episodeⅩⅥ 人外

 ●○●


 何度でも言う。私の弟は最高だ。


 目的の為ならどこまでも努力でき、ただ頑張るだけでなく、目標を叶える為の確実な道筋を作れるだけの強さがある。そして目標を定めたら、それに向かってひたむきに進む強い意思がある。

 私たちは、いずれ二人でこの星の神になる。二人ならなれると、私に確信させてくれるのがショーンなのだ。

 だから何度でも言う。私の弟は最高だ。私の弟は、最高の化け物になる。どんなモンスターも及ばない、どんなダンジョンコアも及ばない、どんな地上生命も及ばない、私の弟。ああ、私の弟――針生紹運ショーン・ハリュー


 ●○●


「おらァ!!」

「ふっ!」


 こちらの刺突を躱したスタンクの拳を刀の峰で逸らす。スタンクの拳が、私の残像を打ち抜くのを感じつつ、私は刀を返してインレンジ過ぎる間合いにいる彼を斬りつける。

 残念ながら、ここから八色雷公流の奥義を使う事はできない。もしかすれば、あのエルナトであれば、ここまで接近された際の戦い方も熟知していたのかも知れないが、残念ながらあの一戦でその技を盗む事は適わなかった。

 少なくとも、八色雷公流の奥義には、ここまで間合いの狭い技はない。本来剣の届かない距離すらも、間合いに入れる技はあるのだが……。

 私の逆袈裟の斬り上げを、スタンクは両腕の籠手で挟むように防ぐ。このまま得物をへし折られてはたまらない。即座に後方にステップしつつ、刀を引き抜く。

 追撃しようとしたスタンクは、咄嗟にその足を止める。私はそれに舌打ちをした。いまのが【山雷やまいかづち】から【黒雷くろいかづち】につなぐ、奥義の連携だと気付いたのだろう。

 勿論、あれを【山雷】とするには、あまりにも拙い斬り上げだったが、その技の終わりから刺突の奥義である【黒雷】への滑らかな移行は、エルナトも使っていた【山雷】の持ち味だった。

 スタンクはどうやら、八色雷公流との戦い方を心得ているようで、私が奥義をつなげようとするたびに、技の頭を潰すか、あえて距離を取る事で連撃の拍子を崩す。八坂雷公流の奥義は、連携させる事がその醍醐味だ。八つの奥義を、滑らかに、いくつつなげられるのかが、この剣術の神髄といえる。

 スタンクはその技の繋ぎを崩す事により、こちらの連撃を、単発の奥義にしてしまう。無論、奥義一つ取っても対処は難しいのだが、やはり二撃目三撃目の対処に比べれば、やりようはあるのだ。


「……なるほど。やはり、勉強になりますね」


 私は構えを平正眼火の構えから正眼水の構えに戻しつつ独り言ちる。これまでは、普通の剣士や冒険者を想定して技を鍛錬してきたが、八色雷公流の対策が確立している相手が敵となると、これ程までにやりづらいのだと初めて気付かされた。


「どうしたい、天使ちゃん? 奥義がつなげられなくて不満かい?」


 ニタニタと、実に嫌味ったらしい笑みを湛えて問いかけてくるスタンクに、私は無表情で返す。

 正直、不満はある。だがそれは、イコールで相手への悪意、敵意とはならない。むしろ、その手があったかと感心している程だ。スタンクの性格は、微塵たりとも好きになれないが、敵としてはなかなか参考になる差し手だと思っている。

 ただ、不満があるとすれば……――


「私を天使と呼ばないで欲しいですね」

「お? なんだい? 気後れしちまうってか? それとも、教会に配慮してか? 安心しろよ。大きな町に行けば、天使や女神なんてそれぞれのところに、一人二人はいるもんだ。良く娼館なんかにご降臨あそばすから、俺も世話になった事があるぜ」


 下卑た笑みを浮かべ、あえてこちらの悪感情を煽るようにゲラゲラと嗤うスタンク。どうやらこの男の処世術は、相手の悪意から本心を浮かび上がらせるというものらしい。感情的に行動させ、その隙を突こうとでも思っているのか。

 そういうのは、同じ人間に対してやればいい。私には、彼がなにをさえずろうと、そんなものは蠅と蚊の羽音の違いくらいにしか思えない。

 だがそれでも、やはりその呼び方をされるたびに、私の心には波が立つのだ。悪手だとわかっていながら、なおも私は言葉を紡ぐ。


「お前たち有象無象が私をどう称そうと、基本的には興味もありません」


 だから、私は本心からそう切り捨てた。これは事実である。人間どもが、私をどう称そうと、どう評そうと、どう表そうと、私には微塵の興味もない。

 ならば天使呼びも無視すればいいというのは道理だ。私も、基本的には無視している。しかしやはり、私は……――


「天使だろうと悪魔だろうと、好きに呼べばよろしい。ですが私は、ショーンと同一のカテゴリに属していなければ嫌なのです。対比するように、勝手に正反対のカテゴリに入れられるのは不快です。、不快です」


 スタンク望み通り、悪意のままに私は吐き捨てる。勿論、こんな感情はすぐに内心の奥に押し込められる。いかにコミュニケーション能力の低い私であろうと、このような不満はただのイチャモン、難癖の類だと知っている。こんなものは、地上に足を踏み出したときから、幾度も感じた不快感の一つでしかない。故に、普段は心中に深く蔵している思いだ。

 我々の事を誰がどう呼ぼうと、それこそ勝手なのだ。だがそれでも、私としては【陽炎の天使】【白昼夢の悪魔】とバラバラに――というよりも、正反対の存在のように呼ばれるくらいならば、【ハリュー姉弟】と一まとめに呼ばれている方が、はるかにマシだ。

 天使だのなんだのと呼ばれるたびに、心がささくれ立っていくのは、なにも知らない連中が、私たちの本質に無神経に触れるからだろう。私たちが、根本では違う生き物であり、元々は相容れない存在であるという点に。

 化け物と人間の双子という我々の在り方を、意図せず表しているからだ。


「へぇ……」


 まるで、兎を見付けた狼のような、狡猾な笑みを浮かべるスタンク。いまにも舌なめずりでも始めそうな顔で、私の心のデリケートな領域を、無思慮に踏み躙ろうとしている。

 構うものか。ショーンは私の弟であり、私とショーンは二心同体、一心双体であり、同じカテゴリであり――姉弟なのだ。

 間抜けな地上生命め。そこが弱点だと思って掛かって来い。そこが弱点である事は間違いではないが、私とショーンが一緒にある限り、致命傷には至らない。必ずや、肉を切らせて命脈を絶つ。


 私を兎だと思っているなら、そのとき後悔するだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る