第0話 新たな侵入者と穏やかな一日
〈1〉
「ねぇ、ショーン君」
所用があって、地上の屋敷の書斎で仕事をこなしていたら、シッケスさんが話しかけてきた。自由奔放な彼女の性格からすると意外かもしれないが、職務中にこうして話しかけてくるのはとても珍しい。
「なんです?」
「なんか最近、また侵入者増えてきてない?」
「あー……」
やはり、この人は気付いていたか。という事は、ィエイト君も気付いているだろうな。
最近、我が家の
人数は一度に十人程度、多くても二〇人は超えない。複数のパーティが内部で合流を図ろうとする事もない。完全に、単発の侵入者である。
「もしこっちに任せてくれるなら、地下に入る前に対処できるけど?」
「大丈夫です。下手にお二人に対処をお願いすると、連中の目がそちらに向いてしまいそうで面倒です。シッケスさんとィエイト君は、これまで通り使用人のガードに当たってください」
「大丈夫? 昨晩なんて、三組は這入っていったけど……」
そうなのだ。以前は一週間に一組いればいい方という頻度だったのに、いまは毎日どころか、一日に複数の侵入者が現れるようになったのだ。恐らく、裏にいる人間がかなり多岐に渡るのだろう。
目的は……――
「少々派手に暴れ過ぎましたかね……」
「なんの話?」
「いえ……、いまの侵入者たちの目的が、これまでの連中と違うんですよね。それが今後、どんな影響を及ぼすのか、ちょっと未知数で厄介だな、と……」
「ふむん……? その目的って?」
「僕らの【幻術】です。その研究資料か、術式そのものを手に入れられれば最良、と考えているのでしょう。いまの侵入者連中は、恐らく背後に他領の貴族だの、他国だのがいると思います。もしかしたら、教会という場合もありますが……。これまでは、宝石だのマジックアイテムだの、即物的な金品を求めた、チンピラからそれに毛の生えた不良冒険者ばかりでしたが、今後は後ろ暗い仕事を専門とするような輩がやってくるんでしょうね……。少々憂鬱です……」
勿論、既に侵入者はほぼ全員が落命している。生き残っているのも、たまたま生存したものを、幻術の実験に活用する為に延命させているだけで、その命の灯は長くはもたない。
「面倒なら、やっぱこっちも防衛に加わろうか? もしくは、誰か別の警備も雇うとか……」
「いえ、侵入者への対処そのものは、現状問題ありません。というか、人海戦術でもない、散発的な侵入でどうにかなる程、ウチの工房は単純じゃありませんよ」
いま侵入してくる連中の中には、なんと【
アプローチと玄関を抜けられた者も、基本的には【
いやまぁ、冒険者も上澄みである五、六級辺りまでは、そんなんばっかだけど……。それでも、グラに【
でも、最近グラの刀にかなりガタがきてるんだ。手入れはしているんだが、やはり実戦で酷使すると、刀剣の寿命は早い……。なのに、あのレベルの刀は、こっちだと中々手に入らない。
流石にカベラも、遠く東の国から良い刀を取り寄せる力はない。流れてきた良いものを探す事はできるらしいが、それも限界があるらしい……。そもそも、美術品としてでなく、実戦用の刀を見分ける事そのものが、かなり難しいんだとか。
僕らが海を渡るわけにはいかないってのに。ホント、もう一回刀持って侵入してきてくれないかな、エドなんとか君。いや、死んじゃってるから無理だってのはわかってるけどさ……。
……エドなんとか君? なんか、音が近付いた気がする。
「なので、目下最大の懸念は、連中が使用人に手を出さないかです。お二人には本当に、そちらに専念してくれれば、僕らからは言う事はなにもありません。感謝してます」
現状、連中が使用人たちの寝所をスルーしているのは、そこにシッケスさんたちがいると知られているからだ。そうでなければ、使用人を人質にして僕らに言う事を聞かせようとする輩が、現れていてもおかしくはない。
まぁ、それをやったら絶対に許さないが。僕らの、主人としての沽券に関わる問題だ。
「そう? ならいいけど……」
「ええ。以後も、よろしくお願いします。それと、午後から【
「うん? まぁいいけど、なんの用? 内緒話?」
「別に内緒というわけではありませんよ。ただまぁ、ちょっとどちらも長期間、ウチで雇い入れたいという話です」
「長期間……、ああ、ショーン君の王都行きの?」
「ええ。それと、僕のいない間グラをガードする人員として、【
「グラちゃんにボディーガードとかいる? ウチの姐さんと渡り合うような子だよ?」
「個人的な戦闘能力だけで、物事は回りませんから」
「まぁ、たしかにそうだね……」
心当たりがあるのか、やや渋面を浮かべて頷くシッケスさん。まぁ、腕っぷしだけで物事がスムーズに動くなら、人間は動物の群れと然して変わらない。
「それに、サイタンの付近に現れたという、新しいダンジョンがあるじゃないですか」
「ああ。そういえば、そんなんあったね。どうなったの?」
「どうなったかまでは、情報がありません。ただ、ダンジョンの発見をしたのは僕らですし、攻略になんらかの進展があれば、こちらに話がくるかも知れません。そのとき、我が家にいるのがグラだけだと……」
「あー……」
僕が濁した言葉を、過たず理解し、明後日の方を見ながら苦笑するシッケスさん。
恐らく、人員の手配とか一切せず、そのまま身一つで乗り込むだろう。それでも戦力としては十分かも知れないが、確実に現地で他のパーティと連携する、などという事はあるまい。
相手がチッチさんとラダさんであってもだ。
「なので、もしもお声がかかった際の舵取りを、ベテランの【
「え? 王都に連れてくのって、【
「ええ。敵地に乗り込むも同然ですので、信頼できる者を連れていきたいんです。残念ながら、僕と【
「【
「まぁ、そこそこの信頼関係はありますよ。少なくとも、バカ王子が大金を積んでも、寝返らないんじゃないかと期待する程度には」
「ふぅん……」
やや懐疑的な彼女の視線に籠められた、『それでも裏切られたらどうする?』という意図に、べったりと貼り付けた笑顔で返す。勿論、そのときは二人を倒して、使嗾した連中にも痛い目を見てもらう。そのときは、僕に人を見る目がなかったというだけの事だ。
「まぁいいや。わかった! じゃあ、用意してくる」
「ええ、よろしくお願いします」
そう言って書斎を出ていくシッケスさんを見送ってから、僕は仕事に戻った。その日は特に何事もなく、穏やかに物事が進み、実に過ごしやすい一日だった。
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