第57話 訃報
冒険者ギルドをでた俺っちたちは、とぼとぼと目的地に向かって足を進めていた。
気が重い……。
やらなければならない事だというのはわかっているが、それでもやはり気が進まない……。俺っちたちはいま、ショーンさんの屋敷へと向かっている。当然、彼の死を告げる為だ。
特にあの、傍目から見てもショーンさんを溺愛していたグラさんに、弟の訃報を届けるというのは、相応の覚悟を求められる難行だ。
「着いちまったっすね……」
しかし、足を動かしていれば、いつかは目的地に到着する。俺っちたちの眼前には、いまも畏怖をもって語られる【アルタンの白昼夢事件】の証たる新築の屋敷が、まるで物語にあるような魔王の城かのように聳え立っていた。
「……行くよ。こいつはあちしらがやらなきゃならない事さ」
「うっす……」
その通り。ショーンさんは、己の身を犠牲にしてでも、俺っちたちをあの場から逃がした。あの状況で、俺っちと師匠がショーンさんの救助に向かえば、もしかすれば脱出は叶ったかも知れない。だがそれは、同時に全滅するリスクを内包する可能性だった。
そうなれば、アルタンはいまだにあのダンジョンを、小規模ダンジョンだと仮定して動いていただろう。もしかしたら、俺っちたちの未帰還を重視してくれるかも知れないが、大抵は「ダンジョンでドジこいて死んだんだろう」ですまされるのがこの業界だ。
だから、ショーンさんは不確実な可能性を捨てて、逃走の成功率が最も高い方法を選んだのだ。
それは、この屋敷の地下に存在する悪夢のような工房を守る為であり、ひいては姉のグラさんを守る為だったのだろう。
だからこそ、俺っちたちは彼の最後を伝えなければならない。それは俺っちたちにしか、できない事だから。
ノッカーを鳴らすと、以前家令として紹介された壮年男性に出迎えられた。たしか名前は、ザカリーだったか。
この屋敷の主人を伴って出ていった俺っちたちが二人で戻ってきた事と、俺っちたちの表情で事態を察したのだろうザカリーが、神妙な面持ちで以前も通された応接室に案内された。
しばらく経って、ドアが開いた先にいたのは、ザカリーでもグラさんでもなく、たしかジーガという執事だった。ショーンさんと二人して、師匠に【鉄幻爪】を売り付けていた男だ。
「申し訳ありません。グラ様は少々体調が優れないとの事で、本日の面会はご遠慮願いたく思います」
「……まぁ、急に訪ねたんだしね……」
「……そうっすね」
とはいえ、だからといって完全に報告を後回しにしていいとは思えない。たしかに緊急の報告ではないが、それは取り返しがつかないからそうだというだけで、家族であればできるだけ早く知っておきたいだろう。
なので、このジーガに相談する事にした。
「な——ッ!? ショーンさんが!? そいつは本当の事ですか!?」
一通りの事を伝えられたジーガは、当然の事ながら驚愕した。まぁ、屋敷の主人が落命したともなれば、そこで雇われている使用人にとっては、一大事だろう。とはいえ、使用人らしからぬ言葉遣いには、少しだけ違和感を覚えた。
「そうだよ。だからもし、グラちゃんがただ眠いだけとか、体調不良でも軽いものだったら、できれば呼んできてくれないかい? あちしらとしても、謝らなきゃならんしね。本当に、なにかの病で寝込んでいるとかなら出直すさ。そんな状態で耳に入れるには、酷な内容だ」
「…………」
師匠の言葉にも応えず、ジーガは呆然としたまま立ち尽くしていた。
土砂崩れで、丹精込めて育てていた畑がなくなっているのを見ている農夫のような顔、とでも例えればいいのだろうか。明日からなにをしていいのか、突然わからなくなってしまったかのような絶望を、その相貌に張り付けたまま、彼は微動だにしない。
きっと、このジーガとショーンさんとの間にも、俺っちたちが知らない繋がりがあったのだ。その繋がりが、思いがけず切れてしまったという事実を、受け入れられないのだろう。
時間をかけて、自分を納得させていくしかない。死とは、そういうものなのだ……。
「……もう一度、声をかけてみます……」
ゆうに五、六分は棒立ちだったジーガが、気を取り戻してぽつりと呟いてから、部屋を出ていった。
「……やっぱ、怒られるっすよねぇ……」
「それならまだいい。悲嘆に暮れられると、あちしらとしてもできる事がなくなる。むしろ、怒りでも憎しみでも、ぶつけてくれる方がありがたいってもんさ……」
師匠の言葉に、たしかにそうかも知れないと思い直す。
ただ悲しまれ、嘆かれ、泣かれるままに、なにもできる事がないという状況は、単純に責められるより何倍も苦しいだろう。後日、その人が命を絶った、などと聞かされた日には、罪悪感で押し潰されるような思いをするはずだ。
グラさんは、大丈夫だろうか。見るからに他者との関わりを持つのが鬱陶しいといった態度だった彼女にとって、唯一心を許せる相手が、ショーンさんだったのではないか。もしそうなら、彼を喪った痛みは、どれだけ彼女の心を抉るものだろう。
本当に、後日自刃したなんて聞かされた日には、一、二週間は酒に溺れる自信がある。それで忘れられるとは、到底思えないが……。
バタンと、唐突に扉が開かれた音で、俺っちと師匠はそちらに目をやった。そこには、さっきまでは幽鬼のような表情を浮かべていた顔に、まったく違う驚愕の表情を湛え、なぜかしきりに背後を指差しているジーガがいた。目はまん丸に見開かれ、口はぱくぱくとなにかを伝えようとして入るものの、そこからは声にならない息が漏れてくるばかりだ。
どうしたのだろうと思って、彼の指差した先を見ても、そこにあるのはただのドアであり、向こうには無人の廊下が——
「やぁやぁお二人さん! さっきぶり、という程さっきでもないかな。もう数時間前の事だ。いやぁ、あれには驚いたね!」
——きっと、いまの俺っちも、ジーガと同じ顔をしていただろう。あと、師匠の「ひぇえぇ……」なんて情けない声は、生まれて初めて聞いた。
あとで、酒の肴としてみんなに聞かせてやろう。
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