第23話 人間社会のしがらみ
「お答えする前に、一ついいですか?」
「ええ、なんなりと」
僕はセイブンさんに、どうしてギルド上層部の初動対応が遅れたのか、いまはどうなったのかを訊ねた。セイブンさんの答えを要約すると――
対応策を講じて、それが失敗だったらニスティス大迷宮の再来となる恐れがある。そんな事になれば、組織での立場どころか、この国の誰からも白眼視されかねない。いや、下手をすればその悪評は国境を跨ぐ。最悪、私刑の対象だ。
そこまでのリスクを冒して、陣頭指揮を執りたがるギルド幹部はいなかった。
この町のギルド支部の主だった者たちは、もっと危機感をもってはいたのだが、残念ながらタイミングが悪かった。
自分たちの部下にはセイブンさんがおり、また近々彼の所属する一級冒険者パーティが対策に乗り出す。【
いまは、【
最後に、いまはギルドの幹部や、この町の支部を説得し、セイブンさんが陣頭指揮を執る形で、現場での自由裁量が許されているのだそうだ。
「この町のギルド支部の動きに関しては、仕方のない面もあります。上層部が動きを見せないのに、国にも関わるような事を独自裁量するわけにはいかなかったでしょうから。とはいえ、油断していたのは事実。気を引き締めてもらいました」
この人、なにをしたんだろう……。とは思ったが、とても聞ける雰囲気じゃない。言っている事も正しいと思う。
たしかに、この町のギルド支部の対応は消極的だったが、その分堅実だった。ダンジョン攻略に際して、できるだけ安全な探索ができるよう、情報収集に努めるというのも、悪手という程でもないだろう。
ただし、緊急時にはそういった堅実で無難な対応では、間に合わない事もあるのだ。特に、今回は手遅れになってからでは、いろいろと取り返しがつかない。巧遅は拙速に如かず、である。
加えてセイブンさんは、憤りも隠さず、言葉を続けた。
「ギルド幹部に関しては、情状を斟酌してやるような余地はありません。こんなときに、責任者が責任を取るのを恐れて縮こまるなど、許されざる怠慢です。こちらは、幾人か役職を解き、国に対する報告義務を怠った者は罪に問われる事になりました」
「え? 国に報告していなかったんですか?」
「いえ、アルタンの町にダンジョンができた事自体は、流石に隠し通せません。それは報告されていたのですが、ギルドとしての対応の拙劣さを糊塗して伝えてていたようです」
どういう事かというと、【
報告そのものは嘘ではないのだが、緊急時に許されるような行動ではない。バスガルのダンジョンが侵食してきた可能性を知っていて、小規模ダンジョンと同じ対抗策を講じるなど、愚の骨頂である。
「その他にも、下水道のダンジョン化やダンジョンの拡大等々、報告すべき事柄が国に伝わっていなかったようです」
「それって、普通に犯罪なんじゃ……」
「ええ。ですので、悪質な者は捕らえられました」
「この緊急時に……」
いやまぁ、だからこそ人間らしいとは、元人間の身からすると思ってしまうけれどね。だからこそ、情けなくもある……。
つまりは、自己保身に目が眩んで、自分の首を絞めたという、本末転倒の愚か者のせいで、国はアルタンの町にできたダンジョンを過小評価してしまったという事だった。小規模ダンジョンに、一級冒険者パーティが対処すると思われていたのなら、それも仕方がないだろう。しかも、その為の情報は着実に集まっており、攻略に不安要素はないとまで思っていたのなら、国としての動きが遅かったのも頷ける。
人間は、僕ら小規模ダンジョンの事を、舐めている節があるからな。
「でも、国としても、きちんと現状を観察する役人なりなんなり、手配するべきだったんじゃないですか?」
もしそうしていたら、ギルドの情報を鵜吞みにするばかりじゃなかったはずだ。
「国は、最初は転移術師を派遣して、事態の緊急性を調べたそうですよ。ですが、その頃はまだ、できたのは生まれたての小規模ダンジョンだと思われていた時期です。国はその報告が届いた段階で、緊急性を一段階下げてしまったのです」
「なるほど。小規模ダンジョンなら、領主とギルド支部だけでどうとでもできる、と?」
「ええ、その通りです」
やっぱり、小規模ダンジョンは侮られているなぁ。ムカつくので、将来は絶対、ビッグになってやる。大規模ダンジョン、という意味で。
「後発の役人は事態の緊急性を覚っていたでしょうが、陸路ですからね。報告が遅れているのでしょう。たぶん、ギルドを通じて国に報告を入れようともしたのでしょうが……」
「ギルドの幹部に握り潰された、と」
「ええ、まぁ」
本当に、ただの犯罪者だな。結局、懸念していた通りかそれ以上に、ギルドの元幹部たちは後ろ指を指され、白眼視されるような立場に追いやられてしまった。彼らのこの先の人生は、きっとベリーハードモードになる事だろう。彼らのこれからの人生に、少しは幸のあらん事を。ま、どうでもいいけど。
しかしここまでくると、わざと国に害を及ぼそうとしたとしか思えないのだが、果たして本当にそこまで愚かな人間がいるのか?
僕はちょっと、ギルドの対応が悪すぎる事に首を傾げ始めていた。ニスティス大迷宮の再来という重大事に、責任を取らねばならない立場の者が委縮してしまうというのは、理解はできる。保身に走って、悪手を打つという事も、わからないでもない。だが、いくらなんでも悪手が重なりすぎて、どこか意図的ですらある。
誰かが、今回の事態の対応策を妨害した可能性は? もし、僕らと同じように、人間社会に潜り込ませた、ダンジョン側のスパイがいれば、それは可能なのかも知れない。そういえば、ダゴベルダ氏の正体も、結局はわからずじまいだ。
人間社会に潜むダンジョンからの刺客は、僕が思っていたよりも多いのかも知れない。
セイブンさんは、真摯な態度のまま、もう一度深々と頭を下げた。
「そのようなわけで、事態は急を要します。ギルドとしても、我々【
「なるほど。了解しました。勿論、僕らもこの町に住む人間です。自分たちの為にも、協力させてください」
僕は、そんなセイブンさんに、快く了承の意を示した。
そんな僕に、セイブンさんやシッケスさん、ィエイト君は不思議そうな顔をしていた。まぁ、ここまでギルドの稚拙さを披露したあとでは、協力したくないと思うのが人情だろうしね。
とはいえ、僕は化け物になると決めた元人間だ。そういう蟠りに、用はない。
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