第118話 暴動、ハリュー邸前

 ●○●


 私はスラムの一角に存在する、場違いな屋敷を遠巻きに眺めると、背後の仲間たちに告げる。


「ついたわね。暴徒連中も、既にこっちに向かってきているらしいわ」

「フロックスちぁゃん、本当ぉにぃ暴徒なんかを相手にするのぉ? アタシ的にぃ、そぉいうダルい仕事ぉ、勘弁なんだけどぉ……」


 仲間のカメリアから文句が飛んでくるが、いちいちそれに頓着してやるつもりはない。なにせ、私だって別に、大喜びでこんな依頼を受けたわけではないのだ。相手がグランジ・バンクスでなければ絶対に断っていたし、それでもだいぶゴネたあとに報酬で折り合いを付けて受けたのだ。


「もう。文句ばっか言ってないで、仕事に専念しましょ」

「そうそう。グランジちゃんからの依頼なんて、断れる訳ないでしょ。だったらいちいち無粋な文句なんて言わない」

「そーよ。それに、別に難しい依頼ってワケじゃあないでしょぉ?」


 カメリアの文句に対して、仲間たちからも非難が飛び、バツの悪そうな顔で彼女はそっぽを向いた。まぁ、気乗りしないっていう言葉も、わからないではない。だから全員が、一度顔を見合わせてから「しょうのない子ね」とでも言わんばかりに肩をすくめてから、もう一度ハリュー邸へと視線を向ける。

 私たち【アントス】は、ギルマスのグランジちゃんから依頼を受け、今回の一件に加担しようとしている冒険者を、できるだけ捕えるよう言われている。だが正直、半分政治マターに足を突っ込んでいるようなこんな依頼には、どれだけグランジちゃんのお願いだっていわれても、引き受けたくはなかった。

 そう。カメリアの気持ちも、全員が理解しているのだ。


「フロックスちゃん。来たわよ」

「そう……」


 斥候のペラルゴニウム――略してペラルが戻って報告をしてくる。その意味するところは、件の暴徒たちがこちらに近付いているというものだ。

 私たちはそこに加わっている冒険者を捕え、ギルドか衛兵たちに引き渡さなければならない。だが、暴徒と冒険者をどう区別すればいいのかは、皆目見当が付かない。

 まぁ、徒党を組んで一つの家を襲っている以上、どちらだろうと犯罪者には変わりはない。それで衛兵に文句を言われるという事はないだろうが。


「それと、ギルマスから連絡。あまりハリュー邸に近付き過ぎないように。巻き込まれるってさ」

「巻き込まれるって、なにに?」

「さぁ?」


 肩をすくめるペラル。どうやら彼女も知らされていないらしい。まぁ、グランジちゃんが忠告する以上、巻き込まれて楽しいものではないのだろう。ご忠告通り、深入りは避けよう。

 それにしても……――


「エルナトのガキは、どうなったのかしら……」


 既に、ハリュー邸にエルナト率いる冒険者たちが侵入してから、三日である。ダンジョンという、探索においておよそ最悪の環境を想定して補給を考えても、そろそろ一度地上に戻る頃合いではないか。だというのに、帰還した者がいたという話は聞こえてこない。

 当然、エルナトのような大物が戻ってきているなら、グランジちゃんは真っ先にそれを私に伝えているはずだ。


「案外、もうハリュー姉弟に殺されてたりしてね」


 ケラケラと笑うデイジーに、私は「笑い事じゃないわよ」と神妙な面持ちで吐き捨てる。


「エルナト個人の戦闘能力は、四級の冒険者としてはピカ一だったはずよ。間違いなく、私よりも上ね。【幻の青金剛ホープ】の連中も、冒険者としての技能に加えて、手堅い立ち回りは上級冒険者として、そう見劣りするようなものじゃなかったわ」

「なにが言いたいのよ?」


 むくれるように問いかけてくるアネモネに、私は苦笑しつつ答える。その顔を見るに、私がなにを言いたいのかは察しているようだった。


「そんな、エルナト含みの【幻の青金剛ホープ】がやられたとなれば、ハリュー邸の工房とやらは、上級冒険者にも攻略できない代物という事になるわ。当然、私たちにも、ね」

「そんなのわかんないじゃない。連中、エルナトのワンマンだったし、ヤツが判断をミスって、罠にはまって全滅したなんて事もあり得るわ」

「それに、たしかにエルナトと個人戦をすれば敵わないだろうけど、アタシら【アントス】と【幻の青金剛ホープ】が正面から戦えば、勝敗はわからないんじゃない?」


 アネモネの言葉に続いて、カメリアも私たちは【幻の青金剛ホープ】の後塵を拝すような存在じゃないと抗議が上がる。それはその通り。あんなアンバランスなパーティが、私たちよりも上だなんて言うつもりはない。

 私たちは安定性を重視し、堅実に、確実に、安全に冒険をする上級冒険者だ。コツコツと積み上げたその実績がギルドに認められ、全員で四級に至ったのだ。エルナトだけが四級で、それに引っ張られるだけの【幻の青金剛ホープ】の連中とは違う。


「そうね。だからこそ、私は絶対にあのハリュー姉弟の工房にだけは、足を踏み入れたくないって話。不確定要素が多すぎるもの。ダンジョンの方が、まだ得体が知れているわ」

「くひひひ。それは、たしかにそうだけれど、ハリュー姉弟にしてみたら、面白くない話でしょうね」


 それはそうだ。己の作った工房を、ダンジョン扱いなんてされたら、普通の人なら渋面を浮かべるような侮辱だろう。いまのこの発言が、彼らの耳に入ってへそを曲げられても困る。私は意地悪そうに笑うデイジーに、人差し指を立ててここでの話を他所に漏らさないよう、ジェスチャーで指示する。

 デイジーは相変わらず悪戯っぽい表情だったものの、こちらの意図を了承したようで、一つ頷いた。そこでペラルが表通りの方に顔を向け、鋭く、しかし静かに声を発する。


「――見えた。」


 その声に、全員が一斉に振り向く。夜のとばりの向こうから、強すぎる人いきれが漂って、まるで戦でも始まらんばかりの気配が、闇の奥からヒシヒシと伝わってくる。数人が松明を持っているのか、ぼんやりとした小さな明かりがちらほらと見えるが、スラムの闇はその程度ですべて払えるような濃さではない。

 それでも、やがてざわざわという喧騒が伝わってくる。熱気はますます強まり、闘争の気配には、どこか狂気じみた色が滲み始める。


「……ホント、厄介そうな雰囲気ね……」

「ねぇ、フロックスちゃん。いまからでもバックレない?」


 カメリアの提案に、今度は同意したくなる。わかっていた事ではあるが、やはり厄介事の匂いが強すぎるのだ。だがそれでも、私たち【アントス】がこれまで積み上げてきたギルドからの信用をかなぐり捨ててまで、逃走を選ぶわけにはいかない。

 なにより、私たちは別にノルマを課されたわけではない。最悪、冒険者を一人捕えて撤退すれば、依頼は失敗にはならないのだ。グランジちゃんからも、ハリュー邸に近付き過ぎないようにという忠告を受ける程、この場は安全とは程遠い。

 自分たちの安全が第一だ。グランジちゃんから依頼を受けたのが、私たちだけという事もないだろう。ご同業が潜んでいそうな気配は、それなりに察知している。


「最悪の場合は、さっさと撤退するわよ。ペラルちゃん、退路の確保はよろしく。絶対に、連中に塞がれないようにしといて」

「了解」


 ペラルを送り出してから、全員の顔を見返す。デイジー、アネモネ、カメリア、サイネリア。全員が一様に頷き、私は改めて暴徒たちの様子を観察する。こうして観察すれば、なんとか下級冒険者らしき連中と、ただの住民たちとの区別はつきそうだ。

 ただしそれも、確実とは言えない。十、九級冒険者の装備なんて、雑多に過ぎるのだ。中には、草原で拾ってきたような、ただの棍棒をもっているヤツまでいる始末である。

 しかしそれにしても、数が多い……。ざっと見ても、一〇〇〇を超えている。グランジちゃんの話では二五〇〇人はいるかも知れないと聞いていたけれど、まさか本当にこれだけの人間が、今回の暴動騒ぎに加わっていようとは……。


「フロックス……。アレ……、……なんだろ?」


 珍しく声をかけてきたサイネリアの指差す先を見れば、表通りの方、暴徒たちの後方に豪奢な馬車が、いままさに停車したところだった。暴徒たちの援軍? それにしては、馬車の質が高すぎるような……。

 遠目で確認しづらかったが、その馬車からまず一人、長身の女が下車する。身のこなしでわかるが、かなりの手練れだ。彼女が安全を確認したところで、もう一人馬車から降りて来る。

 あら、いい男。


 馬車から現れたのは、クリーム色の長髪に褐色肌の美青年だった。



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