第11話 魔術師には杖!
「あ、あのぉ……」
大男を無力化したところで、背後から遠慮ぎみの声がかかる。見れば、受付のジーナさんだった。
「できればですね……、そのぉ……、もう少し穏便に事を収めていただけると、こちらとしても助かるかなぁって……」
自分の言葉に理がない事を知っていて、それでも立場上言わないといけないといった様子で、涙目のジーナさんが注意してくる。でもだからって、譲る理由にはならない。
「そちらこそ、いい加減ギルド内で問題を起こさせないよう、対策を講じてください。武器を抜いた相手が襲いかかってきたら、こちらも身を守る為に行動しますよ。降りかかる火の粉は払わねばなりませんから」
「ですよねー……」
とはいえ、今回は不可抗力だと思う。言っちゃ悪いが、悪いのはダゴベルダ氏の辛辣すぎる言動だし、ギルドは揉め事を治める為の措置は講じていた。残念ながら、ダゴベルダ氏に荒くれと一緒にのされてしまって、効果がなかっただけで。
なのでこれ以上追及はせず、ジーナさんがカウンターに乗せている銀貨と銅貨を皮袋に突っ込んで帰る事にする。
「ふむ。先程の【魔術】は幻術か?」
ジャラジャラと皮袋にお金を入れていたら、ダゴベルダ氏が興味深そうに僕らを見ていた。
「ええ。僕は一応、幻術師ですから。あ、姉のグラは割となんでもできる天才です」
「ふむ。小娘と手を合わせていたのは、どういう意図であったのだ?」
「ああ、それは――」
「おお、そうか! 手を合わせた際に、手のひらに刻まれる理を読み取って、使う幻術を合わせたのか。だが、他者の手のひらに刻まれる魔力を感じ取り、なおかつ相手が【魔術】を使うまでに術式を構築し、タイミングを合わせるというのは、なかなかの絶技よな。吾輩がやれと言われても、まずできん」
うわ、すぐにバレた。
僕らが手を合わせた理由は、ダゴベルダ氏が言い当てた通り。まぁ、グラがこちらに手を差し出した瞬間、僕もグラがなにをしたいのかはすぐにわかったしね。
とはいえ、実際問題それが可能か否かといったら、普通は無理だろう。当然、僕にも無理。なので、ああして息ピッタリの幻術を使えたのは、全部グラのおかげなのだ。
だいたい、相手がなんの理を刻んでいるのかとか、魔力を刻むかすかな感覚でわかるわけがない。ダゴベルダ氏が言ったように、後出しで僕にピッタリタイミングを合わせるなんて、超絶技巧といっていい手腕だろう。
それをやってのけ、涼しい顔をしているグラ。我が姉ながら、なんとも頼も恐ろしい。話が聞こえていたのだろう、周囲の冒険者や受付は感心するとともに、これまでの恐れとは別種の、尊敬の念の籠った視線をグラに向けている。
「ショーンが相手でなければ、私だってできません。逆にいえば、ショーンが相手であれば、この程度の事は造作もありません。姉ですから」
淡々としつつも、胸を張って言い放つグラ。
「ふむ。姉だからとできる事ではないと思うが……。まぁ、些末な事はどうでも良い。君たちはどうして、【魔術】を使う際に、杖を使わんのだ?」
「理を構築する行為に慣れる為です。それに、たしかに杖を使用すれば【魔術】の発動は早くなりますが、簡便な為に術式の理解からは離れてしまいます」
魔術師は杖を使うもの。この世界においても、そんな認識がある。なぜなら、杖を使う方がはるかに【魔術】を使うのが楽なのだ。
魔力に理を刻み込む際、幻術なら幻術、属性術であれば属性術で、ある程度決まった法則のようなものが存在する。それを予め杖に刻んでおけば、魔力を流すだけでその分を省略できるという寸法だ。リソースの大きい木材を用いれば、術式一つを杖に刻み、魔力を流すだけで発動するようにしておく事も可能になる。
勿論、その場合は他の【魔術】が使えなくなるのだが、練達の魔術師は通底する理にだけ魔力を流し、それ以外は自分で刻み、個別の【魔術】を発動させるそうだ。
いまの僕からしたら神業レベルの器用な真似に思えるが、魔術師としてはこれができて一人前らしい。
だからこそ、僕も魔力に理を刻む事に慣れなければならない。いずれはそんな曲芸じみた事も、口笛吹ながらできるようになる為に。だからこそ、普段はあまり杖を持ち歩かなかったのだが、説明を受けたダゴベルダ氏は納得してはいなさそうだ。
「ふむ。言わんとする事はわからんでもない。しかし、その早さこそが、緊急時には肝要であろう。むしろ、それ以外は些末といっていい」
「む」
「己の身を守れてこそ、のちの事も考えられるというものだ。襲われた際にまで、非効率な術式の構築に頼るようでは、本末転倒だと吾輩は考えるが?」
まぁ、たしかにね。
例えるなら、杖を使わず【魔術】を放つというのは、銃弾をそのまま投げているのに等しい。鉄や、もっと魔力に馴染む貴金属や宝石を使った発動体であれば、もう少しマシだが、それでもパチンコ程度。やはり、
グラも、僕の身の安全に関する事だからか、しきりに頷きつつ、なにかを考えている。人間に対してはかなり意地っ張りな彼女だが、今回は過保護の方が勝ったようだ。
「あ、あのぉ……」
そこでまた、しばらく空気だったジーナさんが声をかけてきた。
「ダゴベルダ博士のご登録に関してなのですが……、たしかギルドの特級冒険者資格者の名簿に、博士のお名前があったように記憶しているのですが……、ダゴベルダ博士、覚えはありませんか?」
「特級冒険者? 知らん。吾輩は、冒険者の階級なんぞに興味はない。普段は助手やお付きに任せている故、細かい事は関知しておらん。だが、こうして単身ギルドに赴いた際には、よく新規として登録しておったぞ」
「に、二重登録じゃないですかぁ……」
「違う。何度もやっておるから、多重登録である!」
「なんで偉そうなんですかぁ……」
堂々と言い張るダゴベルダ氏に、涙目のジーナさん。僕ら、もう帰っていい?
「だいたい、それはギルド側の落ち度であろう。吾輩は、冒険者は一定期間の内にモンスターを狩らねば、資格を剝奪されると聞いておったから、いちいち面倒な登録作業を毎回やっておったのだ。吾輩が特級とやらになったのであれば、そちらで周知しておれば、多重登録などにはならんかったろう」
「そんな広範囲に情報を届けられるような手段、軍隊でもなければありませんよ」
へぇ、軍隊にはあるのか。思ったよりも、人間社会の文明は進んでいるようだ。とはいえ、流石にデータベースは紙だろうし、そのデータベースにアクセスできるような機材もないのだろう。ダゴベルダ氏の情報が周知されていなかったとしても、仕方のない事だ。
いや、もしかしたら、軍隊は民間とは隔絶した技術水準なのかも知れないが……。
ともあれ、そんな状況では、ダゴベルダ氏の情報がギルドの受付レベルでは周知されていなかったのも無理はない。
そんなこんなで、受付で揉めているジーナさんとダゴベルダ氏に暇乞いを告げてから、帰路についた。ダゴベルダ氏の話を真に受けるなら、資料整理の際に彼とはまた顔を合わせる事もあるだろう。
あれ? また顔を合わせるというか、僕、最後までダゴベルダ氏の顔を確認しなかったな。もしかしたら、次会っても誰だかわからないかも知れない。
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