第29話 問題児たちの処遇

 グラをベッドに寝かせ、僕は聖杯にニスティス大迷宮の逸話にまつわる装飾を施した。どうせだから装飾はプラチナにしよう。もしかしたらこれを機に、プラチナに貴金属としての価値が付与されるかもしれない。そうなると、僕の資産価値は十倍二〇倍といった桁で跳ねあがる。まぁ、ダメ元だけどさ。

 それから、僕はバスガルのダンジョンを探索する為の準備にかかる。とはいえ、杖の製作は完全にグラに任せきりで、僕にノウハウはない。

 この状況で僕ができるのは、幻術の理を刻んだアクセサリーを用意する事くらいだ。だから、僕の覚えた幻術を、それに適した素材で作ったアクセサリーに刻んでいく。

 長くなるので割愛するが、幻術の種類によって、適した金属や宝石が違うのだ。ものによっては、金属よりも木材や石材の方がよかったりもする。そんなわけで、僕はとりあえず五〇を目処にアクセサリーを作っていった。

 しばらく黙々と作業をしていたら、どうやら夜になっていたらしい。伝声管から、ザカリーに夕食の時間だと言われてしまった。どうしようか……。正直、もう少し作業をしていたい……。

 いや、ダメだ。依代は食事から生命力を生成し、その生命力でモンスターを生み、最終的には、それがダンジョンのDPになる。おろそかにはできない。

 寝たままのグラを残し、僕は地上へと戻った。ついでに、聖杯も持っていこう。これを、ジーガからスィーバ商会に届けてもらえれば、あとは向こうに任せてしまえる。

 完成品をグラに見せられないのはちょっと残念だが、事が進むのは早ければ早い方がいい。そういえば、ウル・ロッドとのアポはいつ取れるのだろう。もう少しすると、僕らはたぶんダンジョンの方で忙しくなるんだが……。


 そんな事を考えながら、僕は地上へと戻ってきた。なんだか、今日は行ったりきたりしている気がする。


「お疲れ様でした、ショーン様。お食事の用意はできております」

「ありがとうザカリー」


 綺麗に礼をしたザカリーにお礼を言いつつ、その背後にいる二人を見る。そこにいるのは、これでもかという程の渋面を湛えたィエイト君と、使用人のお仕着せを窮屈そうに着ているシッケスさんだった。

 まぁ、彼らに傅かれるのを願っているわけではないので、礼をする必要はないのだが、彼らを横目で見るザカリーの目が怖い。主人である僕の前だから、僕の予定を優先してくれるようだが、その後の二人の処遇が気になるところだ。いや、気にしないようにしよう……。僕の精神衛生の為に……。

 ホント、セイブンさんも厄介な爆弾をおいていってくれたものだ……。


「ショーン様、そちらは?」


 ザカリーが僕が手に持つ木箱に言及する。木箱そのものは、上がってくる途中で適当に作ったもので、緩衝材も布を入れているだけのその場しのぎでしかない。


「あ、ああ。スィーバ商会に頼んで、領主様に献上しようと思っている品だ。食事の前に渡しときたいから、ジーガを呼んできてもらえる?」

「かしこまりました。箱の中身はどのような品なのでしょう? 我々が確認してもよろしい代物なのでしょうか?」

「別にいいけど、ガラス製の器だから下手な事をして割らないようにね」

「かしこまりました」


 ザカリーに木箱を手渡し、諸注意を述べる。まぁ、割れ物注意と天地無用というだけの事だ。ザカリーは慎重に木箱を運んでいく。残されたのは、二人のぶすくれた使用人だけだ。


「ねぇ? アレってなんなの? 領主への献上品にガラス製品って、君ってそんなに腕のある魔術師なの?」


 シッケスさんがきょとんと首を傾げて問うてくる。まぁ、ガラス製品を献上するって、魔術師的にはかなり自信過剰な行為だよな。

 この世界――というより、この地域ではガラスの製造技術はそれなりに高い。だが、それは窯を使った従来のガラス工芸ではなく、【魔術】を用いたガラス工芸が発展している。

 地球においても、ガラス技術というものは、洋の東西で興亡を繰り返してきた歴史がある。古くは紀元前からあるくせに、まともに発展を遂げるまでには、技術の進歩と科学の発展が必要だった。

 この辺りでも、窯の問題から一度は完全に技術継承が途絶え、ガラス工芸は文化から消え去ったという歴史がある。だが、後々魔導術の発展から属性術でのガラス製造が容易になると、ガラス工芸は魔術師の専売特許となった。

 鉄製品などは、魔術師が作ったものより職人の鍛造品に需要があるのだが、ガラスに関しては完全に【魔術】製に軍配が上がっている。コスト面でも、品質面でも、【魔術】のガラス製品は、手工業ガラス工芸を圧倒的に優越している。

 そんな環境で、領主にガラス製品を献上するというのは、なかなかに大胆な真似だと言えるだろう。なぜなら、世に魔術師作のガラス工芸品など、山と溢れているのだから。客観的に見て、自らの技術力であれば、献上品に相応しいという自負の表れのように捉えられるだろう。

 とはいえ、この聖杯はそういう一般的なガラス製品とは、やはり一線を画すだろう。用いられている技術においても、現段階の魔術師たちの技量を以てしても、再現は難しいはずだ。

 僕は姉の作った聖杯は献上品に相応しいと、たしかに自負しているのである。


「いえ、まぁ、ちょっと特殊な製法で作られた器です。そうそう気軽に作れない、珍しいものなので、いろいろと考えて献上しておこうかと」


 当面は、世界にあれ一つしか存在しないだろう。もしかしたら、こちらの世界にも独自の技術、あるいは偶然によって、リュクルゴスの聖杯のようなものが作られている可能性も、あるのかも知れないが……。だが、そんじょそこらの魔術師が再現できるものではないはずだ。

 なにせ、グラですらあれだけ消耗していたのだから。


「へぇ……。ちょっと見たかったなぁ……」


 シッケスさんが、物欲しそうな目でザカリーの向かった先に視線を送る。当然だが、もうそこには彼の背も見えなければ、聖杯の入った木箱もない。


「貴様、特殊な製法といったな?」


 そんなシッケスさんを見ていたら、ちょっと険のある口調で、ィエイト君が話しかけてきた。見れば、彼の耳がピンと立っている。どうやら彼は、聖杯の珍しさよりも、その技法の方に興味があるようだ。


「ええ、まぁ」

「それはどんな方法だ?」

「流石に秘密ですよ。おいそれと、外部に漏らすわけにはいきません」

「ふむ……。それはそううか。だが、興味深いな。おい、世界に一つといったな? では、貴様はこれの製法を独自に編み出したのか? 人間種ごときが、その歳で?」


 いや、ごときって……。まぁ、僕が彼でも、年齢は気になるところだとは思うよ? 小中学生が世界的大発見をしたと報道されたとしても、疑り深い現代人はきっと、その裏に大人の存在がいるのではないかと勘繰るだろう。ィエイト君も同じような思いなのだ。

 だが、だからといって失礼が許されるわけではない。この子、たぶんすごく精神が幼いのだろう。知的好奇心や学習意欲は高く、また地頭そのものも悪くないのだろうが、対人能力においてはマイナスで、それこそがセイブンさんに馬鹿と断じられる理由なのだろう。

 まぁ、僕も馬鹿だとは思う。なんで知見を得ようというときに尊大に振る舞い、相手を貶すのか、意味がわからない。


「研究は、師匠から受け継いだものを結実させただけです。これ以上の情報開示はしませんよ。基本的に、僕らは自分たちの研究を他所には漏らさない事にしているんです」

「まぁ、それは当然だな……。ふむ……、まぁいいだろう。どうせ、僕の戦闘技術を向上させる役には立つまい」


 どうやら彼が僕らの秘匿技術に興味を持ったのは、それが自分の目的の役に立つか立たないかという一点に限られるらしい。僕なんかは、別分野のものであろうと、珍しいものにはついつい興味を引かれてしまうのだが、どうやらィエイト君はそのようなミーハーではないらしい。


「さて、雑談はこのくらいで。シッケスさん、ィエイト君、君たちはさっさとジーガを呼んできてください」


 パンパンと手を叩きつつそう言うと、二人は再び渋い顔を浮かべる。いやまぁ、シッケスさんはともかく、ィエイト君はずっと険しい表情だが。


「なんで僕が、貴様ごときの指図で動かねばならない?」

「雑役を担わせろと、セイブンさんには言われています。その目的は恐らく、僕らの護衛兼君たちの行儀見習いです。常識的な振る舞いを身に付ける為にも、使用人として相応しい態度でいてください」


 そう言った僕は一拍置いてから、深刻な面持ちと声音を作り、二人を脅す。


「あなたたち二人にそれができないとなると、我が家の使用人たちの規律にも差し障りが生じます。そうなれば、僕はあなたたち二人を、セイブンさんの元に送り返さなければなりません」


 その言葉に、二人の表情が凍り付く。やっぱり、セイブンさんは怖いらしい。素行不良で返品されるなど、セイブンさんの顔を潰すに等しい。その際にどのような罰を受けるのかは、僕には想像もつかない。

 僕はそれなりに、フランクな主人として振舞っているが、だからといってさっきのィエイト君のような言動を許してはいない。別に、個人的には許してもいいのだが、たぶんザカリーもジーガも、それを許容するのは反対するだろう。

 流石に、主人に対してあの態度は、許される範疇を逸脱している。家令と執事に反対されれば、主人である僕としてもその意見を無視はできない。そんなわけで、二人の教育係は辞退せざるを得ないというわけだ。


「それではお願いします。ジーガを呼んできてください」


 僕がそう言ったところで、ザカリーが荷物を預けて戻ってきた。しかし、そんな僕の態度に彼は眉根を寄せて困った顔をする。


「ショーン様、主人が使用人に対して、そのような下手にでてはいけません。増長する者がでかねません」

「ああ、そうだったね。ごめんごめん。僕だって、人を使うという事に慣れていないんだ。お互い、多少のらしくなさには目を瞑るよ。勿論、限度はあるけどね?」


 そう言って笑いかけると、シッケスさんとィエイト君は青い顔のまま頷き、廊下を駆けていった。そんな二人の後ろ姿を、ザカリーは厳しい目で見ながら、独り言を呟いた。


「廊下を走るなど……。どうやら一から教える必要がありそうです」


 前途多難だなぁと、他人事ながら思った。



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