episodeⅧ 心へと至る方法

 〈16〉


 ショーンが人間をやめると言ってくれたのは、素直に嬉しい。ただ、あれはない……。あとになって、身悶えしそうな程の羞恥に苛まれた。

 ああ、なんたる不覚ッ!!

 依代が破壊されてから、私の覚悟不足や人間どもの訪問などで、なんとなく吐きだせずモヤモヤしていた感情が、バスガルのダンジョンからの使者という、明確な脅威の出現で決壊してしまったのだろうと自己分析する。

 流石にあんな無様な姿を見せたのは、姉としてどうかと思う。もしもショーン以外の誰かに見られたりしたら、その者を五分刻みにしたうえで灰も残さず蒸発させたうえで、私も自裁したい程の醜態だ。


 ただまぁ、ショーンが相手であれば、私も多少気が緩んでしまうというもの。これが、家族故の気安さというものなのかも知れない。だとすれば、まぁ、ダンジョンの最奥であれば、もう少し肩の力を抜いてもいいのかなとも思う。

 あれから、ショーンは最近進んでいなかった幻術の修練を始めた。今日はもう休んだ方がいいと言ったのだが、依代に移れば否応なく睡眠が必要であり、一日をフルに使えるのはダンジョンコアに宿っている間だけだからと押し切られた。依代に移る前に、せめて至心法ダンジョンツールだけでもマスターしたいと言われれば、強く反対はできなかったのだ。

 私が使う感覚を覚えて、もうショーンもかなり自由自在に使えるようになっている。現に、いまは光る半透明の画面を眺めながら、現在のダンジョンの全体図や保有DP量、毎時消費DP量、下水道からの獲得DP量などの確認を行なっている。

 至心法ダンジョンツールは開発したての、黎明期の技術である。まだまだ発展途上で、手を加える余地は十二分に存在する。光る画面を開いたショーンは、まずDPの推移を簡便なグラフにするツールを開発した。

 私は最初、数字で理解できるものを図式にする意味があるのかと疑問に思っていたのだが、棒グラフや円グラフ、折れ線グラフというものは、地味だが画期的な情報ツールだ。数字で理解していた情報を、図として理解するのは、また違った感覚なのだと思い知った。

 これを見れば、なるほど下水道という施設をダンジョンに取り込んだ意味や、依代がモンスターを作る有意性というものがハッキリと認識できる。やはり、バスガルの件が片付いたら、モンスター作成専用の依代の開発に取りかかるべきだろう。

 それ以外にも、下水道に侵入者がいる時間帯や、逆に完全に人気がなくなる時間帯もわかりやすい。

 ショーンは他にも、ダンジョンを遠隔操作で広げられるのか、細かい構築が可能なのかも実験し、現在はその為のツールの開発に専念している。このツールが完成すれば、ダンジョンの維持管理だけなら、ほとんどダンジョンコアが手を煩わされなくなるだろう。いずれ、広大なダンジョンを得られたなら、それは計り知れない恩恵をもたらすはずだ。

 ちなみに、モンスターを半自動的に補給するシステムは、ショーンが簡単に作ってしまった。【モンスターキュー】という名称で、一定のエリア内における特定モンスターの動向を監視し、規定数を下回った段階で、新たなモンスターを作りだすという仕組みだ。

 いわれてみれば簡単なシステムではあるのだが、私はいわれるまで思い付かなかった。たいした手間でもないので、足りなくなれば普通に生み出して送りだせばいいと考えていたのだ。

 だがこれも、ダンジョンが大きくなればなる程、有用なツールだろう。いずれ、この至心法ダンジョンツールが基礎知識に記された際には、多くのダンジョンコアがその利便性に歓喜するに違いない。


 たしかに至心法ダンジョンツールを開発する際に必要だった、様々な知識はショーンにはまだ足りていない。そういった面で、私の貢献とて認められて然るべきなのだろう。だがしかし、このツールは間違いなくショーンがきっかけとなって作られたものだ。

 ダンジョンの常識に凝り固まった私の頭では、これを十全に有効活用できないのだ。だが、ショーンにはそういう『普通』が欠けている。あるいは、彼の前世の『普通』こそが、我々ダンジョンにとっての『異常』なのだ。

 私は、亜神であり、いずれ神に至らんと欲しているが故に、神というものを信じてはいないが、彼がダンジョンの側へと生まれ落ちた事だけは、なにかそういったおおいなるものに感謝したいと思った。それと同時に、この世界の地上生命には多少の同情を禁じ得ない。

 彼がダンジョンコアとして生まれたという事実は、間違いなく地上生命と地中生命との生存競争において、大きな影響をもたらす。おそらくは、地中生命側に有利な形で。

 あるいは、現状ではやや押され気味であると認めざるを得ないダンジョンの現状を打破し、逆転させる程の影響力を有するのかも知れない。いやいや、いくら頑張り屋で優秀な弟だからといって、それは期待のしすぎというものだろう。

 それに、もう少し私も頑張らねば、姉としての立つ瀬がない。


 対バスガルとの侵略戦争は、これからが本番なのだ。私も依代に移るまでは、時間をフルに使って、できる事をやろう。とりあえずは、ショーンが苦手としている繊維の織り込み方を、至心法ダンジョンツールに組み込んでおこう。これで、ショーンだけでも衣服が編みあげられるようになるだろう。

……そういえば、ショーンがおかしな事を言っていたと思い出す。たしか、石や土を加工して、食器を作るという話だった。なぜそのような事をするのかと問うたのだが、まだ素案の段階だから、きちんとまとまってから相談するとの事。

 まぁ、構わない。必要だというのなら、その作り方もツールに組み込んでおこう。

 ショーンがやる事、やりたい事は、私がサポートしてみせる。それが姉として、そして、彼に人間としてのアイデンティティを捨てさせた者の責務だ。


 私もまた、ダンジョンコアの普通から遠ざかりつつある自覚はある。そもそも、もはや孤独に耐えられぬ時点で、ダンジョンコアとしては不良品もいいところだ。

 だが、それでいい。

 私たちは双子のダンジョンコア。いまでは、それが普通であり、それこそが私たちだと胸を張って言える。たとえそれが、私のアイデンティティをも揺るがすのだとしても迷いはない。

 ショーンに人間を捨てさせてて、自分だけダンジョンコアという寄る辺に縋りつくなど愚の骨頂だ。先程の醜態に倍する無様である。


 だからショーン。どうかこれ以上、傷付かないで。

 人間を傷付けずには生きられないダンジョンコアに、人間の心を持ったまま寄り添うのは辛すぎる。それでも私は、あなたと一緒に生きていたい。

 だからどうか、きちんと人間を捨てて、私と一緒に生きていきましょう。二人ならきっと、大丈夫だから。もう二度と、あなたを死なせたりはしないから。私は、強くなるから。


 一緒に、化け物の道を歩みましょう。




――二章 終了――



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