第44話 スラム街の知恵袋

「ここ最近の、スラムの事情、ですか?」


 僕の質問に、セイブンさんは眉を寄せながら首を傾げる。顎を撫でつつ、流し目で僕を見ているのは、ギルドが掴んでいる情報をどこまで開示するかを考えているのだろう。

 当然ながら、僕だってギルドが持っている情報を、一から十まで詳らかにしてくれるとは思っていない。それでも、できるだけ良質な情報源になってもらう為に、ある程度目立ってしまう可能性に目を瞑ってでも、ギルドにおける自分の評価を上げる必要があったのだ。その為の、三十九個の魔石の納入と、ネズミ系のモンスターを一網打尽にできる手段があるという、情報の開示だ。


「セイブンさんが耳にした程度の情報で構いません。なにかありませんか?」

「そう言われましても、ショーンさんがどのような情報を求めているのかがわからねば、こちらとしても対応はできかねます。なにをお聞きしたいのです?」


 まぁ、そうなるよねえ。一から十まで知りたいなんて贅沢は言わない。だけど、できれば知りたいくらいには、僕らは情報に飢えている。なにせ、ダンジョンにちょっかいをかけている相手が、どこの誰であるのかすら、僕らは知らないのだ。


「なんでも構いません。ここ一週間で、スラムの方から聞こえてきた噂話程度でいいので、できればお聞かせ願えませんか?」

「ふぅむ……」


 僕のお願いに、セイブンさんは瞑目して考え込む。

 ここで賄賂でも渡せば、それらしいのかな? でもなぁ、要求されていないのに袖の下を渡すのは、それはそれでリスキーだ。向こうが潔癖な相手であれば、むしろ気分を害してしまうだろう。


「そういえば、少し前にウル・ロッドファミリーが、多少ゴタついていたようですね。単なる噂話ですので、それ程信憑性のある情報ではありませんが」

「ウル・ロッドファミリーですか?」

「おや、ショーンさんはご存知ありませんでしたか。この町のスラム街においては、最も影響力のある組織です。組織のトップは二人。姉のウルと、弟のロッドの姉弟が取り仕切っています」

「それでウル・ロッド……。ゴタついていたというのは?」

「さて、流石に詳細までは……」


 言葉を濁すセイブンさん。もしかしたら、さらなる情報を有していて黙っているのかも知れないが、これ以上は教えてはくれないだろう。ここまでが、九級冒険者に明かせる情報という事だ。仕方がない。


「そうですか……」

「なにかありましたか?」

「その、ちょっと黒ずくめの連中を撒いていたら、それなりに大人数の相手に囲まれそうになりまして……。危なそうなので、情報を集めようかと……」

「ふぅむ。今日は、あの目立つ装備を付けてこなかったのは、それが理由で?」

「ええ、まぁ」

「なるほど……」


 やぱり、ダークブルーの皮鎧は目立っていたようだ。グラの要望で作られた、実用性と見た目を兼ね備えた鎧だったしね。

 なんだかんだ、グラってば僕を着飾りたがるんだよな。イヤリングといい、鎧といい。意外と装飾に凝るタイプなのだ。


「そうですか……。そうですね……」


 口籠りつつ、セイブンさんが僕を見ながらなにかを考えている。やがてなんらかの結論がでたのか、少し声を抑えつつ助言をくれた。


「ショーンさんが本心から困っていて、本当にスラムの情報を欲しているのであれば、もしかしたらお力になれる人物を紹介できるかも知れません」

「紹介ですか?」

「はい。事情があってスラムに住んではいるのですが、それなりに信用できる方ではあるかと」


 そう前置きして、彼がよくねぐらにしている場所を教えてくれた。そこには、スラム街の知恵袋的な人物が住んでいて、ギルド的にもセイブンさん個人としても、重宝しているらしい。


「最後に、もしもその人物に信義に悖る対応をされた場合、ギルドはともかく、私があなたの敵になるという点を、ご承知おきください。ショーンさんが私の顔を潰すような、思慮のない真似などしないと信じていますので、これは蛇足になるのでしょうが……」

「も、勿論ですよ! 紹介された相手に無礼を働くような、バカじゃありません!!」


 こえー……。相変わらず、この人の笑顔の威圧は、心胆を寒からしめられる。

 まぁ、言っている事はもっともだし、ある程度目をかけてもらっているようなので、相手に無礼だと思われないだけの立ち居振る舞いを心がけようか。

 そうだな。手土産を持ってくのは基本だよな。



「ひぃぃぃいいいいいいいいいいい!!」


 なんか、いきなり悲鳴あげられたんだけど……。それも、貞〇やスクリームの犯人に向けられるようなタイプの、ガチ悲鳴だ。


「えっと、どうも初めまして? 僕はショーンといいます。その、スラムの情報が欲しいとお願いしたら、セイブンさんにこちらを紹介していただきました」

「ひぃ、ひ、ひぃぃぃいいいいいい!?」

「ええっと……。ジーガさん、でよろしかったでしょうか?」

「ケヒッ、ケヒュ……ッ、カヒュー……、カヒュー……」

「ええ、なにこの人……」


 悲鳴あげすぎて、酸欠になってるよ……。あ、もしかしてこの人、前にギルドで、僕を見て悲鳴あげてたおじさんじゃない? いや、だからって、どうしてここまで怯えられているのか、わかんないんだけど……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る