第65話 異物
「ショーン・ハリューの異質さ、ですか?」
「そう。彼はまるで異物さ」
特段、優れた商才はない。知識はともかく、そこまで知能が高いとも思えなかった。戦闘能力は僕が推し量れるようなものではないが、ライラの言を信じるなら高いのだろう。しかし、それも常軌を逸した才でもないらしい。
——だが異質だ。
「まず第一に、あの赤いダイヤだ」
「グラ・ハリューのタイピンに使われていたものですね」
「そうだ。ピンクならまだしも、赤いダイヤというものは、私ですら聞き覚えがない。では、彼らはどこでそれを見付けたのだろう?」
「商人から買ったのでは?」
「我々が知らない情報を、たかだかスパイス街道の宿場町の一職人が知り得て、その情報を一切外部に漏らす事なく、手に入れられると思うかい? 職人の部分を、冒険者、研究者、なんなら領主と変えてみたっていい」
「なるほど……。それは難しいですね……」
「恐らくは不可能さ。なにせ情報の穴であるであるこのアルタンすらも、シタタンとウェルタンに挟まれているのだから。その両方には、我々の目も耳も残っている」
シタタンはアルタンと同程度の支部だが、港湾都市ウェルタンにおけるカベラの支部は、かなり本腰を入れて築かれた我々の砦だ。当然、配されている者も、カッスハラールなどよりもはるかに優秀な人材である。
そしてシタタンの先には、いつ戦争になってもおかしくないサイタンがあるのだ。当然、情報収集には余念がない。
そんな領域で、我々に気取られる事なく未知の宝石を売買する? 絶対とまではいえないが、かなり無理筋な話だろう。
であれば、あのレッドダイヤがどこから出てきたのか……。いや、それをいうのなら、ショーン・ハリューの杖に使われているという、ホープダイヤとも噂されているブルーダイヤもそうだ。
ライラはそこで、逡巡ののちに私に言葉を紡ぐ。
「ジスカル様。これは、まだ確度が低く、本来お伝えできるような内容ではないのですが、ハリュー姉弟はスィーバ商会を通して、領主に対しなにかを献上したという、未確認の情報があります」
「なに?」
なるほど。それはたしかに、聞き捨てならない情報だ。
このゲラッシ伯爵領内においては、いかに我々カベラ商業ギルドといえど、情報力においては後塵を拝さざるを得ない。我々の組織の理念が『広く浅く』であるなら、スィーバは『狭く深く』なのだ。当然、その狭い領域内での優劣は、向こうに軍配があがるだろう。
「なるほど……。となると、可能性としてはサイタン方面か。流石に舶来品のなかにあれ程の品があれば、誰の目にも触れずにアルタンまで届くとは考え難い。少なくとも、ウェルタンでの我々の耳目は届くはずだ。そして、スィーバであれば、サイタンからここまで、我々の目をかいくぐって品物を届ける事は、不可能ではない」
だがそれは、逆説的にあのレッドダイヤは、このゲラッシ伯爵領内で採れたという事になる。帝国や、他の王冠領であれば、我々の情報力がスィーバ商会に劣るという事はないのだから。
もしかしたら、ゲラッシ伯爵領は、鉱脈を掘り当てたのか? だとすれば、この地方に対する投資を増やしたいが、流石にここまで情報が曖昧な状況で動くのは軽率に過ぎる。広く浅くの我々が集められる情報は、ライラの言葉の通り、ディティールがぼやけてしまいがちだ。まだまだ、判断を下すべきタイミングではない。
「引き続き、情報を集めてくれ。なんなら、ウェルタンから人を借りてもいい」
「かしこまりました。ですが、事実上アルタン支部が機能していない為、それでも情報の精度は落ちるかと……」
思わず舌打ちをしたくなった。そうだった、せっかく大金に繋がりそうな情報だというのに、いまこの町では、カベラの情報網が機能していないのだった。普通ならそんな事はないのだから、ついついいつもの調子でお願いしてしまった。
「……やはり、早急にこの町の支部を取り戻さねば……」
「そうですね」
情報の精度というものは、ある意味で我々の生命線にも等しい。たった一つの誤報で、一〇〇年続いた大店があっさりと潰える姿を目にするのも、この世界に生きていれば珍しくはない。だからこそ、最低限情報の正誤と真偽が見極められる事が、支部長になる人材に求められる能力である。
カッスハラールもまた、情報の正誤と真偽だけは間違わなかった。単に、そこから導き出した結論が、愚かだっただけだ。
私の憤りを感じ取ったのだろう、ライラが話を戻すように言葉をかけてきた。
「ジスカル様、ジスカル様は彼のレッドダイヤの事を第一にとおっしゃいました。ショーン・ハリューの異質さというのは、まだ別にあるのですか?」
「ああ、そうだった。ついつい商売の話に脱線してしまったね。ごめんごめん」
笑いながらそう言って、私は話を元に戻した。
「第二の要素には、実は第一の要素も絡んでくる」
「ふむ。難しい話ですか?」
「そうでもない。第二の異質さは、『なぜそれを知っているか?』だ」
「なぜ……といわれても……。属性術で調べればわかるのでは?」
純粋に疑問に思っているのだろう、コテンと首を傾げて問い返してくるライラが可愛らしい。
たしかに、土の属性術を用いれば、物質の同定は難しくない。だがそれは、現物が手元にあれば、だ。
鉄のインゴットが手元にあれば、鉄鉱石に含まれる『鉄』とインゴットの『鉄』が同じものである事がわかる。だが、そこに含まれているその他の物質に関しては、同じくそれに対応する物が手元になければ、比べられないのだ。
では、彼らはなにと比べて、それを『赤いダイヤモンド』だと同定した?
「単に、普通のダイヤモンドと成分が似ていたのでは? たしか、ブルーダイヤもほとんどはダイヤモンドと成分が同じなのですよね?」
「そうだ。だが、ダイヤだけはそれではダメなんだ」
「それはどういう……?」
「ダイヤというのは、その主成分がかなりありふれた物質らしく、炭や普通の岩石にも含まれているものらしい」
「炭、ですか……? あの宝石が?」
「魔術師が言うには、だがね。正直、この話を信じている者はそこまで多くない。だが私は、ギルドの魔術師がそうだと言っているから、それを信じている」
専門家が「そうだ」と言っている事を、門外漢である私が、印象だけで「違う」と宣うなぞ愚かの極みだ。私は商人。商いの事であればセオリーとアノマリーにも一家言あるが、それ以外の事は蘊蓄程度にしか知り得ない。
そんな半可通がなにかの判断を下すなど、失敗する未来しか見えない。わざわざ道を荒らして、将来の自分を転ばそうとするなど、愚行以外のなにものでもないだろう。
「誰が、研磨され、美しい輝きを放つダイヤと炭を並べて、これは同じものだと言われてそれを信じる? 少なくとも、それで身を飾っている貴族や商人たちは、なかなかそれを信じられない」
「たしかに。しかし、ハリュー姉弟は魔術師です。特に、姉は属性術にも長けているとか。商人や貴族が信じられずとも、己の手で調べた事象であれば、信じるほかないのでは?」
たしかにそうだが、それはすなわち、ダイヤの産出地があの町という事になる。真っ先に彼らが発見したからこそ、彼らはそれを手に入れられたという理屈だ。それはいかさま、彼らに都合が良すぎるだろう。
だが、やはり可能性としては否定しきれない。とはいえ、また話を脱線させるつもりはない。
「そもそも、赤い宝石をみつけたから、ダイヤと比べてみようという発想がまずおかしい」
「たしかに。まさか、未知のレッドダイヤと、ホープダイヤ紛いの大きなブルーダイヤが、同じ地で産出されるというのも考え難い話です」
「それだけじゃない。ショーン・ハリューは本来どうして、この地で家禽の畜産など始めた?」
ガラリと変わった話題に、ライラは心底意味がわからなかったのだろう。常の無表情などどこへいったのかと問いたくなるような、キョトンとした顔のまま、さっきとは反対方向にコテンと首を傾げた。
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