第12話 想定外の事態と最悪の可能性

 ●○●


「……チッ」


 新ダンジョンからの定時連絡に帰還した下級冒険者が、俺の舌打ちにビクついている。まぁ、自分の報告を受けたギルマスが不機嫌そうにしていたら、駆け出しではビビっちまうだろう。

 それがわかっていてなお、苛立ちを隠しきれない。俺はその新米の怯えを無視して、改めて報告書の文字列を目で追う。


「犠牲が出るのが早すぎる……」


 新ダンジョンの攻略を任せたチッチからの報告は、犠牲者の名簿だった。といっても、一パーティだけだが。


「……モンスターは大多数が小鬼。二〇匹に一匹くらいの割合で豚鬼。三層において、一度だけ大鬼の存在を確認。討伐済み……。どう考えたって、【燃える橋アースブルー】の連中が全滅するような環境じゃねえ……」


 個々人の実力はともかく、総合力なら【愛の妻プシュケ】よりも断然高い連中だ。その安定力は、サイタンでも指折りだった。

 人数が多いせいで必要経費が嵩み、なかなか装備を新調できなかったのが伸び悩みの原因だ。だがそれも、今回の依頼で懐が潤えば、かなり跳ねると見込んでいた連中だったのだ。

 それが、生き残りの一人も出さずに消息を絶った……? ただの出来たてのダンジョンで?


「特段チッチに厭われたってわけでもねえだろ……。だとすれば……」


 ぶっちゃけ、扱いづらいパーティを捨て駒のようにして探索を進める事は、中、大規模ダンジョンの攻略においては、ままある事だ。所詮冒険者なんてのは、やくざな連中の寄せ集めに過ぎねえ。己の実力を過信、盲信して尊大に振る舞う奴がいないわけじゃねえ。

 最近死んだらしい【天剣】のエルナトなんかは、その典型だ。

燃える橋アースブルー】の連中がチッチから疎まれて、危ない橋を渡らされた挙句、使い潰されたというだけなら。冒険者は死ぬのも仕事の内。その命をもって、堅気の身代わりになるのは本分なのだ。


「だが、そうじゃなかったら……」


 俺はチッチの顔を思い出す。斥候らしい飄々とした男だったが、ハリュー弟に対する態度や言動を見ても、義理堅く、堅実な男に見えた。あれが偽装だったならば、素直に耄碌を認めよう。


「ハリュー弟か……」


 ついでのように思い出した少年に、俺は渋面を浮かべる。あれは逆に、イマイチ何を考えているかわからない子供だった。【愛の妻プシュケ】の態度を見るに、元々バカやったのはあいつらなのだろう。ハリュー弟は、それを庇ったわけだ。

 だが、なぜだ?

 損得じゃあない。サイタンにとっては重要な人材である【愛の妻プシュケ】だが、あの姉弟から見れば取るに足らない有象無象の二人でしかない。ではなぜ、単身新ダンジョンに残り【愛の妻プシュケ】を庇った? リスクに対して、得られるものが二人の感謝では間尺が合わない。

 あの姉弟は、そのような無私の善意に興じる程の篤志家だったか? 俺の元に入っている情報では、そうではない。


「いや、いまはそっちはいい」


 思考がそれた。いまは新ダンジョン攻略についてだ。

 チッチが【燃える橋アースブルー】を使い潰したってなら、事態はまだ連中の素行の問題に収まる。だが、もしもそうでなければ……。この新ダンジョンが、中規模ダンジョンに至るような事態に陥れば、伯爵領に再び激震が走る事になる。

……去年のこの領は激震続きだったんだから、今年は安閑と暮らしたかったってのに、新年早々この有り様かよ……。


「といってもな……」


 残念ながら、いまのゲラッシ伯爵領で頼れる上級冒険者は、【バスガル侵出】【先導者騒動】【帝国のナベニ侵攻】によって、山向こうに出払っている。実力のある冒険者は、ダンジョンの気配に集まり、戦争の気配から遠ざかるものだからな……。

 いくら冒険者には徴兵免除の特権があるとはいえ、誰しもそういう面倒事から逃れられるわけではない。ならば根無草の身を幸いと、物理的に遠ざかるのも当然といえる。

 まぁ、それができるのは、他所の町でも身分証が有効な、中、上級冒険者だけだが。


「少々バツは悪いが、呼び戻して頼らせてもらうか……」


 これが俺の杞憂ならば、それでいい。元々、【燃える橋アースブルー】の連中だって、危険は承知でこんな稼業に就いていたのだ。

 だが、もしこれが俺の杞憂でなく、【燃える橋アースブルー】の油断でもなく、新ダンジョンが並々ならぬものであるなら、対処は早ければ早い方がいい。


「おい」

「は、はいっ!」


 俺の独り言に一喜一憂し、ブルブルと震えていたひよっこは、声をかけると野うさぎのようにぴょんと跳ねて返事をした。流石にこれじゃあ、肝が小せぇと言わざるを得ねえ。


「ついでで悪ぃが、一走りアルタンまで行ってくれ。ハリュー姉弟に依頼書を渡してきてくれ」

「え? で、でも俺は、チッチさんたちに……。それに、せっかくのダンジョンが……」


 呑気な新米の台詞に、眉に皺が寄るのを感じる。それに気付いてか、そいつはまたも小さくなってブルブル震え始めた。


「駄賃くらいは出してやる。それに、まだしばらくは殲滅の依頼が出される事はねえから、安心して使いっ走りやってろ」

「は、はへいっ!」


 奇声の返事を無視して、俺は簡単な依頼書を書き上げる。できれば、【雷神の力帯メギンギョルド】や【アントス】の連中も呼びたいところだが、流石に尚早か……。一級冒険者パーティを招聘するのは、資金の面でも厳しい。脅威が明確のものであるなら、問題はないのだが……。

アントス】なら実力的にも依頼料的にも安心だが、問題はつながりが薄い点か。つなぎをつけるのに、どれだけ時間がかかるか。とはいえ、こちらも別口で依頼をアルタン支部に入れておこう。

 これでただの小規模ダンジョンだったら、俺ぁいい面の皮だな。まぁいい。

 ハリュー姉弟は、斥候の技術に不安がある。また、自前の使用人にそれを覚え込ませようとしているようだが、まだ未熟。となれば、それなりに腕っこきの斥候を連れてきてくれるだろう。加えて噂の実力なら、それだけで御の字だ。

 俺は書き上げた依頼書を、そのまま新米に渡して部屋から追い出す。


 まるで『待ってました』と言わんばかりに、ハリュー姉に護衛として【アントス】の連中が引っ付いてきたときは、流石に頬が引き攣った。当のハリュー弟はいなかったのだけが幸いだ。これ以上あのガキに悩まされたら、俺の顔の皺が倍になっちまう……。



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