウカが、手をあげて【
「このままだと遠くない内に、こいつの出番がありそうでねぇ……。一応、帝国側も、アタシの事を重要人物としてガードしてくれてはいるんだけれど、これから忙しくなるそうだし、手薄になりそうなんだよねぇ。そうなったら……」
「なるほど」
まぁ、最悪の場合、身を守る為に相手の命を奪うのは仕方がない。【
ウカ自身の戦闘能力は、まだ然程高くはない。常識や言葉遣いと同じく、勉強を重ねて【魔術】を学んでいけば、個人でもそれなりに戦えるようにはなるだろう。
ただ、現段階においては【鉄幻爪】の不意打ちだけで、どこまでいけるかわからない。だが流石に、【
まぁ、そのときウカは死んでるから、文句を言う先がないかも知れないが……。その代わり、こちらは新たなダンジョン管理用の疑似ダンジョンコアを用意する必要に迫られる。
こればかりは、単にお金をもらっても解決できるものではないからなぁ……。
「なにかしら、身を守る術を与えておく必要があるか……」
「いや、それは必要ないよ。先生方にとっても、下手にアタシが戦える存在になると、いろいろと不安だろう?」
「…………」
まぁ、それはそうなのだが、とはいえ早々に大量のDPを注いで作った疑似ダンジョンコアを喪失するというのも、勿体ない話だ。
「いや、適当な装具を作って、身を守ってもらう。これは決定事項だ」
「わかったよ。どんな装具だい?」
僕が断定的な口調で告げれば、ウカも抗弁するような真似はせず、すぐに頷いて装具の詳細を訊ねてきた。とはいえ、いまから凝ったものを考えている余裕はない。既に作った経験のある、ウカには悪いが【魚偏シリーズ】の内、彼女に会うものを適当に作っていく。
アルタンにいる内に用意しておくんだった……。トンネルまで来てしまったせいで、気軽に戻れないし、使える素材もかなり限られる。
「はい、じゃあコレ。使い方とキーワードはメモに記した通りだけど、一通り自分で使ってみて、使用感をたしかめておくように。キーワードはシリーズ共通だから、覚えといて損はないよ」
「はいよ。どうもありがとうさん」
それでもいくつかの装具を作り、ウカに手渡す。なお、ウカはまだ物質を光の糸に変えてから、再構成する術を会得していない。まぁ、僕もグラと一緒の体を共有していたから、比較的早く修得できたものだし、未だに完全に会得したとは言えない。
あ、布は作れるようになった。自分の成長を実感するね。下手くそな紙みたいなものを作っていた頃が懐かしいよ。
「しかしいいのかい? アタシにこんな情報や武器を与えちまって?」
ウカが、その知的で端正な顔立ちに、薄い笑みを浮かべて問うてくる。僕らがウカの事を、心底からは信用していないという点は、これまで教え込まれた様々な要素からわかっているのだろう。当然だ。最悪の場合は、自決すら命じられているのだから。
疑似ダンジョンコアであり、栄養補給手段を自前で有する彼女は、やろうと思えば僕らの元から逃げ出しても、生きていく事は可能だ。それがどれだけ困難かはともかく、可能不可能で論じるなら、可能ではあるのだ。
だからこそ、そんな相手に自分たちの情報や、戦える力を与えるのは、これまでの行動と矛盾するのではないか? まさか、自分を絶対に裏切らない存在だと、勘違いしているのではないかというのが、彼女の問いの意味だろう。
「ウカ、勘違いするな」
だから僕は、釘を刺すようにあえて強い口調で窘める。
「君がその程度の武装をしたところで、僕や、ましてグラに敵うわけがない。その程度の情報で、人外の君が人間側に取り入るのも不可能だ。これは単純に、君という存在の価値が、帝国軍の雑兵なんぞにくれてやるには、惜しい程には高いというだけの話だ。君という疑似ダンジョンコアを作る為に、どれだけのDPを消費したと思っている? 費用対効果というものを考えろ」
まぁ勿論、疑似ダンジョンコアなどという技術そのものが、人間側に渡るのが危険という見方もあるだろうが、その場合にもやりようはある。なにより、ウカだってわざわざ、解剖されるとわかっていて、自らの出自を明かしたりはしまい。
「この場合、君が最低限身を守れる方が、僕らにとってのメリットがあるという事だ。わかったかい?」
「ああ、理解したさ。どうやらアタシは、自分の価値ってヤツを過小評価してたみたいだねぇ」
それはそうだ。僕とグラが作った彼女が、ただの人間にあっさり殺されるような事態は許されない。最低限、数百人を相手に時間稼ぎができるくらいでなければ、こちらとしてもダンジョンを預ける相手としては心許がなさすぎる。
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